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その罪人に破滅の願いを込めて  作者: たつのオトシゴ
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 目を覚ますと、右眼に――右眼があった箇所に――ズキリと鋭い痛みが走る。失った右眼に残る痛みを誤魔化す為に右手で押さえようとし、右腕も失っていることを思い出す。

 この行動を帝都に帰還してから毎朝繰り返していた。

 その度に黒い山羊頭の悪魔との戦いを思い出し、悔しさを顔に滲ませる。

「くそっ……」

 と、上体を起こしたレイ・ルルシオン騎士王は声を零した。


 帝国の敗戦から数日が経っていた。

 右眼に包帯を巻き、聖騎士の青と白の制服に着替えたレイは右腕が入っていない袖を揺らしながら皇城の回廊を行く。

 左胸に輝く白銀の騎士の紋章。悪魔に敗北した今も彼が騎士の頂点であり、帝国の将軍、騎士王である証拠である。

 騎士王として胸を張って歩くべき皇城の回廊を暗澹として表情で歩いていくと、一枚の大きな扉の前で足を止める。その扉に手を掛けると押し開く。

 部屋の中では円卓を囲む八人の姿がある。八人の視線が一斉に集まる。

 その身形と雰囲気からして一般市民とは異なる世界に済む貴族たちであることが瞭然。

 老公ばかりではなく、八人の内の二人は四十代である。ダントツで最も若いのは騎士王レイ・ルルシオン二十五歳。些か場違いとも言えた。

 しかし、レイはこの会議に出席する正当な権利者である。歴とした帝国の将軍なのだから。

 集まっていたのは、まず部屋の最奥に帝国の皇帝――ゼフィール・レイン・シャーロット。

 その右隣に皇帝の右腕である宰相――ローランド・ランクルス。

 反対の左隣の空席に座るのは帝国の将軍――騎士王レイ・ルルシオン。

 残る六席には文官長、武官長、四大貴族の大領主の六人。

「遅れて申し訳ございません」と、レイは謝意を口にした。

「ルルシオン、傷の具合はどうだ」

 と、レイの傷を心配したのは金髪碧眼に逞しい髭を生やす初老のゼフィール皇帝。

「お気遣い有難う御座います。傷はまだ痛みますが、お陰様で少し慣れてきました」

「そうか。それはなによりだ」

 と、ゼフィールは淡い笑みを浮かべると頷いた。

 レイは小さく頭を下げ、皇帝の心遣いへの謝意を表す。

「さて、皆揃ったようですし、始めると致しましょう」

 と、口火を切ったのはローランド宰相。ゼフィールより十は年齢を重ねている白髪の老公は帝国の軍務と政務を統轄管理し、皇帝に次ぐ権力者である。

 その男が翡翠色の瞳に陰を宿し、何か思い詰めているのを示唆させた。これから始まる会議の内容が消極的なものであることは想像に難くない。

 宰相だけではない。皇帝も、文官長、武官長、大貴族の四人全員の顔には陰が差している。その俯いた顔は絶望に満ちていると表現するのが相応しい。

 ただ一人、レイだけが前を向いていることに誰一人として気付くことは無い。

「ああ、始めよう。我々の今後の選択を――帝国の、人類の未来を決める会議を始めよう」

 と、ゼフィールは重々しく口を開いた。

「帝国の未来ですか。そんなもの、決まっておりますよ」

と、若い大貴族の男が言うと言葉を続ける。

「先日、東の砦が陥落し、我々に残されたのは帝都の壁だけではありませんか。悪魔の軍勢が攻めてくれば一瞬にして壁は破られ、帝都は悪魔によって壊滅です」

「認めたくはありませんが、人類の敗北です。大陸最強と呼ばれる騎士団の全兵力を以てしても悪魔に敗れただけではなく、十騎士の全員で挑んだにも関わらず一体の悪魔に全滅したのですから」

と、四大貴族の中で最も若い男は言った。

 彼の言葉にレイは奥歯を食い縛り、左手の拳に力が籠る。

 それでも、反論はしなかった――いいや、出来なかったのだ。

 敗北は事実であり、民衆の期待と希望を背負いながら挑んだ戦いに敗れたのは騎士王である彼の責任と言えなくもなかった。

「レベル3の悪魔があれ程の力を有しているとは、誰が想像出来るものか」

と、武官長は憤りに満ちた声音で呟いた。聞かせるつもりは無かったのだろうが、静まり返った室内では全員に声が届いていた。

 言い訳を叱責する者は現れない。全面戦争の作戦立案の際に聖騎士の英雄、十騎士の全員で悪魔の将軍を討つという案に全員が賛成したのだから。

 詰まる所、この場にいる九人全員が悪魔の将軍――通称:上級悪魔(レベル3)――にも勝てるはずだと期待していた。それにも拘わらず、期待と希望は打ち砕かれ、十騎士の九人が殺された。生き残った騎士王(レイ)ですら右眼右腕を失い、戦闘不能となっている。

