006
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帝都から東に進み、日が天辺に登った頃、高い壁に囲まれた小都市が見えてきた。
一帯の空は黒い雲に覆われ、陽光が遮られている所為か少しばかり寒さを感じる。
悪魔に占領された砦。今や悪魔の巣窟と化しており、悪魔の体から溢れる魔素が空気を淀ませ、上空一帯には魔素が纏まったことにより発生した黒雲が広がっている。
砦の西門を背に悪魔の軍勢が帝国の軍勢を待ち構えていた。その悪魔の数は約七百体。砦の内部には三百体以上がいるに違いない。
この状況をレイは想定していた。低級悪魔の急襲があったということは、悪魔に帝国軍の動向が知られている可能性が高かった。
それでも予定に変更は無い。元々、正面から戦争する予定だったのだから。
展開した二万の帝国軍は悪魔の軍勢と対峙し、将軍であるレイの合図を待っている。
数では圧倒しているが、実際の戦力差は真逆。それを理解している悪魔達からは嘲笑の声が上がる。悪魔からすれば人間の軍勢は群れを成した蟻のように見えるのだろう。
帝国の騎士を舐め切っている悪魔の軍勢は攻めてくる気配は感じられない。好都合だと思ったレイは、じっくりと準備を進めていた。
「バグ、ドロロ、ラプラス皇女。こちらへ来てください」
と、レイは馬車から降りた三人の死刑囚に言った。
「おい、どうして『皇女』って呼ぶんだよ。囚人だろ」
と、ドロロは足を進めながら言った。
「死刑囚ではありますが、彼女が皇族であることに変わりありません」
「はー、そうですかー」
と、ドロロは呆れたような声音を吐き捨てた。
「彼らの錠を外してくれ」
と、レイが指示を出すと聖騎士の一人が三人の鉄錠に鍵を差し込み、封印を解く。
そして、鉄錠がバラバラと地に落ちた。
魔力封印が施された鉄錠が外され、彼らを抑制する物は完全に無くなった。
「これから悪魔との戦争に参加して貰います。それと、再度確認しますが、本当に武器は要らないのですね?」
「俺は素手で十分だ」
「ええ、私も不要です」
「要らない」
と、三人は当然のように言った。
帝都を出発する前に三人には武器の要望を聞いたのだが、彼らは揃って「要らない」と、答えたのだ。
武器も持たずに悪魔と戦うなど理解に苦しむ。
悪魔の強さを知る騎士達は、武器を持たず戦場に立つ死刑囚に好奇と怪訝が混じった視線を向けている。
「アイツらが例の……」
と、騎士達から声が聴こえてくる。
騎士達には死刑囚を戦場に立たせることは伝えていた。彼らの名と、どのような罪を犯したのかは伏せてあるが、三人が死刑囚であることは知っている。
騎士達の反応にレイは一瞥をくれてから三人を見遣る。
「私の合図と共に攻撃が始まります。帝国軍の突貫と同時に、三人にも砦奪還に協力して貰います。突入後は北・南・東の三塔に向かい、塔の制圧と中級悪魔の殲滅が目標で――」
と、レイが説明を終えるよりも早く、三人は歩き出していた。
騎士達の間をすり抜けるように悠然と進み、彼らの只ならぬ気配に恐れる騎士達は自ずと道を空けていく。
「おい、待て」
と、レイは三人を呼び止めた。
しかし、彼らの足は止まる気配が無い。
ドロロは首だけを振り返らせて言う。
「要は、悪魔を皆殺しにすればいいんだろ」
すると、ラプラスとバグも悠々とした声音で答える。
「視界に入った悪魔を殺せばいいのでしょう?」
「殺すのは得意だ」
そして、彼らは示し合わせたかのように言う。
「「一人で十分だ」」。
突貫の合図を待たず、三人は一斉に駆け出す。
「まさか――」
と、レイは想像すらしていなかった彼らの行動に驚愕の声を上げた。
悪魔の強さを知るが故に、そんな愚かな行動は選ばないと決めつけていた。
しかし、客観的に考えれば罪人の彼らが素直に従うはずもなく、無茶な行動をするのは想定出来たはず。レイは自分の浅はかさを恨む。
まさか、とレイが想像した嫌な予感は見事に的中する、
三人は武器も持たず、悪魔の軍勢に突貫していく。
自殺行為とも思える行動に全ての騎士達が動揺を走らせた。
そんな馬鹿な。と、騎士達は思ったに違いない。
