表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Safe House  作者: さかな煎餅
第1章「新たな使命」
1/57

新たな使命

これは、

オレが「俺」になるまでの物語――。


   ◇ ◇ ◇


この物語は実在の人物・組織・出来事等とは一切関係ありません。

また、登場人物が自殺を図ろうとする場面があります。

精神的に不安な方は、閲覧をお控えください。

また、この作品を参考に、現実で誘拐行為等をするのはおやめください。


   ◇ ◇ ◇


――オレは名前も知らぬ少女に、叫んだ。


夢野陽

「オレと! どこか遠くへ……逃げない?」

少女

「‼」


少女は目を見開き……部屋にひっこんだ。


夢野陽

(オレ……今、なんて言った?

あの子に……一緒に遠くに逃げよう

……なんて、言ったのか? 今……)


オレは手で頭を押さえた。


夢野陽

「なに言ってんだ、オレ……」


ドンッ……


夢野陽

「……?」


少女が……目から大粒の涙をこぼしながら、

オレに……しがみついていた。


少女

「…………‼」

夢野陽

「……‼」

(この子は、オレに……助けを、求めている……‼)


……オレは、彼女の手をとった。屋敷に、背を向ける。


夢野陽

「行こう……どこか、遠くへ……」


……名前も知らぬ少女を、誘拐するなんて……

……オレは頭が、おかしくなってしまったのかもしれない。

けど……オレは、それでも……

目の前の命が消えてしまいそうなのを見過ごすなんて、できなかった……。


   ◇ ◇ ◇


――すべての始まりは、去年――。

家に、いたくなくて……どこか、遠くに行きたくて……

電車に、逃げ込んだ。

人の波についてゆき、気が付くと……

イルミネーションと、カップルたちの中にいた。


夢野陽

(ああ、今日は……クリスマスか……)


……笑顔の波におされるまま、ふらふら歩く……。


夢野陽

(……恋人なんて……オレなんかには、まぶしすぎる……)


……突然、人の流れが止まった。赤信号の交差点の前だった。


女性

「さむいーっ」

男性

「……ほら、手」


目の前のカップルは手をつなぎ、寄り添った。


女性

「……あったかい……」

夢野陽

「…………」


……オレは自分の上着のポケットに、手をつっこんだ。

信号が青に変わった。カップルたちの波が、動き始める。


夢野陽

(……家にも、どこにも……オレの居場所なんて、ない……)


オレは人のいないほうへ、早足で逃げた……。


   ◇ ◇ ◇


――気が付くと、見覚えのない住宅街にいた。

あたりには大きな家ばかり、立ち並んでいる……。

……広い道の真ん中に、オレは突っ立っていた。


夢野陽

(……いつの間に、こんなところに……)


クリスマスだというのに、あたりには誰もいない。

時折、雪が屋根から落ちる音だけが、聞こえてくる……。


夢野陽

(……寒い……)

??

「ママ……私が、いけないの……?」


……どこからか、声が聞こえた。


夢野陽

「……?」

(こんな夜中に、誰かいるのか?)


あたりを見回す。……しかし、か細い声の主は、見あたらない。


??

「わたしが……私が、悪い子だから、いけないの……?」


……上の方から、声がしているようだ。

見上げると……大きな屋敷の二階の窓に、

女の子が、立っていた。


夢野陽

「えっ」


真っ白な服をきた彼女の身体が、空へかたむき――


夢野陽

「あ、あぶないっ!」


……思わず、声をかけてしまった。


少女

「⁉」


――少女は窓枠をつかみ、その場にふみとどまった。


夢野陽

(ほっ……)


少女はあたりを、きょろきょろと見まわし……

大きな瞳を、オレの方へ向けた。


夢野陽

「あ、あぶないよ……」

少女

「あっ……」


少女はビクッと身体をふるわせ、目をさまよわせた。


少女

「は、はい……」


ビュオッ!

――その時一瞬、強い風が吹いた。


少女

「あっ」


少女が、宙に手を伸ばす。


夢野陽

(あぶない……!)

少女

「ああ……!」


少女の指先を、白い何かがかすめた。

……彼女は焦ったような顔をして、部屋に引っ込んだ。


夢野陽

「……」


少女がつかもうとした、白いそれは……

まるで雪のように、ふわふわと宙を舞い――

オレの足元に、音もなく落ちた。


夢野陽

(紙……?)


