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明暗

 もしもUFOが地球に降りてきたら。

 そして宇宙人が出てきて、謎の機械を取り出したら。


 軍か何かが、「武器のようなものを我々に向けたから」とか言って攻撃するんじゃないだろうか。

 宇宙人が手に持っているものは、ただの高性能翻訳装置かもしれないのに。

 非常に心配だ。


 私は、

「宇宙人は……います!」

 とかいう話をしたいのではない。


 未知のモノ。価値観が合わないかもしれない者。前例のない状況。誰も「安全」を保証できない、新たな一歩を踏み出した時。

 人はどう行動するだろう、という話だ。


 そんな状況起こらない?

 いや、宇宙人で例えたが、予測不能な人間や動物を相手にすることはあるだろう。歴史上の大きな出来事だって、誰にも予測がつかなかったはずだ。



 夏になると時々、「戦時中に動物園の猛獣を殺した話」の特集を見かける。これは悲しい話だ。


 人のエゴで人限界に連れこんだものを、人の手で殺した。

「爆弾でオリが壊れ、猛獣たちが町へ逃げ出し暴れたら困るから」という理由で。


 どうにかならなかったのか?

 他に方法はなかったのか?

 そもそも人は何故戦争をする?

 何故次々と殺傷能力の高い武器を開発する?

 そして何故、人の争いに動物が巻き込まれる?


