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コズミック・ドリフター③鋼鉄の闘技場(ヘパイストス・ファウンドリ)  作者: naomikoryo


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第一話:鉄と酸の海

空星陸の意識は、純粋なエネルギーの奔流の中にあった。

もはやウロボロスで経験した、あの制御不能の恐怖はない。

リラの腕の中に感じる、確かな重みと温もり。

そして自分の精神と、右腕のスキルチップとが完璧に同期する、心地よい万能感。

彼は光そのものだった。

時間と空間の概念が意味をなさない高次元の回廊を、一筋の流星となって駆け抜けていく。


イメージは完璧だった。

目的地である工業ユートピア「ヘパイストス・ファウンドリ」の座標。

第十七研究所、屋上、廃棄された冷却塔の内部。

その薄暗く湿った、コンクリートの匂いまで、陸は五感のすべてで正確に捉えていた。


やがて、光の回廊の先に出口が見える。

陸の意識はエネルギーの奔流から、再び確かな肉体という器へと収束していった。


――着地。


衝撃は、ほとんどなかった。

まるで数センチの高さを飛び降りたかのように、二人の足は静かにコンクリートの床を捉えた。

陸は腕の中で、リラがかすかに息を呑むのを感じた。


そこは、リラがモニターで見せた通り、巨大な冷却塔の内部だった。

かつてはこの星の膨大な熱量を空へと吐き出していたであろう、巨大な筒の中。

今は役目を終え、静かな闇と沈黙に支配されている。

壁面には錆びついた巨大なファンが、亡霊のように動きを止めていた。


「…………」

「…………」


どちらからともなく、沈黙が流れる。

陸は腕の中のリラを、ゆっくりと床に下ろした。


「……やった、のか?」


陸がまだ信じられないといった口調で呟くと、リラは手元の端末で何かを確認していた。

やがて顔を上げる。

いつもは鉄の仮面のように無表情な顔に、隠しきれない驚愕の色が浮かんでいた。


「……座標、シグマ七三九、ガンマ〇二一。誤差一・三メートル。……信じられないな」


彼女は呟くように言った。


「初めての長距離惑星間跳躍で、これほどの精度を出すとは。あんた、本当にただの人間か?」


その言葉に、陸の胸の奥がじわりと熱くなった。

リラが初めて自分を本気で評価した。

その事実が、跳躍を成功させたこと以上に、彼の心を誇らしさで満たす。


「上出来だ、陸」


彼女は短くそう言った。

声はいつもと同じ、ぶっきらぼうな響きだったが、陸にはそれが最高の賛辞に聞こえた。


「さあ、感傷に浸っている暇はない。とっとと仕事を終わらせるぞ」


リラはすぐに、いつもの情報屋の顔に戻ると、冷却塔の外へと続くメンテナンス用の梯子へ歩き出した。

陸もその後に続く。

梯子を上り、重いハッチを二人でこじ開ける。

その瞬間、まったく違う世界の空気が、二人の防護服を叩いた。


まず匂い。

鼻腔を突き刺す硫黄の、卵が腐ったような独特の匂い。

そして金属が高温で焼ける匂い。


次に音。

どこか遠くで絶えず響く、巨大なプレス機が何かを打ち付けるような重低音。

風が無数のパイプラインの間を通り抜ける、不気味な口笛のような音。


そして雨。

空はアルカディア・ネクサスのような快活な青でもなければ、ウロボロスのような不気味な紫でもなかった。

ただ、厚く重い鉛色の煤煙に、完全に覆い尽くされている。

その絶望的に暗い空から、霧のような細かい雨が絶え間なく降り注いでいた。


リラは防護服のフードを深く被り直す。


「硫酸の雨だ。濃度はそれほどでもないが、長時間浴び続ければ、この服ももたない」


陸も彼女に倣って、フードを目深に被った。

バイザーに雨粒が当たり、しゅう、と小さな音を立てて蒸発していくのが見える。


二人が立っているのは、巨大な工場の屋上だった。

見渡す限り、地平線の果てまで同じような巨大な工場、天を突く煙突、それらを結ぶ血管のような剥き出しのパイプラインが、どこまでも続いている。

そこにはアルカディア・ネクサスで見たような華やかなネオンも、緑豊かな公園も、一切存在しない。

ただ機能のためだけに構築された、無骨で殺風景な鋼鉄の景色が広がっているだけだった。


「……すごいな、ここも」


陸が呆然と呟く。


「ああ。銀河でも有数の工業惑星。それがヘパイストス・ファウンドリだ」


リラは眼下に広がる無機質な景色を冷たい目で見下ろしながら言った。


「この星で生み出される、ありとあらゆるものが銀河の様々な星の文明を支えている。……そして、その富のほとんどをクロノス・インダストリーが独占している」


その言葉に、陸はこの星の歪んだ構造を垣間見た気がした。

初めての惑星間跳躍の成功に浮かれていた気持ちは、急速に冷却されていく。

ここはアルカディア・ネクサスとも、ウロボロスとも違う。

もっと直接的で機能的な、巨大なシステムが支配する星。


自分たちは今、その巨大なシステムの心臓部に足を踏み入れたのだ。

陸はごくりと喉を鳴らし、降りしきる酸の雨の向こう側――目的の研究所があるであろう方向を、強く見据えた。

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