拾い上げ、見てみる。


夢野陽

「…………た……かける? ばつ?」


ぐしゃぐしゃになっている紙の真ん中には、「た」「×」と書かれている。


夢野陽

(……なんだ? なにかの暗号か?)


……しかし……震えている筆跡を見ていると、

なんだか……胸のあたりが、ざわざわする……。


夢野陽

(いや……これはきっと、暗号なんてものじゃない……。

もっと、切実な…………)

??

「か、かえして!」

夢野陽

「!」


さっきの少女が、少し離れたところの門の向こう側にいた。

……その小さな姿は、小学生の低学年前後に思える。


少女

「かえして……ください」


オレは紙についたシワを、ていねいに伸ばした。

大きな門に近づき……その隙間から、紙を少女に差し出す。


夢野陽

「……はい」


少女は震える指で、紙を素早く手にとった。そして、それを胸元で抱きしめる。


夢野陽

(あれ、この子のほっぺた……)


少女は振り返り、屋敷の方へ歩き始める……。


夢野陽

「……あ、あの!」


……彼女は肩を震わせた。そしてゆっくりと、肩越しにこちらを見る。


少女

「……?」

夢野陽

「だ……だいじょうぶ?」

少女

「‼」


……少女の大きな瞳に、涙があふれたように、見えた。

彼女はすぐに前に向き直り、うつむく。


少女

「…………だ……だ、……だいじょうぶ、です……」


……彼女は足早に、屋敷の方へ走っていった。


夢野陽

(……あの子のほお……ひどいアザが……)


転んで打った……というレベルのものには、見えなかった。

まるで……そこだけを何度も何度も打ったから、できたような……

大きな青アザだった。


??

「こんなところで、何してるのッ⁉」

??

「ご、ごめんなさい……」

夢野陽

「……?」


前から、声がきこえてきた。

門の隙間からは、屋敷の玄関のドアが見える。

そこに先ほどの少女と、

初めて見る、大人の女性が立っていた。


女性

「部屋で勉強しなさいって、さっき言ったじゃない!

なんでまた、部屋から出たのッ⁉」

少女

「……ごめんなさい……」

女性

「ごめんなさいで許されるなら、私たち警察はいらないのッ!」


女性は少女の持っていた紙を奪い取り、見た。


女性

「なに、これ……⁉

変なことしてないで、勉強しなさいよッ!

……気持ち悪い、意味分かんない……!」


女性は紙を地面にたたきつけ、靴で踏みつけた。


夢野陽

「!」

少女

「あ……!」

女性

「……はあ……」


女性はため息をつき、少女のまわりを歩き回る。


女性

「……アンタねえ……いつも、いつも言ってるでしょ?

将来は私みたいな立派な警察官僚になって、

良い男性と結婚しなさいって。

それが警察官僚一家に生まれたアンタの使命で、幸せだって。

小学校受験は、その第一歩なのよ? ……なのに……」


女性はものすごい勢いで、少女の顔を覗き込んだ。


女性

「アンタ、なんで遊んでんの? 今の自分の学力、分かってんの?

このままじゃ受験、落ちちゃうわよ?

常識的に考えなさいよ、あの学力じゃあ、毎日休まず勉強するのが当たり前でしょ?

遊ぶなんて、ありえないでしょ?

……私、なんか間違ってること言ってる?」

少女

「い、いいえ……ッ」


女性はにやりと笑って、少女から顔を離した。


女性

「でしょ? 私はアンタの将来を思って、言ってるのよ?」

少女

「…………は、はい……」

夢野陽

(……将来を思って? 

……泣いておびえている人を、責め立てるのが……?)

女性

「……さっきからアンタねえ、泣いたら許されるとでも思ってんの?

いつまでもメソメソしてんじゃないわよ!

