第12章 静寂の部屋
第12章 静寂の部屋
日々はただ真っすぐに過ぎていった。
あまりにも、真っすぐに。
マークは鍛冶場で働いていた。
道具を渡し、鉄の扱いを覚え、エドワード・マルクロウの短い指示に従う。
時々、自分の小さな部屋へ戻る。
そこで座り、ただ待つ。
だが扉は開かないままだった。
──その日の夕方までは。
扉が軋んだ。
マークは顔を上げる。
入口に立っていたのは、一人の少女だった。
鍛冶屋の者ではない。
服装は整っているが旅装だ。
埃のついた外套。
手は無意識に腰に近い位置へ──習慣だろう、恐怖ではない。
彼女は工房を見回し、それからマークを見た。
疑うように。
「……人を助けている、んですか?」
声は落ち着いていたが、その奥には緊張があった。
マークはすぐには答えなかった。
小さく頷く。
「時々」
間。
「本人が望むなら」
少女は少し黙った。
続けるべきか迷うように。
「私……問題があって」
「自分では解決できないことです」
マークは立ち上がる。
余計な言葉はない。
「行こう」
■部屋
彼は自分の区画の扉を開けた。
即席の“部屋”。
狭い。
古い板壁。
工房からの鈍い音が、薄く響いている。
だが中は違っていた。
机はまっすぐに置かれている。
向かい合う椅子。
窓辺にはいくつかの植物。
手入れは完璧ではないが、生きている。
葉は光へ伸びていた。
隅には布が丁寧に畳まれている。
古びて色褪せているが、整えられている。
それが音を吸っていた。
空気が柔らかい。
匂いも違う。
鉄ではない。
熱でもない。
草と木の淡い香り。
ここには“静けさ”があった。
完全な無音ではない。
だが、押し付けてこない静けさ。
少女は入口で立ち止まる。
「……これ、全部あなたが?」
マークは頷く。
「そうだ」
彼女は少し眉をひそめる。
「どうして、こんなものを?」
マークは淡々と答えた。
「話しやすくするためだ」
一歩進み、椅子を示す。
「空間が圧を持たなければ、思考も少し静かになる」
少女は壁の布に指を触れた。
「普通の部屋じゃないですね」
「その必要はない」
彼女はもう一度見回し、ゆっくりと中へ入った。
そして座る。
完全に安心はしていない。
だが、入口にはいない。
マークは扉を閉め、向かいに座る。
数秒、沈黙。
部屋がその間を支えていた。
やがて少女が小さく息を吐く。
「……外より、落ち着きます」
「そうあるべきだ」
間。
マークは急がない。
すぐに質問もしない。
少女は彼を見た。
慎重な興味。
「本当に、これで……変わるんですか?」
マークは正直に答える。
「時々」
間。
「ただし、話す準備がある場合だけだ」
彼女は視線を落とす。
そして言った。
「……試してみます」
沈黙は深くなった。
だが空ではない。
少女は俯き、指を組んでいた。
言葉が内側で形を作っている。
まだ外には出てこない。
「……少し、普通じゃない話です」
マークは黙ったまま。
「私、仲間と旅をしていて」
「依頼をこなしています」
間。
「最近……おかしくて」
言葉が途切れる。
「一人が……」
再び沈黙。
マークはただ待つ。
彼女は曖昧に言い続ける。
「変わってしまって」
マークは静かに口を開いた。
「その言い方では、助けられない」
少女は顔を上げる。
「どういう意味?」
「具体性がない」
「事実がない」
「安全な言葉だけだ」
彼女は眉を寄せる。
「ちゃんと話してます」
マークは首を振る。
「守っているだけだ」
空気が少し重くなる。
少女は視線を逸らした。
「全部は言えません」
マークは追わない。
「なら、助けるのは難しい」
淡々とした事実だった。
少女は拳を握る。
「もし……言えない理由があったら?」
「誰かに知られると困る?」
「はい」
マークは頷く。
「なら確認する」
彼はまっすぐ見た。
「ここで話したことは、誰にも伝わらない?」
少女は問い返す。
「本当に?」
「本当だ」
「誰にも?」
「誰にも」
間。
マークは続ける。
「この場所では、話は外へ出ない」
少女はじっと見つめた。
疑いと確認。
「……危険な内容でも?」
「同じだ」
「ギルドにも?」
「伝えない」
「権力にも?」
「しない」
短い間。
「裁判でも?」
「関係ない」
少女は少し息を止めた。
「それ、普通じゃないです」
マークは肩をすくめる。
「必要なことだ」
「人は守られないと本当のことを話さない」
彼女は目を伏せる。
しばらく沈黙。
呼吸が少しずつ整う。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
目の奥の警戒が、少しだけ薄れていた。
「……わかりました」
「ちゃんと話します」




