037
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式典が行われている頃、皇城の一室では『英雄』の名を持つレイ・ルルシオン騎士王は椅子に腰を掛け、集まった民衆を窓から見下ろす。
虚ろな黒い瞳を浮かべる彼の左手には、黒山羊の悪魔から取り戻した聖剣が鞘に納められたまま握られている。
戦争が終わり、聖剣を持ち帰ったラプラスは父親であるゼフィール皇帝に聖剣を欲しいと懇願したが、騎士王だけが握ることを許される剣であると言われ、渋々と諦めたのだ。そして、騎士王であるレイの手に聖剣は戻った。
それはレイにとっては喜ばしいことなのだが、一度として鞘から聖剣を抜いていなかった。
どうしてなのか、戦争が終わってから力が入らなくなってしまったのだ。
「……聖剣って、こんなに重かったか?」
と、レイは誰もいない部屋でポツリと呟いた。
椅子に腰掛けながら聖剣を持ち上げるも、腕に力が入らず、剣先を床に落としてしまう。
ふと、窓の外に耳を傾けると、民衆の歓声が弾けるように騒がしくなったことに気付く。
「ああ、彼らが姿を見せる頃だったな」
と、何があったのかは見なくても察せられた。
死刑囚である三人が『勇者』の勲章を授与され、帝国の救世主として民衆に知れ渡ることになる。そうなれば、『十騎士』と呼ばれる聖騎士の『英雄』の誇りは地に落ち、存在価値は失われるも同然である。
レイも理解はしていた。三人の死刑囚が帝国を救えば、自ずとこうなることを予想はしていた。
「上級悪魔と戦えるのは、人の域を超えた死刑囚だけだった。……私には無理だったんだ」
と、呟いたレイは薄ら笑いを漏らした。
ハハハッ、と笑い続けた彼は椅子の背に凭れ掛かると笑い疲れたように天井を仰ぐ。
「……だけど、これでもう私は戦わなくていい。そうだろう? 私が戦っても誰も護れなかったのだから」
と、誰に問い掛ける訳でもなく、レイは言った。
「……よかった」
と、彼は言葉を漏らすと安堵に満ちた表情を浮かべ、俯くと静かに瞳を閉じていく。
――騎士王の名に恥じない生き方を選んで来たけれど、それももう関係無くなった。もう、頑張らなくていいんだよね? 体を張って護らなくても皆は助かるんだよね? 誰も私を責めたりしないんだよね? ……ああ、よかった。
レイは全身の筋肉が弛緩すると、体に帯びていた魔力がみるみると消え失せていく。
そして、糸が切れたように項垂れ、聖剣を握っていた左手がだらりと垂れた。
手から離れた聖剣は床に落ち、ゴトリと音を立てる。
その鈍い音と共に、窓の外からは大きな歓声が上がった。
一人の青年が抱えるには重過ぎる責任と期待を背負い続け、悪魔と戦い続けた。
戦争に敗れれば全ての責任と失意の視線を向けられた。英雄の中の英雄である騎士王は勝利することが当たり前であり、敗北は許されない。
一度の敗北で全ての信頼を失うのが『騎士王』である。
そんな重圧から遂に解放されたレイは椅子に座ったままピクリとも動かなくなった。
――ありがとう、三人の勇者。
その日から、剣を握る彼の姿を見ることは無くなった。