ドロロ、バグ、ラプラスは駆ける足を止めることも無く、むしろ更に加速していく。
七百の軍勢に迫るのは僅か三人の人間。まさか三人だけで突撃してくるとは思っていなかった悪魔達は言葉を失ったように静まり返っていた。
少しばかり遅れて悪魔達はゲラゲラと嘲笑の声を高らかと上げる。
まずはあの三人を嬲り殺そうと考えた悪魔達は一斉にニヤリと恍惚の笑みを浮かべる。
驚異的な速さで距離を詰めた三人は、すぐそこまで迫っていた。
そして、悪魔の軍勢が一斉に駆け出し、地鳴りを起こしながら襲い掛かる。
「……ああ、終わったな」
と、一人の騎士がポツリと呟いた。
二万の騎士が同時に同じ結果を思い浮かべたに違いない。五秒後には彼らは肉片と化し、死んでいる光景を想像していた。
騎士王であるレイでも、一斉に七百体の悪魔を相手にすれば無事では済まない。
しかし、全員の想像に反する光景が広がっていた。
嘲笑の声を上げていた悪魔達から悲鳴と血飛沫が上がる。
三人は七百を超える悪魔の軍勢に呑み込まれていった。その瞬間、次々と悪魔の首や胴体が撥ね飛ばされていく。
「一体、何が起きている」
と、レイは目の前で起こっている現象に唖然としていた。
帝国の――いや、人類の天敵であるはずの悪魔が次々と殺されていく光景は、冗談のようである。
悪魔の軍勢に突貫した三人の死刑囚。彼らが走った道には悪魔の死体が転がり、見る見ると数が減っていく。
バグは残像を走らせ、凄まじい速度で悪魔達の脇を駆け抜けると一瞬で数体の悪魔の首を斬り裂いた。ナイフよりも鋭利な爪を尖らせ、首を斬り裂いたのだ。
彼は血が滴る右手を振り、血を払い飛ばす。
足が止まったバグに襲い掛かる悪魔達。
彼は爪を尖らせた右手を突き出し、悪魔の心臓を貫く。
別の悪魔は長く鋭利な爪を振り下ろすが、バグは身体を反らすだけで躱すと悪魔の頭を両手で掴む。そして一気に力を籠め、ボキリと音を立てて首を捻り折った。
巨大な黒い斧を振り回す巨体の悪魔が迫り来るとバグは一瞬で距離を詰め、拳と足蹴を怒涛の如く繰り出し、悪魔の行動を許さない。
斧を振り上げようとすれば腕の関節を破壊し、口から炎か何かを吐き出そうとすれば顎を砕き、足を踏み出せば膝を折る。数刻の間に十数発もの連打を受けた悪魔は膝を崩した。
その瞬間、飛び跳ねたバグの回し蹴りが頭蓋を破壊すると、ドスンッと前に倒れた巨体の悪魔は動かなくなった。
必殺の暗殺術と超高速の格闘術。常人には目で追うことすら不可能な連撃。
その『技』がバグの武器である。
ドロロは魔力で強化した拳を突き出すと、悪魔の頭部を木端微塵に吹き飛ばした。
暴力的な筋骨を隆起させた肉体を更に魔力で強化し、彼の肉体から放たれる攻撃は一撃一撃が砲弾の如き威力。
鉄拳が胴体に直撃した悪魔の上半身は弾け飛び、血肉の片が辺りに飛散する。悪魔は防御不可能の攻撃の前に成す術なく次々と倒れていく。
ドロロの背後から巨腕の悪魔が拳による殴撃を撃ち出す。完全に油断していた彼だが超人的な反応速度で振り返り、悪魔の巨大な拳を右手で受け止めた。
悪魔は驚愕の表情を走らせる。自分よりも矮小な人間に、しかも片手で殴撃を止められたのだ。
巨拳を掴む右手に一気に力を籠め、握り潰すと悪魔は悲鳴を上げる。
「殴打ってのはこういうのを言うんだよ」
と、言ったドロロは右腕を振り被り、殴撃を撃ち出すと悪魔の上半身が爆ぜた。
『破壊力』
その一点において、ドロロの右に出る者は存在しないと言い切れる。
全てを破壊し、全てを奪う。それが盗賊王と呼ばれた男の武器である。
ラプラスは本来、聖騎士だった時は剣を使っていた。
しかし、彼女は武器を持たずに悪魔の前に立っている。
理由は単純。彼女の魔力に耐えられる剣が殆ど無いからである。
魔力を開放した肉体から膨大な魔素が溢れ、ドロリと濃縮された魔素が全身を覆った。
そして、濃縮された魔素は形状を生成し、頭から足まで覆う漆黒の全身鎧と化す。
全身に魔鎧を纏ったラプラスの右手から溢れ出る魔素が剣の形状に変化し、光すら通さない闇の魔剣を生成する。
凄まじい濃度と量の魔素からは高熱が発生し、空気を歪ませ陽炎を生む。闇の魔鎧を纏った彼女が立つ地面は焦げていき、草は焼けて枯れていく。
