前世の記憶
「なあ」
「うん?」
ベッドを背もたれに床に並んで座り、首を傾げて俺を見る陽愛を感じながら尋ねる。
「そもそも何で前世の話に繋がったんだ?」
俺の素朴な疑問に、陽愛は友達との会話を思い出したのか、むーと唇を尖らせあのねと呟いた。
「あのね」
「ん」
律儀に応えれば、つり上がり気味だった眉が下がる。
「お侍様が」
「お侍?」
「うん」
いきなり出てきたお侍。陽愛の嗜好を知っていれば格段不思議ではないけれど。
「お侍さんがかっこいいって言ったら、みっちゃんがかっこよくないってバカにするから」
みっちゃん、と言った後。陽愛はぐっと両手を握り締め、下がっていた眉が今度は完全につりあがる。
今の陽愛は怒りに燃えていた。
が。
「それでね、その流れでお侍様のかっこいいとことかいっぱい言ってたら、やけに詳しいとか言われて……それで……それでね……」
先を続ける毎に徐々に声が小さくなり、しゅんと先程までの熱意が掻き消える。
声と共に縮こまった陽愛を見て思うのは、それなら陽愛のタイプはお侍か? といった事。
「陽愛は、侍が好きなんだな」
俺にとっては問いかけを含んだ確認に、陽愛は意気消沈顔をぱぁと輝かせてうん! はっきりと頷いた。
じゃあ、
思わず口をつくのは、俺が思い描くあの時代に似合い顔。
「中村幸一とか、好きなのか?」
「役者の?」
声を出さずに頷けば、陽愛は目を瞬きうん? と曖昧に頷く。
「まあ、好きといえば好きだけど?」
いまいち意図の汲み取れていないその返事に、僅かに眉を寄せてしまう。
はっきりと聞いてしまおうか。
「ファン、として? 想い人として?」
「おもいびと?」
俺の言葉そのままを紡ぎ返した陽愛の顔は、きょとんとしたもので。少し経ってから意味に気付いてぷっと吹き出した。
「っぷふっ! 誠ちゃん何言うのさ!? お武家様と町人は一緒にはなれないよ? お侍様は私達町娘にとってはただの憧れだよ。あ、こ、が、れ!」
やけにはっきりとしたものの言い様に、胸がほっとして。
なんだか頬が緩んでしまう。
「そうか」
「誠ちゃん?」
俺の緩んだ顔に、陽愛が目を丸くした。反対に、俺は目を細めて陽愛を見つめ返す。
すぐ隣の距離感に、ふと手を伸ばして陽愛の頬に触れた。
見た目通りに柔らかくて、暖かい。
陽愛は目を白黒とさせ、俺の名を呼ぼうとしてどもるけれど。俺は笑って親指で頬を撫で続けた。
暫く経てば陽愛も落ち着き、なれたのか。まるで猫の様に俺の掌に擦り寄ってくる。
くすりと笑い、手を外せばどうしたのと言わんばかりに見上げられ。
俺は陽愛との距離をさらに詰めて自分の額と陽愛の額を合わせ、間近で陽愛の瞳を覗き込んだ。
その近さに、俺の顔が陽愛の瞳には映し出されている。
陽愛はこんな風に見ているのかと、思いながらも見つめ続けて、笑う。
「それなら」
「誠、ちゃん……?」
近距離で紡がれた名に、吐息を感じる。
頬を上気させ、戸惑う陽愛に、視線を外す事で僅かながらも安堵感を与えられればと、続ける。
「それなら、平民は平民同士、付き合いませんか?」
俺の中で燻っていた思いを口に出す。
何年、かかったんだろうな。
やっと言えた言葉に笑って、伏せていた視線を陽愛に向けなおせば、先程よりも紅く染まった頬が見えた。
陽愛は、俺の目と目を合わせて口を開いた。
それはゆっくりとした動きに感じられて、目を細めながら時を待つ。
そして、その唇は確かに紡いだ。
「はい」、という言葉を。




