運び屋の備忘録 ~グローリ~ 第一章-2 剣術とグローリ
霊術師には、一般人にはない感覚がある。
それは精霊術が、働いているかを知る感覚である。
そこに、火があったとする。
その火が自然に発火したものか、霊術により発火したのかを判別するすべはない。
しかし、火が付く直前に、霊術師が、その場に居合わせていれば、霊術師はその感覚で、霊術で発火したものだと知ることができる。
感知できる距離は、その霊術の大きさや、感知する霊術師の才能によるが、フレイナは、視界内においては大抵の霊術の発生を見逃すことはない。
昨日まで自分の墓石があった場所に来た時、グローリがそこにいないことを確認し、近くでグローリが霊術を使っていないことも確認するとため息をついた。
「すみません。どうやら、ここではないみたいですね」
レイクル山に入り夜を明かすとき、いつも、グローリはこの場に来て寝ていた。
デーリッガとなって彼の傍にいた時、その彼の体を冷やさないように、彼女はその羽でグローリを包んでいたものだった。
「そうですか、残念です。では、いったん村に戻りますか?」
ギャゼズは、落ち込むこともなく、返事をする。
グローリがいる場所ならわかると大見得を切った手前、フレイナは、このまま戻るのもばつが悪いと、少し待ってくださいと目を閉じた。
こうすることで、感知する範囲が視覚の範囲ではなく、聴覚の範囲へと切り替わる。
しばらくして、川の流れの音とともに、氷を操ろうとする霊術をフレイナは捉えた。
「おそらく、こちらです」
道を外れ広場の奥の枝をかき分け、林の中へとフレイナは進んでいく。
『おそらく』というのは、霊術の発動主が誰かまでこの方法では分からないためだ。
これは、フレイナだけではなく、霊術師や、霊獣師の誰もが、例外なく分からない。
それでも、このレイクルで、霊術を使う可能性のあるものなど、グローリ以外は考えられないので、彼女は、発言とは逆に、確信をもって川に向かって山を下りて行った。
そして、木々がなくなり、狭い川原が視界に広がると、その場所に見つけることができたのだった、グローリを。
グローリへと近寄ろうと、フレイナは腰の高さほどある段差を飛び下りると、その勢いを殺せないままよろける。
「……大丈夫か、無理をするな」
フレイナが着地した音を聞き、振返ったグローリが倒れそうになったフレイナを霊術で浮かし、近寄った。
「助けて頂きありがとうございます、グローリ師よ」
地面に足がつくと、フレイナは深々と頭を下げる。
「……礼はいい。それより……」
グローリは、フレイナの後ろから追いついてきたギャゼズを見る。
ギャゼスが軽く会釈をするのをみて、フレイナが話し始めた。
「師へ弟子入りをしたいそうです。名前は……」
「……知っている。顔見知りだ」
フレイナの言葉を遮り、グローリはギャゼズを睨む。
「やはり、ご無事でしたか。ココヤスで霊術師の噂を聞きもしやと思いやってきましたが、来たかいがありました」
ギャゼズはそこまで言うと、右膝と左拳を地面につけて、グローリを仰ぎ見る。
セレルーネ王国の剣術の流派でみられる、弟子入りの作法である。
「このギャゼズを弟子にしてもらえないでしょうか?」
ギャゼズは、グローリが迷惑がるだろうと思っていたが、何日でも、何十日でも頼み込む覚悟でいた。
しかし、グローリは、やれやれと漏らすと、断るでもなくギャゼズに話しかける。
「……お前は何のために弟子入りを望む」
「誰にも負けない強さを得るためです」
「……それならば、霊術を教えればいいのか?」
「いえ、私は剣で貴方を超えたい」
「……剣で霊術を超えることはできん。なぜ、剣に固執する?」
ギャゼズは、迷いなく答える。
「剣術が好きだからです」
「……そうか。それならば、面白いものを見せてやろう……」
グローリはそういって振り返り、川岸まで歩くと、霊術を発動するため、念じ始める。
すると、川の中から、牛を二回りも大きくしたほどの氷柱が宙に浮かびあがり、ゆっくりと川原の上に移動し、地面に置かれた。
中には、牛ほどの大きさのハリネズミのような魔物が、真っ二つになったまま氷漬けにされていた。
ブラドベリューだ。
スワイライムを襲い、キジュに両断されたブラドベリューを、グローリは大事に保存していた。
「これは?」
ギャゼズは、意味が分からずに、グローリに尋ねた。
「……お前にこれができるか?」
グローリの言葉に反応するように氷が溶け始め、ブラドベリューを間近でみられるようになる。
そのブラドベリューの切断面を指さしながら、グローリはそういった。
「この切断面……霊術ですか?」
腹から背へ向けての切断面は、見事なまでに綺麗に切れているのだが、綺麗に切れているその細胞は、グズグズに壊されていた。
体の内部を破壊し柔らかくなった後で、鋭い刃か何かで寸断されたのではないかと、ギャゼスは見立てた。
そして、最初の内部から破壊という点で、剣術では不可能と、ギャゼズは判断した。
「……いや、剣術だ」
グローリは、空中にブラドベリューと同じ大きさの氷塊を作り出すと、おもむろに剣を抜いた。
中段に剣を構えると同時に氷塊が、高速でグローリに向かって飛んでいく。
グローリもそれを迎え撃つように駆け出し、両手で剣を持ちなおして、交差する瞬間に剣を振りぬいた。
カン!!!
