第七章-1
村の外壁は、半分崩れおちていた。
氷の補強で持ちこたえたところもあったが、地震の力がそれを上回った。
村人を乗せたまま砂城のように崩れ落ち、いたるところで、見張りが城壁の下敷きとなっていた。
家屋の被害も半端ではなかった。
正常に建っている家など牢の建物くらいだった。
村人は、全員で瓦礫の中から生き埋めになった人々を助け出していた。
しかし、男手自体外壁の中に埋まってしまっていたので救援作業は遅々として進まなかった。
一方、ブラドベリューと対峙しているキジュには、村の様子は全く分かっていなかった。
村のあちらこちらから聞こえる悲鳴に何とかしないと思いながらも、目の前の敵を放置するわけにもいかない。
肝心のブラドベリューは、その場を動こうとしなかったが。
おそらく、門についている液体に引き付けられほかの事に関心がないのだろう。
これでは、相手の力を利用する交差竜破は使えない。
かといって、普通に仕掛けては、センナに被害がいくかもしれない。
キジュは、センナを見る。
センナは、空を見上げて心ここにあらずといった感じだ。
キジュはこのままではどうしようもないと意を決し、センナにかけより、耳元で叫ぶ。
幸いにも、ブラドベリューはこちらに興味を示さなかった。
「センナさん!」
センナは、それで、我に返る。
「キジュ様! カ……、カデラスが!!」
傍らのセンナにいわれるまでもなく、キジュも確認している。
レクディアリウの杜から来る溶岩の流れは、一直線でこの村に向かっていて、その上を滑るようにカデラスは進んでくる。
まるで赤い絨毯の上を進むように。
わずかな救いは、その速度が、きわめて遅い点だ。
キジュは、凛と微笑むと、センナにいった。
「大丈夫。あの速さなら、この村から逃げ出せば、何とかなるから。しっかりして」
「そ、そうです……ね。逃げなければ、はい」
センナは逃げるという言葉に、ようやく、どうしなければいけないのかを悟り始めた。
「いいかい、センナさん。今、僕はここを動けない。だから、、壁の向こうで、男の人たちが無事か確認して欲しい。幸いにも、あそこの壁は無事で階段も上れる。分かったかい?」
キジュは、センナが降りて来た階段を指差す。
センナはゆっくり立ち上がり、たどたどしく歩き出したが、階段の前につくまでには、しっかりとした歩調にもどっていた。
キジュは、それを見届けてから、ブラドベリューの正面に戻る。
「キジュさん、皆さん無事です。野盗全員に手枷をして歩かせようとしてますが、何か戸惑っているみたいです」
キジュからは、外の様子は見えないが、その指示は的確だった。
「センナさん、そこから、周り見て村の中には入れそうなところ見つけたら、男の人たちに、それを教えてあげて。そして、最低限の人数で野盗たちを牢に運ぶようにして、他は一旦、中央広場に集まって状況を確認するんだ。僕も片付けたら、広場に行くから」
「はい、分かりました」
「それと、東壁と北門にも一人づつ、外の男の人に走ってもらって、見張りはいいから全員で、一旦、中央広場に集まるようにって、伝えてもらって」
「でも、野盗がまだ襲ってくるかもしれません……」
「大丈夫、それはないから。もう全員抑えたと思うし、もし残っていても、この状況で村を襲おうなんて思わないさ。逃げ出しているに決まっている。だから急いで、もし守りに付いている人がいたら、救出を優先するために、一回、中央広場に集まってっていって」
「はい!」
センナは通る声で、村の男たちにキジュの指示を伝えると、自身は階段を下り、中央広場へと向かって走り出した。
「まずは、状況把握だ。一人の力だと、瓦礫のしたの人なんて救助できない。中央広場に男手を全部集めて、効率的に救助作業をするように村長さんに指示してもらって」
走っていくセンナの後ろ姿に、キジュは大声で叫んでいた。
巨大な火球は、溶岩の流れに乗って山をくだる。
通った後には、炎しか残らない。
カデラスの周りの樹木が煙を上げ、森中に伝播していく。
終わりの来ない炎の波が山頂から続き、レイクルは火の山と化した。
その中にいた鳥や動物や魔物といった、生きとし生けるもの全てを一瞬にして呑み込んでしまう。
(私たちも飲み込まれてしまうのかしら……)