 帝国最強の聖騎士の力を以てしても敵わないということは、これ以上は打つ手が無いことを意味する。

「敗北を認め、従属するということですか?」

と、レイは冷やかな声音で尋ねた。

「従属、ですか。生かされて奴隷にされるか、皆殺しにされるかの間違いでは」

 と、四大貴族の中で最年長の老公が答えた。

 眼鏡を掛けた細目の文官長の男が口を開く。

「従属を求めたとしても、生かされるかどうかは悪魔の気分次第ですな。むしろ、奴隷にされるくらいなら死んだほうが幸せかもしれません」

「全員が無理でも、一部の人間が生き残れる方法を考えるべきでは? 悪魔が喜ぶ物を貢ぎ、交渉するとか」

 と、大貴族のもう一人の老公が言った。

「何を渡せば喜ぶのだ? 多くの人間の命でも貢げば喜んでくれるのか? その保証があるのか?」

 と、武官長は問い詰めるように言った。

「それは私にも分かりませんよ。そういう方法もあると提案したまでです」

 と、大貴族の老公は答えた。

「ふむ。一理ありますな。全員生き残るのは難しいでしょうが、一部の貴族や民衆が生き残る方法を考えるほうが建設的と言えませんか?」

 と、文官長は頷いた。

「待って頂きたい。その生き残る選別はどのようにして行うのですか」

 と、大貴族の最も若い男が口を挟んだ。

「選別とは言っても時間がありません。悪魔の軍勢が進軍を再開するまで日にちが無い。奴らが進軍を始めれば二日もしないで帝都は滅びます」

 と、もう一人の若い大貴族が言った。

「では他にどうするというのだ?」

 と、一部の人間が生きる方法を提案した大貴族の老公は尋ねた。

「どうにかして人間に自治権を貰える交渉をできないものか」

 と、文官長は呟くように言った。

「悪魔の中で交渉できるとすれば上位の悪魔であろう。まず、交渉の場に立つことが出来るかすら怪しいがな」

 と、武官長は冷やかな声音で反応した。

 帝国のこれからを話し合う老公達。ゼフィール皇帝とローランド宰相はその遣り取りとジッと聴き入っている。

 悪魔との戦争を諦め、無意識に敗北を受け入れた老公達は戦うことよりも、占領された後の方針を探っていた。

 戦うことを諦め、絶望に満ち満ちた必死な形相を浮かべる彼らの姿を眺め、口を閉ざしていたレイは円卓に左拳を振り下ろし、叩き割る。

 円卓が割れる大きな音が響き、全員の視線が集まる。

「まだ戦争は終わっていない! 聖騎士(我々)は、まだ戦える!」

 と、叫んだレイは息を荒げ、大貴族達を睨みつけた。

「どうして諦められる。これまでお前たちは帝国を守るために仕えてきたのではないのか。それなのに、どうして簡単に諦められる。帝国を、民衆を守るために戦うことを辞めるな! それでも帝国の人間か! 恥を知れ!」

 と、レイの倍以上の年を生きている大貴族に対し、普段であれば感情に任せた叱責の言を飛ばしたりなどしないのだが、思わず言い放ってしまった。

 はっ、と冷静さを取り戻すが、間違ったことを言っていないと信じる彼は口を結び、立ち尽くす。

「ルルシオン。そなたの帝国と民を想う騎士王としての気持ちは分かる。しかし……」

 と、ゼフィールは項垂れ、言葉を詰まらせた。

「皇帝陛下の言う通りだ。戦えるものなら戦いたいが、十騎士ですら敵わぬ悪魔と戦える騎士など、この国には存在せぬ」

 と、四大貴族最年長の老公は言った。

「それに、先日の戦争で騎士の大半を失い、戦える騎士は十万も残っておりません。騎士の精鋭である聖騎士となれば、その数は更に少なく、一万もおりません。騎士王殿も理解しておいでのはず」

 と、武官長は諭すように厳しい口調を向けた。

「帝国に悪魔と対等に戦える者などいないのですよ、騎士王殿」

 と、文官長は諦めを滲ませた声音で言った。

 そんなことは理解していたレイだが、それでも諦め切れずに奥歯を食い縛る。

 騎士王という名を背負う彼は、将軍たる己の心が折れてしまえば帝国は盾を失い、悪魔の侵攻を防ぐことが出来なくなると考えている。帝国と民衆を守れるのは騎士だけなのだと信じ、生きてきたのだ。