!!
!
甲高い打撃音とともに、刃が氷に食い込むが、次の瞬間、刀身に亀裂が走り、砕け散ったのは剣の方だった。
「今のは?」
事態をのみ込めないギャゼズは、グローリに問いかける。
「……上手くいけば、そのブラドベリューと同じようになるはずなんだがな……」
折れた刃を拾い、霊術で剣を復元しながら、グローリは答えた。
その言葉の中に、悔しさを感じ取れたのは、フレイナだけだったが。
「私には、ただ、氷塊に剣を叩きつけたようにしか見えませんでしたが?」
「……俺にも、それ以上の事は分からん。俺が知っているのは、構えだけだ……」
グローリの返答で意味が分かれというのが酷な話で、ギャゼズには、グローリが何を言いたいのかが、全く見えてこなかった。
ただ、見せてやろうといってたものが、このブラドベリューと、今、見せようとしていた技なのだろうという事だけは理解していた。
そんなギャザズの心境を察してか、フレイナが口を挟む。
「ギャゼズさんは、アーレス流という剣術の流派を知っていますか?」
「いえ、知りません。この大陸の流派でなくても、国を代表するような流派や、最強いといわれるような誉高い流派なら覚えていますので、どこかの些末な流派だとは思いますが?」
幼い頃から、剣術とともに世界の数多ある剣術の流派の名前や、時には型を見せられてきた彼にとって、知らないというだけで取るにたらない流派であるといえた。
「そのブラドベリューを真っ二つにした技の名前は、アーレス流奥義交差竜破というのだそうですよ」
そんな無名な流派に、こんなことができる技があるとは思えないと、ギャゼズは半信半疑だ。
「もっとも、私もグローリ師も、その技がだされるところは見ていないのですが。その技を見ていた人に聞いただけなのです。師は、構えは別の機会に見ていたそうですけど」
「では、その方の見間違えで、実は、霊術だったのではないでしょうか?」
ギャザズがもっともな感想を述べるが、グローリが否定する。
「……あれに、霊術は使えん。それに、それをあれがやったというのなら、納得しうるだけの力量は持ち合わせている」
「あれというのは、キジュさんという女の子なんです。十四歳だということですが、グローリ師と同じ位にすごく腕の立つ剣術使いなのです」
「少女? まさか!?」
ギャゼズは、グローリが大会で言った言葉を思い出した。
「数倍上をいくといっていた女性というのが……」
「……そうだ。あの時はああいったが、剣術だけで戦えば、俺でも勝てるか分からん。こんなことができるくらいだからな」
グローリは、直った剣を鞘に納めながら続ける。
「……それで、どうする……。剣で強くなりたいというのなら、ここではないと俺は思うがな……」
「ここではないとは?」
「ああ、キジュさんは運び屋で、昨日、旅立ったんです」
「運び屋? 剣術家ではないのですか?」
「剣は、強くなれないから止めて運び屋になったという事みたいですよ」
「強くなれない……って、もし、話の通りならば十分なほど強いと思いますが……」
「……本人が納得できる強さにならなかったという事だろう。だからこそ、まだ、伸び代もあるだろう……」
ギャゼズは、もう一度、ブラドベリューの切断面を指でなぞり頷いた。
「分かりました。貴方ほどの人がそこまで言うほどの人物です。私も会いたくなってきました。きっと、その少女にあって強くなってみせます」
ギャゼズは、拳を強く握りしめる。
「キジュさんを追いかけるのでしたら、一旦、スワイライムに戻りましょう。ベッケルさんの家への届け物をしに来たので、今度は届けたという証明書をココヤスのエルナードさんのところに運ぶといってましたから。エルナードさんの家を教えてもらえれば、追いつくのに役立つでしょう」
「それは、助かります」
ギャゼズは、深々と頭を下げる。
「いえ、いいのです。先ほどは失礼をしましたし。ついでに家でご飯を食べていってください。その間に、キジュさんへの紹介状も書きますので。いきなり行っても不躾でしょうから」
フレイナの心遣いに、ギャゼズは、また、頭を下げた。
そんなギャゼズをみてグローリは、遠い昔の事を思いだしていたのだった。
お待たせしました。
ようやく、グローリが登場させることができました。
楽しんでいただけたら幸いです。