とっとと部屋に戻って、必死こいて勉強しなさいッ!」


彼女は腕を振り上げ、屋敷の上の方を指した。


少女

「は、はい……」


少女は玄関の扉へ向かって、ふらふらと歩き出した。


少女

「あうっ」

夢野陽

「あっ」


……少女が、転んでしまった。


女性

「なにしてんのよ! とっとと立ちなさいよ!」


女性はその場で地団駄を踏んだ。

少女は立ち上がり、ふらふらと歩き出す……

が、また、転んでしまった。


少女

「う、うう……っ」

夢野陽

(だ、だいじょうぶかな……)

女性

「チッ……ああ、もう‼」


女性はものすごい勢いで少女の手を引き、玄関に引っ込んだ。


夢野陽

「!」

少女

「いたい……!」

夢野陽

「‼」

少女

「いたい、いたいよ、ママ、いたいぃ……!」

夢野陽

(痛いって、まさか……)


……さっき見た、少女のほおの青アザが、頭をよぎった。


女性

「アンタがどんくさいのが、いけないんでしょお⁉ 

そんなんだから!

アンタはいつまでも、悪い子なのよッ!

とっとと来なさいッ! このクソガキッ!」


……スマートフォンの電話アプリに、指が伸びた。


   ◇ ◇ ◇


――数分後。

パトカーがやってきて、屋敷の門の近くに止まった。

パトカーのドアが開き、男性の警察官がふたり出てくる。

オレは慌てて、彼らに駆け寄った。


夢野陽

「あの、通報した者なんですけど……この家です。

……オレが、心配しすぎかもしれませんが……」

年配の警察官

「いえ、大丈夫ですよ。情報提供、ありがとうございます。

あとはこちらで対応しますので」

夢野陽

「あ、はい……」


警察官ふたりはオレに軽く頭を下げ、目の前を通り過ぎた。

年配の警察官が、インターホンを押す。


夢野陽

(……警察の人も来てくれたし、だいじょうぶかな……)


オレはスマートフォンで、近くの駅までの道を調べる……


年配の警察官

「……夜分遅くにすみません。渋谷警察署の者です。

……ええ、いつもの通報です」


……彼の声が、低くなった。


夢野陽

(……いつも?)


すぐに屋敷から男性がやってきて、門を開いた。

警察官ふたりは門を開いた男性に会釈をし、屋敷の方へ歩いていった。


夢野陽

(……いつも、って……これが、当たり前なのか?

……通報を受けて、警察が来るようなことが?)


……そう思っていると、屋敷の方から、警察官ふたりがこちらへ歩いてきた。


若い警察官

「いやー、今日もいい仕事しました!」

夢野陽

(早っ⁉)

若い警察官

「通報してくれた人には、感謝ですよー。

この家にくるたびに、

ふつうに働くのがバカバカしくなるくらいの金が、もらえるんですから……」

夢野陽

(お、オレ……? 金?)

年配の警察官

「……いつも通り、金を受け取ったからには、黙っておけよ」

若い警察官

「わかってますよ!

誰にも言いませんって、こんなにオイシイ”臨時収入”!

……それに……

警察のお偉いさんが、ひとり娘を虐待していて……

通報でかけつけた警察官を金で追い返しているなんて、

とんでもない話ですからねえ」

夢野陽

(えっ……⁉)


……オレはとっさに、少し離れたところにある電柱の陰に隠れた。


夢野陽

(……つい、隠れてしまった……)


……電柱から、顔の半分だけを出す。

警察官二人が、パトカーの前で立ち止まっているのが見えた。


若い警察官

「ふんふ〜ん♪」


若い警察官は分厚い封筒から、はちきれんばかりに詰まった紙の束を取り出した。


夢野陽

(あれは……?)

若い警察官

「……へへっ、やっぱ世の中、カネだよなあ……!」


彼はその束を、指で数え始める……。


夢野陽

(あの指の動き……本当に、金が……)


雪が降っているというのに……汗が、頬を伝う……。


若い警察官

「あはは、最高ですよ、この仕事……!」


若い警察官は札束を扇子のように広げ、ゆるりとあおいだ。


若い警察官

「普段サボってても、このお屋敷の通報にかけつければ……

こうして”臨時収入”がもらえて、

将来のキャリアまで保証されてるんですから!」

夢野陽

(……は……⁉)

年配の警察官

「……嬉しいのは分かるが、そのぐらいにしとけよ。

ここは住宅街だ……誰かに、聞かれてるかもしれない」

夢野陽

「……!」


……オレはいつのまにか道にはみ出しかけていた身体を、電柱の陰に戻した。


若い警察官

「ああ、すんません、つい……」


若い警察官は満足そうな顔で、札束で作った扇子を閉じた。

分厚いそれを丁寧に封筒に入れ、胸元にしまう……。


若い警察官

「……ふう。……まあ、あの女の子には、申し訳ないですけどね」


……彼は、真面目な顔つきになり、屋敷を見上げた。


若い警察官

「……あの女の子……ホントにかわいそうだ……。

こんな、クソみたいなお屋敷に生まれちまって……。

ほんとなら、可愛い一人娘だー……って、

大事にされるはずじゃないんですかねえ?

