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第18章 あまりにも長く生き延びすぎた者

第18章 あまりにも長く生き延びすぎた者


マークは鍛冶場で働いていた。


手は自動的に動く――金属、熱、繰り返された動作。


だが意識はそこにはなかった。


この状態にはもう慣れていた。身体の一部は働き、もう一部は人を待っている。


そして、来た。


最初に足音。


重い。


不安定だが、弱くはない。


次に、入口での沈黙。


まるで、自分に入る資格があるのかを確かめているかのように。


ノック。


「どうぞ」マークは静かに言った。


扉がゆっくり開く。


そして、彼が入ってきた。


戦士のようでもない。


英雄のようでもない。


ただ、長く緊張状態のまま生き続け、そこから抜け出せなくなった人間のようだった。


ヴァレン・ドルスキー。


彼は入口で立ち止まる。


会話を始める価値があるのかを測るように、マークを見る。


「お前が心理士か?」とようやく口を開いた。


声は落ち着いている。


だが、眠っても消えない疲労が滲んでいた。


マークはうなずく。


「はい」


「座ってください」


彼はすぐには座らなかった。


まず、息を吐く。


それだけで意思が要るかのように。


「……なぜ来たのか、自分でもわからない」と言った。


声は平坦。


だが空虚だった。


マークは急がない。


「なら、来ることになった理由から始めよう」


間。


ヴァレンは短く笑う。


喜びはない。


「たぶん……もう無視できなくなったからだ」


「眠れない」


間。


「ずっとだ」


彼は床を見た。


「目を閉じると、まだいる」


沈黙。


「いつも戦いじゃない」


間。


「ただ、顔だけの時もある」


指を強く握る。


「一緒にいた連中の」


「目が覚めても疲れている」と続けた。


「眠っていないみたいに」


間。


「……そもそも、なぜ起きるのか分からない時もある」


マークは遮らない。


ヴァレンは長く息を吐く。


「全部が……色褪せた感じだ」


間。


「仕事も、人も、会話も」


彼は苦く笑う。


「誰かが隣で笑っていても、音は聞こえるが、感じない」


「前は単純だった。戦って、休んで、また戦う」


間。


「今は、何にも重さがない」


マークを見る。


「戦場にはいない」


「でも、生きてもいない」


マークは内側で整理する。


――これは疲労ではない。

――脅威がないのに、脅威状態を維持し続けている状態。


「変なんだ……」とヴァレンが小さく言う。


「みんな“普通に生きろ”って言う」


間。


「でも、どうやるかは誰も言わない」


マークは静かに答える。


「その“普通”は、この状態では機能しない」


間。


「最初から“生きる”を目標にしない」


「まず、感じる力を取り戻すことから始める」


ヴァレンは苦く笑う。


「もう遅い気がする」


マークは約束しない。


「“遅い”は医学用語ではない」


間。


「感覚だ」


まっすぐに見る。


「感覚は変えられる」


沈黙が濃くなる。


だが空ではない。


初めて、絶望ではなく、疲れた注意がそこにあった。


「楽になるとは言わない」とヴァレン。


マーク。


「私は“楽”を扱わない」


間。


「今あるものを扱う」


ヴァレンはゆっくりうなずく。


そして座り続けた。


「話しに来た人」ではなく、


長いあいだ初めて、「耐えろ」以外の答えを受け取った人として。


部屋は静かになった。


誰も黙ったからではない。


言葉の重さが増したからだ。


ヴァレンは視線を落としたまま座っている。


長い沈黙は、もはや気まずさではなく、対話の一部になっていた。


マークは急がない。


今必要なのは問いではなく、ペースだと理解していた。


それでも、静かに尋ねる。


「いつからだ?」


間。


ヴァレンはゆっくり息を吐く。


「はっきりした時点はない」


短く笑う。


「一つで始まるものじゃない」


突然、言葉が途切れる。


一秒。


二秒。


その静けさの中で、何かが変わる。


手がわずかに震える。


指に力が入りすぎる。


彼は壁の方を見る。


「……金属だ」と小さく言う。