 悲しくなってくる。


 分かっている。過去のことを言ったってしょうがない。感情でものを言うのも良くない。


「昔の感覚」に対し今の人間がどうこう言えることはない。

 昔のことに限らず、他人の感覚にケチをつけたってどうしようもない。

「その時できる最善の策だったんだ。町の人を守るためだったんだ。仕方がなかった」と理解することも優しさだ。


 それに、自分が関わったわけでもなく、体験してもいないことに対しゴチャゴチャ言うのは卑怯なことである。

 自分で行動を起こすでもなく、他人の言動を否定するのは押し付けだ。


 とはいえやはり……

「仕方がないで済ませてたまるか!」

 という思いも必要なはずだ。


 結局猛獣の話が心に引っ掛かった理由は、「殺されるかもしれないから殺した」という事実にモヤモヤしたからだ。


 そして冒頭の宇宙人の例えも、「人は殺されるかもしれないと思ったら殺すのだろうか」という話だ。


 きっと今までにも、

「危害を加えられる可能性があった。だから殺した」ということは数多くあったはずだ。相手が動物にせよ、人にせよ。


 相手を恐れるということは、信用していないということ。

 信じないことは、恐れること。


 結局私が怒りを感じた相手は、「人を信じようとしない自分」なのだろう。人間不信の自分の姿を、戦争に突き進んだ日本に重ね合わせ、行く末を見た気がしたのだ。


 信じるのは怖い。けど「信じない」を強化することは、平和を削ることだ。

 信じられないからバリアーを張り、セキュリティを強化し、護身や防衛のために武器を身に付け、壁を建て、柵を建て、ルールを作り制限を増やす。


 町中で誰かとすれ違う時に「殴られるかもしれない、殺されるかもしれない」と相手を恐れたりしないのは、「きっとそんなことは起こらない」と人を信じているからだ。


 すれ違う相手がクマだったら、同じように思えるかどうか分からない。けれど……


「殺されるかもしれない」という恐怖を、みんなある程度振り払って生きているのだ。

 相手が怖くても、「殺されるかもしれないから」と、殺すところまでいってしまったら取り返しがつかない。亡くなった命は戻ってこない。


 戦時中に殺された動物たちの中には、人懐っこい子も多くいたようだ。すり寄ってきたとか、芸ができたという話があった。


 確かに、相手を恐れる気持ちは分かる。分かるけれど……


 殺されるかもしれなくても、できれば殺さないでほしい。

 相手は自分を、殺さないかもしれない。


 自分が怖い時は相手も怖いだろう。


 疑い続けること、危機感を持ち続けることに対する疲れと空しさ、寂しさ、物悲しさを時々感じる。


 信用していた人たちから毒餌を食べさせられた時。誰も助けてくれなかった時。動物たちはどれだけ苦しかっただろう。怖かっただろう。


 命令を下した上の人はきっと何も見ちゃいない。


 可愛がっていた動物たちを殺さなければいけなかった飼育員の方々は、どれほど辛かっただろう。きっと命の重みを背負って生きていったことだろう。


 過去のことは仕方がない。

 今だって仕方がないことは、たくさんある。

 けれど「仕方がない」は認めれば認めるほど増幅する。巨大化する。


「戦争になった以上殺さないと仕方がない」などと二度と、絶対に、言うべきじゃないのだ。


 そのために必要なのは、やはり理屈を掻き消すほどの想像力と思いやりではないだろうか。


 今すぐには変わらないかもしれない。足手まといになることがあるかもしれない。それでも真っ先に相手の「痛み」や「苦しみ」を想像することは間違いじゃないはずだ。


 私は前回、人が怖いのは自分が過剰反応するせいだと言った。過剰反応するから、からかわれる。


 けど過剰反応も必要なことだと思う。


 人は怖い。人は時として残酷だ。何をするか分からない。自分たちの利益のために動物を殺すことも多い。敵対すれば相手が人間でも躊躇なく殺す。


 人間を恐ろしく思うのは、当たり前だ。


「体罰はダメ」「いじめはダメ」「セクハラ・パワハラはダメ」「競争って良くないんじゃない?」といった意見を、過剰反応しすぎだと思う人があるかもしれない。でも絶対必要だ。


「いじめは、いじめられる側が過剰反応するから起こるのだ。よっていじめられっ子が悪い」などという意見に加担するつもりもない。


 私は、優しさを否定する人間が怖い。

「世の中そんなもの」「社会は厳しい」といった概念を推し進める人間の意図と方向性が分からない。


 私は戦争のことは分からないが、人の集団心理が異様な方向に突き進むと誰にも止められないんだろうなということは分かる。


 庶民とか権力者とか組織とか関係なく、みんな一人の人間であるはずだ。政府だけの問題ではないはず。


 戦時中に「戦争なんておかしい」と訴えた人は非国民と呼ばれ罰された。

 そんな日本が恐ろしい。逆らえない集団心理が怖い。


 もっと全員が一丸となって「人殺しなんておかしい」と抵抗すれば防げるはずなのに……そういうものではないのだろうか。


 防げなかったということは、今でもみんな、心から平和を愛してなどいないのではないかと疑ってしまう。

 おかしいと言えない空気はおかしい。


「世の中そんなもの」「社会は厳しい」と言う人に対し

「ええ、そうですね。私はつい夢見がちなことばかり言って現実を見ないので、もっと地に足つけて貴方たちの言うことを聞かないと」

 などと納得してついて行ったりしたら、第三次世界大戦に引きずりこまれるんじゃなかろうか。


 そしてどんなに恐ろしく、狂気に満ちた事態になっても、彼らは真顔で言うだろう。

「世の中そんなもの」「社会は厳しい」と。


 人間は怖い。何がしたいのか分からない。何を考えているか分からない。


 でも、さっき言った通り

「相手を恐れるということは、信用していないということ」

「信じないことは、恐れること」だ。


 殺されるかもしれないから殺す。危害を加えられるかもしれないから殺す。

「生きるため」「利用するため」「快楽のため」以外の殺しは恐れからくる。


 つまり殺す側の多くも、「人間不信」で「対人恐怖症」なのだ。


 犬を愛することを覚えた人間が犬を殺すとは思えない。

 人を愛する人は、人を殺さない。

 もちろんやむを得ない場合など、例外はあるだろう。が……


 残虐な人間は、人間などという不確かなものを信じられない。危害を加えられることを恐れている。何よりも身を守ることを優先する。だから、

「殺される前に殺す」という思考なのだ。


 ということは、対人恐怖症が善人であるわけでもない。



 私の勝手な偏見だが、「傷つきやすい人」は優しいことが多い。

 カタツムリを踏んでしまったことにショックを受けて引きずったり、野生生物の捕食シーンを見て傷ついたりする人。


 ……いや、私は傷つきやすいけれど優しさは欠片もないので、傷つきやすさ=優しさというわけでもないか。


 しかし傷つきやすい人が優しい人である確率は高いと思うのだ。


 そしてそれを乗り越えて、強さと優しさと明るさを兼ね備えた人もいる。

 実際どうなのかは分からないが、命への感謝と慈愛を忘れず、それでいて「時として殺さねばならないこと」を穏やかに受け入れている人間は、「傷つきやすさ」を乗り越えてきたのではないだろうか。