でも、今のあの子は……

──ただの、母親のサンドバッグですよ……」

年配の警察官

「……まあ……昔からよくある”しつけ”だ」

夢野陽

(……「しつけ」なのか? あれが?)


……若い警察官は封筒をしまった胸のあたりを、手でなでた。


若い警察官

「……今日のカネ、早くパチンコにブッパしたいっす!

いけないことしてる……

っていうのが、めちゃくちゃ気持ちいーんすよ!

今度、一緒に打ちに行きましょうよー!」

夢野陽

(……は……⁉)

年配の警察官

「ああ。……署に戻るぞ」


若い警察官はうなずいて、パトカーの中に入った。

年配の警察官は帽子を手で直し、辺りを鋭い目で見まわす。


夢野陽

「……!」


オレは首をひっこめ、息をひそめた。

……パトカーがオレの前を横切って、街の方へ去っていった……。


夢野陽

(……警察……だよな、今の……)


……スマートフォンの通話履歴を開く。

──110という文字が……なんだか、ぼやけて見える……。


夢野陽

(……自分さえよければいい……って、

カネで、正義を捨てるなんて……腐ってる……)


……もう一度、屋敷へ目をやる。

白い屋敷は闇の中、誇らしげに建っている。

……少し前まで、女性の怒鳴り声が響いていたのに……

今では物音ひとつ聞こえてこない……。

……二階の窓に立っていた少女の真っ黒な瞳が……頭をよぎった。

月を見上げているのに、光ひとつない、瞳……。


若い警察官

「でも、今のあの子は……――ただの、母親のサンドバッグですよ……」


警察官の言葉を、思い出す。


夢野陽

(やっぱり、そうだったんだ……あの子は、お母様に――)


……胸のあたりが、重くなった。


   ◇ ◇ ◇


翌日。

少女の住む地域の児童相談所の人に、昨日のことを話した。

……相談所を出て、歩く。


夢野陽

(……きっと、だいじょうぶだ……。

警察は、あの子の親が関係者だから、ダメだとしても……

第三者の児童相談所なら、もしかしたら……)


……振り返り、相談所をジッと見た。


夢野陽

(……もう、任せるしかない……)


   ◇ ◇ ◇


それから、数週間後。

家に、いたくなくて……

どこか、遠くにいきたくて……

オレはふたたび、電車に乗った。

……何本か電車を乗り継いだあと、ふと、案内表示の画面を見た。


夢野陽

「あ……」

(……途中の駅、あの屋敷の子の住んでるところだ。

……あの子……だいじょうぶかな……)


女性

「将来、私みたいな立派な警察官僚になって、良い男性と結婚しなさい」

「このクソガキ!」


……女性の声が、頭をよぎる。


夢野陽

(……オレにはとても、「しつけ」には、思えない……。

今日もあの子の様子を、見に行ってみようか?)


オレは足を一歩踏み出した。……しかし、その足を引っ込め、首を横に振る。


夢野陽

(……いや……

何の関係もないオレが行ったところで、何になる?

……それに……

児童相談所にも伝えたんだ、だから、大丈夫だ、きっと……)


年配の警察官

「ええ、いつもの通報です」


警察官の声を、思い出す――……。


夢野陽

(まさか……児童相談所も金を握らされてるなんて、ないよな……?)


警察への通報は「いつも」らしい。

なのに、あの子は、ふらふら歩いていて……

家から、落ちたがっていて……

……誰かに、助けられている様子がない……。


夢野陽

(……たとえば、オレみたいに。誰かから、児相へ相談が来たとして。

あの屋敷を訪れた職員の人が、金を渡されて、追い返されるのは……

……まったくありえない話じゃ、ない……。

……いや……考えすぎか? ……児相を信じたい、けど……)