走りながら少女は、その圧倒的な様に恐怖すらわかず、ただ、死を受け入れようとしてしまう。
これではいけないと、レイクルから視線を村に戻す。
しかし、村の中はひどい有様だった。
丈夫な作りで壊れていない家もあることはあったが、大半は崩壊していた。
地割れがざっくりと走り、家を傾けている。
逆にせりあがった場所もある。
そこを避けてセンナは一生懸命駆ける。
周囲で必死の救出活動を続けている中、痛む心を鬼にして。
ようやくセンナは、中央広場にたどり着いた。
村長の、いや、センナにとってはフレイナの家が、その場に崩れずに建っていたことで、急に、安堵のため息が漏れた。
「センナ、無事であったか?」
村長のカナライがセンナに声をかけてくる。
広場ではすでに、村長が数人と情報を確認しあっていた。
「はい」
センナはそれに答えると、南門でのいきさつをつぶさに語る。
キジュが魔物と戦闘中だと知ると、どよめきが起こる。
「この惨事の中、魔物が村にこられたらひとたまりもないぞ。救援を送ったほうがよいのではないか」
レドニアが、頭を抱えて村長に言う。
だが、センナが横から口を挟む。
「キジュ様ならば大丈夫です。東壁でも、ブラドベリュー五匹相手に傷も負わず、倒しきりましたから。それより、救出を優先しないと。キジュ様は、もう野盗もやってこないといっておられました」
ブラドベリューの名を聞いて、とても信じられないというレドニアだったが、急に男が横から口を挟んできた。
「……あれなら、それくらいはするだろうよ。それより、思った以上にひどそうな状況だな」
急に後ろから声がしてたので、センナは驚き振り返った。
「……グローリ様、いつの間に……」
自分の後ろには誰もいなかったはずなのにと、センナは息をのみ込む。
さらに、さきほどまで何もなかった広場に、山積みの食料までもが積まれていた。
驚いていたのは、センナだけではない。
にわかに起こったグローリの帰還に、広場にいた全員が、一瞬ほうけていた。
そして、次の瞬間、それは歓声に変わった。
「……今しがただ。それより、状況を説明してくれ」
グローリの問いに、村長がカデラス復活からの村の惨状を分かっている限り伝える。
「……そうか」
グローリは、カデラスと戦うまではなるべく霊術を使用したくはなかった。
なぜなら、霊術を使用するには集中を余儀なくされ、それは精神を消耗させていく。
精神力が尽きれば、霊術を使用するどころか、気絶してしまいかねない。
しかし、この状況では、そうもいかない。
救出はもちろんのこと、救助したうち重症な者は霊術で治療しなければならないだろう。
(……このまま放置することはないのだろう、フレイナなら……)
しばらく、グローリは考え始める。
そこへ、デーリッガが主を見つけてその方へと舞い戻ってきた。
続いて、西門のほうからも男手が広場にたどり着いた。
センナが先ほど誘導した、南門の外にいたものたちだ。
「牢に行ったものは四人ほどで、しばらくすれば、こっちに来ると思います。村長どうしますか?」
「結局は、グローリ殿次第だ。村の救助の助力を仰ぎたいところではあるが、グローリ殿の第一義は、カデラスだろうからの」
カナライは、グローリが来た日のことを思い出していた。
娘が死んだのは自分の咎だといい、その罪を償うために娘に成り代わって、十二代目グローリである自分が、カデラスを倒しにこの地にやってきたといった日のことを。
そして、年月は過ぎ、あらゆるものが変わっていっても、それさえ拒絶するように、この男の心身は変わらなかったことを。
グローリは、村長に問われて、ついに答えを出した。
「……村長、救出は男たちで何とかしてくれ。だが、どうしても駄目な時、一刻を争うときは、迷わずに声をかけてもらってかまわない。その時は、俺が何とかしよう。俺は、この広場に残り重病人を手当てする。傷が深いものはここに連れてくるように。動かせそうにないものがいたら、それも迷わず声をかけてくれ」
グローリは、村長や周りの男たちにそういうと、デーリッガにも向けて静かにいう。
「……お前は、あれを助けにいけ」
グローリの肩の上で、一声いななくと、デーリッガは南門へと飛び立った。
それを合図に、村長の指示のもと、男たちが、村の救助に走り出した。