闇の魔剣を横薙ぎに一振りした。魔剣より放たれた魔力は爆炎を生み扇状に広がる。一帯の悪魔を爆炎が呑み込み、灼熱によって灰燼と化す。
ラプラスの背後から襲い掛かる悪魔。悪魔の手には血を固めたような赤い刀身の剣が握られている。悪魔は袈裟懸けに剣を振り下ろし、背を斬り裂いた。
しかし、その剣は容易く弾かれ、魔鎧には傷一つ入らなかった。
多くの騎士の鎧を砕いてきた悪魔の剣が弾かれ、悪魔に動揺が走る。
緩慢な動きで振り返ったラプラスに悪魔は連続で斬撃を見舞う。何度も何度も斬り裂いたはずの魔鎧には傷一つ残っておらず、悪魔は息を切らし、『馬鹿な。有り得ない』と言いたげな怪訝な表情を滲ませる。
ボロボロと崩れていく赤い刀身に目を落とす悪魔は呆然と立ち尽くす。
何度も攻撃を受けながら平然としているラプラスは闇の魔剣を頭上まで振り上げ、悪魔を一刀両断した。
自らの魔素によって生成した闇の魔鎧を纏い、闇の魔剣を手にした姿は聖騎士とは程遠いものである。彼女を見た騎士達は思う。
――あれは『暗黒騎士』だ。
ラプラスの武器は、その無尽蔵の魔力。
膨大な魔素を源に生成した鎧と剣は金属では有り得ない硬度と切れ味を生む。
何よりも突出していたのは魔素を固めて生成した魔鎧の硬度。彼女の魔鎧の防御力は鋼鉄の城塞の如く頑丈である。
そして、魔剣から放たれる魔力は敵を一瞬で焼き尽くす。
正にラプラスは動く鉄壁の城塞。
無尽蔵の魔力と、その『防御力』が彼女の武器である。
「騎士王! ルルシオン騎士王!」
自分を呼ぶ声で我に返ったレイは首を振り返らせ、声の主を見る。
「悪魔が向かって来ております。出陣のご命令を」
と、聖騎士の男が言った。
三人の死刑囚の戦闘に目を奪われていたレイは視線を悪魔の軍勢に戻す。彼らによって次々と殺されていく悪魔だが、殺し損ねた悪魔達が騎士団の方へ迫ってくるのを確認した。
今は戦争中であることを思い出したレイは吶喊の声を上げる。
「奴らに遅れを取るな! 帝国騎士の誇りを見せろ!」
二万の騎士達は吶喊の声を上げながら砦に向かって駆け出す。
レイを含む数名の聖騎士は残り、戦況をジッと見詰める。千を超える悪魔に対して二万程度の軍勢で衝突すれば騎士団に甚大な被害が出るのは想像に難くない。
これまでの悪魔との戦争で聖騎士の数は二割まで減少してしまった。聖騎士ではない一般騎士では悪魔の足止めをするので精一杯なのが現実だ。
しかし、想定外だったのは三人の死刑囚の存在である。
想定では甚大な被害が出る戦争が一転、帝国側の優勢で戦争は進んでいた。三人の攻撃により悪魔の軍勢は崩れ、悪魔達は混乱に陥っている。帝国としては喜ばしい誤算だ。
「この勢いなら、砦を落とせるかもしれません」
と、想定外の戦況に興奮する聖騎士は言った。
彼とは反対にレイの表情は険しいものである。
「それでも、中級悪魔を倒せなければ騎士団は敗北する」
と、レイは怪訝な声音で言った。
砦の外にいる悪魔は全て低級悪魔。警戒すべき中級悪魔の強さは一体で千を超える低級悪魔に匹敵する。中級悪魔は戦況を一転させるだけの力を持っているのだ。
その中級悪魔が砦の中に最低でも三体はいる。最悪、五体か六体の中級悪魔がいる可能性もある。
騎士王であるレイでも、全盛期では同時に戦える中級悪魔の数は二体が限度。それ以上になれば帝国最強の聖騎士である彼ですら勝てる保証は無い。
人類が戦える限界が中級悪魔なのである。
まだ、帝国の勝利は程遠い所にあると言えた。
突然、戦場に轟音が響いた。重い何かを破壊したような音に、レイ達の意識が集まる。
その轟音の正体は砦の西門から発生していた。
西門に辿り着いたドロロは巨大な門扉を蹴り壊し、吹き飛んだ扉は砦内部の悪魔を巻き込みながら転がっていった。
小都市となっている砦内部には三百を超える悪魔が待ち構えていた。
少し遅れて到着したバグとラプラスも西門を潜り、都市へ足を踏み入れる。
僅か五分もしないで砦に辿り着たのは驚異的な速さだった。死刑囚の勢いは凄まじいものである。
そして、躊躇うことなく悪魔の軍勢に向かって駆け出した三人はそれぞれ北・東・南の各塔を目指す。