飛び降りそうな少女と……

札束を扇子にしてあおいだ警察官の顔が……

――どうしても、頭を離れない……。


若い警察官

「警察のお偉いさんが、ひとり娘を虐待していて……

通報でかけつけた警察官を金で追い返しているなんて、

とんでもない話ですからねえ」

「やっぱ世の中、カネだよなあ……」

「いけないことしてる……っていうのが、

めちゃくちゃ気持ちいーんすよ!」


夢野陽

(……警察なのに……

苦しんでいる命が、

死にそうな命が、すぐそこにいるのに……‼

そんなにカネが、大事なのか……⁉)


バンッ‼

──電車のドアが開き、風が勢いよく吹き込んできた。


夢野陽

(この駅は……あの子の家の近くの……)


……紙と、少女の叫びが、頭をよぎる……。


少女

「いたいぃ……!」

夢野陽

(……このまま……何もしないで、

この電車に、乗り続けたら……

もしも、もしも今日……

……あの子が、死んでしまったら……)


……オレは絶対に、後悔する……。


夢野陽

(………様子だけでも……)


オレは、電車から飛び出した。改札を出て、走る。


夢野陽

(……何もなければ、それでいいんだ……

オレの悪い妄想ですめば、それでいい……!

誰でもいい、あの子を助けてくれていれば……

あの子が、笑顔で生きていてさえ、くれれば……!)


夢野陽

「はあ、はあ……!」


……全力で走るのなんて、いつぶりだろう?

なんで、オレは今、名前も知らない少女のために、

こんなに必死なんだろう?


夢野陽

(分からない……)


少女の母親が、ひどいと思ったから?

警察が少女を助けようとしなかったのが、許せなかったから?


夢野陽

(いや……そんな、理屈なんかじゃない……。

目の前の命が苦しんで、失われようとするのを、見過ごすなんて……

オレには……できない……!)


あの子と何の関係もないオレには、何もできない。そんなこと、分かってる。

でも……足が、前へと動くんだ。


   ◇ ◇ ◇


夢野陽

「はあ、はあ……」


……少女の家の前に、辿り着いた。

巨大な白い屋敷は、静まり返っている。

……クリスマスの時と、同じように……。

……あの日と同じ場所に立ち……屋敷の二階を見上げた。


夢野陽

(今日こそは、無事に――‼)


少女が窓のところに、立っていた……。

……あの日と、同じように……。

……視界がぼやけ、少女の姿が、はるか遠くに見える……。


夢野陽

(あの日から……なにも、変わってない……。

……オレのやってきたことは、全部……ムダだったのか?)


警察への通報も……児童相談所への相談も、全部――


少女

「あ……!」


……少女が、オレを見ていた。

彼女の顔が、ぐしゃっとゆがみ……

その大きな目に、涙があふれた。


夢野陽

「……!」


少女はオレから顔をそらし、空を見上げた。

その身体が、ぐらりと、前に――


夢野陽

(ダメだ、それだけは!)

「あの‼」

少女

「!」


少女が、オレの方を見る。


夢野陽

「オレと、一緒に……!」


……頭の中で、クリスマスの時に見た、

パトカーの赤い光が、またたき始めた。

……同時に……

心臓が、うるさいくらいになっている……。


夢野陽

(わかってる……。

頭では、理屈では……絶対にやっちゃいけないって、わかってる……。

オレは無職で……大切な人も、いない……。

だからって、人としてやっていいはずないって、わかってる……)


オレをぼうっと見ている少女のほおに……

ひとすじの涙が伝った。


夢野陽

「!」

(でも……この子を、見殺しにするなんて……

やっぱり、オレには、できない……!)


ドグッ、と心臓が高鳴った。


夢野陽

「オレと! どこか遠くへ……逃げない?」

少女

「‼」


……その大きな瞳に光が宿ったのが、なぜか、はっきりと見えた……。

……彼女は、部屋にひっこんだ。


夢野陽

「…………」


……ほおを、汗がつたう……。


夢野陽

(オレ……今、なんて言った?)


……頭をおさえ、うつむいた。


夢野陽

(あの子に……「一緒に遠くに逃げよう」

なんて、言ったのか? 今……)

「なに言ってんだ、オレ……」


ぺたぺた……ドンッ


夢野陽

「……?」


……下の方を見る。

少女が……目から大つぶの涙をこぼしながら、

オレに……しがみついていた。


少女

「…………‼」

夢野陽

「……‼」

(この子は、オレに……助けを、求めている……‼)


……オレは、彼女の手をとった。屋敷に、背を向ける。


夢野陽

「行こう……どこか、遠くへ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