マークは目を上げる。


「何が?」


その瞬間、空気が変わった。


ヴァレンはすぐに答えない。


声が少し低くなる。


平坦だが、落ち着いてはいない。


「熱い金属の匂い」


間。


「それと血だ」


まばたきが遅い。


「いつも一緒に来る」


マークは動かない。


内側で記録する。


――感覚トリガー。嗅覚と外傷記憶の結びつき。


だが口にしたのはそれだけだった。


「今、ここにいる」


ヴァレンは聞こえていないようだった。


「通路から出た時だ」


間。


「想定より速かった」


視線が空になる。


「隊形を変えろと言った」


「でも遅かった」


喉が動く。


「左にいた」


間。


「若かった」


声がさらに低くなる。


「若すぎた」


「俺を見た」


間。


「隊長としてじゃない」


「分かっているはずの人間として」


ヴァレンは拳を握り、関節が白くなる。


「分かっていた」


間。


「でも間に合わなかった」


突然、言葉が途切れる。


その一瞬、はっきりと分かる。


彼はここにいない。


そこにいる。


呼吸が浅くなる。


肩が固まる。


焦点が合わない。


マークは静かに、少し低く。


「私を見て」


間。


「ここにいる」


数秒。


ヴァレンが瞬きをする。


鋭く。


水面に戻るように。


大きく息を吸う。


「……悪い」と小さく言う。


顔に手を当てる。


「こういうのがある」


間。


「急に……来る」


マークは内側で整理する。


――フラッシュバック(感覚連動)+生存者罪悪感。


「慣れたと思っていた」とヴァレン。


疲れた声。


「でも消えない」


マークはやわらかく、しかし正確に言う。


「慣れるものではない」


間。


「付き合い方を変えるものだ」


再び静寂。


だが今度は違う。


空ではない。


重みのある静けさ。


ヴァレンは少し前かがみで座っている。


だがもう、内側に沈み込んではいない。


「整理できる気がしない」と小さく言う。


マークは落ち着いて答える。


「今は“整理”しなくていい」


間。


「一人で抱え続けるのをやめることだ」


ヴァレンはゆっくりうなずいた。


そして初めて、「耐えられない人」ではなく、


「分解できるかもしれないものに触れた人」に見えた。


セッションの後、部屋は長く静かだった。


空ではない。


言葉にならなかったものが残っている。


ヴァレンは視線を落としたまま座っている。


呼吸は徐々に整う。


だが内側の重さは残っている――鋭さではなく、背景のように。


マークは急いで終わらせない。


こうした状態は、点で終わるものではないと理解している。


彼は周囲を見る。


隣では鍛冶場が鳴っている。


金属が打たれる音。


火の唸り。


そして初めてはっきりと理解した。


ここは――適していない。


音が多すぎる。


刺激が強すぎる。


空間の制御が少なすぎる。


彼はヴァレンを見る。


「ここはやりづらい」と静かに言う。


間。


ヴァレンが顔を上げる。


「どういう意味だ?」


マークは鍛冶場の音へ視線を向ける。


「外的刺激が多い」


間。


「注意の維持が難しい」


短い間。


「君にとっても、プロセスにとっても」


ヴァレンは数秒黙る。


「で、どうする?」とようやく聞く。


マークは答える。


「場所を変える」


間。


「もっと静かで」


「予測できる場所に」


落ち着いて説明する。


「常に警戒している状態から外れられる空間が必要だ」


「脳が音を脅威として解釈しない場所」


間。


「戦場の延長のように感じない場所」


ヴァレンは長く息を吐く。


「家なら……静かだ」


間。


「ほとんどいつも」


マークはうなずく。


「それでいい」


間。


「次はそこでやろう」


「安全に感じられる場所の方が、理想的な部屋より優先される」


ヴァレンはうなずいた。


「分かった」


「家の方が静かだ」


彼は立ち上がる。


最初より軽い動きで。


ドアの前で止まる。


「じゃあ……また次か?」


マークはうなずく。


「また次だ」

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