 頭では理解出来ていても、悪魔の軍勢から帝国を守る方法や妙案は何一つとして思い浮かばないのはレイも同様である。


「死刑囚を使えないだろうか」


 と、唐突に皇帝であるゼフィールは呟いた。

 室内に静寂が流れ、全員の脳内では皇帝の「死刑囚を使えないだろうか」という意味を理解しようと言葉を反芻させる。

 少し遅れて、ほぼ同時にゼフィールに視線が集まる。

「陛下、ご冗談はお止め下さい」

と、宰相のローランドは静かに言った。

「私としては真剣に考えたのだが、どうだろうか。死刑囚を利用できないか?」

「死刑囚を……ですか。確かに、死刑執行を待つ身の死刑囚を戦場に出し、悪魔に殺されても困る者はいないとは思われますが」

 と、答えたローランドは主であるゼフィールの表情と瞳が真剣そのものであることを察し、突然何を言い出すのだ、という思いを胸中に浮かべる。

「陛下、正気ですか? 死刑囚とは言え、罪人に助力を求めるなど、皇族の誇りを踏み躙るに等しいですぞ」

 と、大貴族の老公は眉を歪めながら言った。

「その通りです。皇族や貴族が死刑囚に頼ったなど知られたら、それこそ恥であります」

 と、大貴族の若男も反対の意見を述べた。

「皇帝陛下! 我々はまだ戦えます! 死刑囚を使うなど、自らの力で自国を守ることを諦めると言うのですか! 騎士団は十騎士を失ったとはいえ、まだ師団長たちは戦えます!」

 と、レイは慌てて身を乗り出した。

「ルルシオン、先も言われたであろう。あの悪魔と戦える騎士は帝国に存在せぬ。師団長レベルでは今の戦況を傾けるのは不可能だ」

「しかし……何故、死刑囚なのですか」

 と、レイは怪訝な表情を浮かべて尋ねた。

「理由は二つある。まず一つは死刑囚であれば悪魔との戦闘で死んでも損失が無いこと」

 と、ゼフィールは徐に話し始めた。

 それは理解できる、と円卓を囲む八人が二つ目の理由を待つ。

「二つ目は死刑囚の中には帝国を震撼させ、騎士団の追跡から幾度と逃れるほどの力を有している猛者がいること。その者たちなら騎士の精鋭である聖騎士にも匹敵する力を持っているに違いない。もしかすれば十騎士にも匹敵するやもしれぬ」

「人間では敵わなくとも、人間の道を外れた死刑囚なら悪魔を倒せるかもしれない、と言うことですか」

 と、最も若い大貴族の男は顎に手を当て、少し納得したような表情を浮かべた。

「目には目を。歯には歯を。毒には毒を。悪魔には人外の怪物を、ということですか。……なるほど」

 と、武官長は腕を組むと頷いた。

 最も若い大貴族と武官長の二人は皇帝の意見に気持ちを傾けている様子だが、他の六人からは反対の声が次々と上がる。

 それでもゼフィールはジッと前を見つめて口を開く。

(みな)の気持ちは理解しているつもりである。死刑囚の力を使うことに抵抗があるのは当然であろう。だが、何もせず帝国が滅びるのを待つくらいなら怪物(死刑囚)に未来を託してみようではないか」

「死刑囚に帝国の未来を託すなど正気ですか、陛下!」

 と、レイは声を荒げた。

「すまないな、ルルシオンよ。これまで帝国のため、民衆のために命を賭して戦ってくれた貴殿を裏切るような提案を許してくれ。私には、これが今考えられる最善手だと信じているのだ」

「例え、死刑囚を使ったところで、あの悪魔に勝てるとは到底思えません」

 と、レイ食い下がるように言った。

 先日の戦争で右眼右腕を奪い去った黒い山羊頭の悪魔の姿が脳裏を過り、嫌な汗を額から垂らす。

 賛成派の武官長が徐に手を上げると、

「もし、死刑囚が悪魔に敗れたとしても、無駄にはならないと思われます。別の打開策を考える時間稼ぎくらいは出来るでしょう」

 武官長の言葉に乗っかるように、賛成派の最も若い大貴族の男が口を開く。

「そうですよ。無駄にならないのなら、試してみる価値はあると思われます。皇帝陛下も仰っていることですし」

 と、希望と期待が込められた声音で言った。

 反対派の大貴族や文官長は腕を組むなどして黙り込むとゼフィールの案を脳裏に巡らせる。

 すると、ローランド宰相は提案する。

「分かりました。では、これならどうでしょうか」

 と、彼の落ち着いた声に全員の意識が集まる。

「何人か死刑囚の候補を(わたくし)が選定致します。帝国の未来を託すに値するかどうかは、死刑囚と会ってから決めても良いかと。いかがですか?」

 と、ローランドの提案に反対派の大貴族と文官長、騎士王もこれ以上の反対を続けることは無かった。反対派の彼らもどこかで死刑囚の力を見てみたいという興味と、僅かながらの期待をしているのだ。

 それ以上に、帝国を救う代案が他に浮かばなかったという理由もあった。

「うむ、そうしよう。ローランド、四日後に選定した死刑囚を皇城に集めよ」

「はっ、畏まりました」

と、ローランドは頭を下げた。

「では、本日の会議は閉会とする」

と、ゼフィール皇帝は言うと部屋を後にした。

 部屋には期待と不安が入り混じった重々しい空気が滞留する。

各々の考えや気持ちを整理するのに時間が掛かり、誰一人として席を動こうとしない。

「さて、どうしたものか」

 と、ローランドの小さな溜息だけが流れた。


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