 たまにそういう賢者のような方を見かける。



 優しさは絶対手放してはいけないと思う。

 そして人への恐怖、不信感、怒り、憎しみは捨てるべきだと思う。


 結局、信じてみるほか道はないのだ。

 人間がいかに恐ろしくとも。自然が時に牙を剥くように見えようとも。

「殺されるかもしれないから殺した」ら、取り返しがつかないのだ。


 それに、時代を作り、守り、今に繋げたのは教科書に載っている人殺したちではない。子供を産み育てた名もなき多くの偉人たちだ。


 讃えるべきは「育てた」人の方だろう。こんなに争いもあったのに人間が滅びなかったのは、愛ある人間のおかげだ。

 その愛ある人間は多くいるから軽視されている。人殺しの方が目立っている。それだけだ。


 愛のない人間しかいなかったら世界は三日で破滅する。破滅しないということは、愛が悪意を上回っているということだ。


 世界に悪意があろうと、自分の身が危なかろうと、いつの時代も人を信じ愛した人が次の世代を守ったのだ。


 だから人を信じるべきだろう。

 そもそも信じるとか信じないなんて一言で示せるものではないが、できれば人を好きになりたいものだ。


 さて、出だしの問いかけに戻ってみよう。


 もしも宇宙人がUFOに乗って地球へ降りてきたら。

 人類はどうするだろうか?

 なんだか毎回似たり寄ったりな文章ばかり投稿していて申し訳ないです。

 あと、無駄に偉そうな言い方ばかりしてすみません。もう少し謙虚でマイルドな文章にできたらいいのですが……。


 毎度「言い切れなかった部分」「進みきれなかった部分」があるような気がしていて、「もう少し……」と思うのですが、いい加減しつこいですね。既にネタギレかもです(笑)



 悪意と善意……皆様は自分の「信念」を持って見極められますか?


 私はまだ見極められません。救いの手を差し伸べるべき相手に「悪」のレッテルを貼ってしまうことが怖いです。


 また、しっかり見極めないと相手の価値観に引きずり込まれてしまうので、それも怖いです。

 私は誰かと話しているとすぐ自分の意見を見失ってしまいます。「誰になんと言われようと自分の意見はこうだ」って固まればいいのですが……。


 いっぺん悪意に慣れようと思って、色々な闇を覗き見したことがありました。

「バカ」と言われた程度で怯えきってしまうのは、あまりに耐性が無いせいだと思ったからです。


 私はネット上の色々な記事を見て、毛皮を着ることや屠殺の残酷さを知りました。動画もいくつも見ました。

 犬猫の殺処分に関する文や動画も見て、図書館で「動物業界の闇」を暴くような本も借りて読み、動物実験の実態についても少し知りました。

 ネットで「こげんたちゃん事件(猫虐殺事件)」の記事を読み、写真も見ました。


 他にも差別的な言葉が並ぶ記事を見たり、「検索してはいけない言葉」を片っ端から検索して画像や動画を見たりしました。


 そんな感じでありとあらゆる(?)闇を覗き見しました。


 私の狙いが成功していれば、これで「悪意」には完全に慣れ、悪意に対して冷静に、穏やかに、深く考えられるようになったはずです。

 時には過ちに理解を示しつつも、「世界がより良くなる方向は?」と模索できるようになったはずです。


 ところが……


 完全に悪化しました。


 失敗です。もう「人ってなんだか分からない」「生きる意味が分からない」状態です。

 怖いテレビ番組を見たあとに感じるような「不気味さ」が延々と続き、今まで好きだったものを見ても何とも感じなくなり、何もかも楽しくなくなりました。まずい精神状態でした。


 今ではだいぶ感覚が戻りましたが……


 これで懲りました。

「世界をより良くしよう」と強い意思で動ける人間もいますが、世の中強い人間ばかりではありません。

 傷つきやすいという自覚があるなら、不快な方向や理不尽なこと、悪意や絶望に足を突っ込まない方がいいです。絶対に。


「世の中の厳しさを知るべき」「強くなるべき」などという意見を聞くこともあるかもしれませんが、「そうか。自分ももっと辛いことや苦しいことを知って受け入れるべきかも」と思う必要はないです。


 みんな感覚は違います。価値観も違います。尊重はするべきだけど、全部受け入れる必要はありません。


「人の意見を受け入れるべきだ」という人に限って人の話を聞き入れず自分の意見を押し通していたり、あるいは逆に人の言葉を受け入れすぎてアップアップしていたりします。多分。


「仕方がない」には終わりがありません。底無し沼です。上には上がいるように、もっと辛いこと、もっと理不尽なこと、悲劇的なことはいくらでもあります。


 けど優しさや思いやり、善意にも終わりはありません。果てしなく続きます。


 ならできれば、優しさの方を追っていきたいものですね。


 不幸そうな人の意見を聞いても、不幸にしかなりません。聞くなら幸せそうな人の話にした方がいいです。不幸な人の方が偉そうに意見を押し付けてきますけど(私みたいに)、きっと幸せな人の方が明るく、優しく、大切なことを教えてくれます。


 これで終わりです。ここまでお読みいただきありがとうございました。

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