67 やる気満々だね
この状況はなに?そろそろ、行かないといけないのだけど?
「ありがとう」
抱かれたまま何故かまたお礼を言われた。何に対する礼なのだろう。
「そろそろ、時間になるのだけど?」
放してもらうように抵抗してみるが、全く動けない。いや、マジで困るのだけど。
「放してほしい」
「アリア、名前」
「うぇ?」
この場でもそれが有効なの?
「シヴァ。放して欲しい」
くっ。これはいつまで続けなければならないのだろう。魔王様は私の額にキスを落とした。
うぎゃ。
そして、私を抱えたまま席を立ち食堂をあとにする。だから、自分で歩ける!
食堂になっている簡易的な建物を出ると離れたところで騎獣に乗って整列している集団がいた。私は彼の腕を叩いて下ろしてもらい、その集団に近づいて行く。
「皆、集合時間にはまだ早いのに、集まってやる気満々だね」
「あ?集合時間に来てなかったら、やる気あるのかと闇の狼で追い立てたヤツの言うことじゃないよな」
兜を小脇に抱えているエリュト小隊長が言ってきた。それも口の周りにクッキーの食べ滓を付けて。
いやー。懐かしいね。集合時間になっても人が集まらず、出立時間になっても3分の1しか人が集まらず、魔力を街全体に広げて、闇魔術で騎士達の影を狼の形にして追い立てた。その影は集合地点に来るまで付きまとい、騎士たちがヒイヒイ言いながら集合地点に来たのは、とても懐かしい記憶だ。それが彼らの中で、私に逆らうと闇の狼に食われるぞ、と言われているらしい。
「エリュト小隊長。偉そうに言っていても、口の周りにクッキーの食べ滓付いていたら威厳も何もないけど?」
そう指摘すると、慌てて口を拭うエリュト小隊長。その周りでは笑いが起こっている。笑う余裕があるというのはいい傾向だ。緊張して周りが見えなくなるのは危険だからね。
「うるせー。だが、感謝している」
そう言ってエリュト小隊長は兜を被った。クッキーへの感謝?よくわからないけど、満足している顔をしていたからいいか。
私は、集合している騎士たちの顔ぶれを見渡す。が、殆ど兜を被っているので顔はわからない。しかし、彼らの魔力は覚えがあるものばかりだ。
「さて。第9と、第10と、他の小隊の混成隊か。今、前線で戦っている第1小隊と怪我人の交代要員だ。これから、休む暇など与えられないから覚悟するように。いつも言っていることだけど、君たちの背中の後ろには多く人々がいることを忘れてはならない。ここから、引くことは有り得ない。撤退など以ての外だ。だが、ここを死地とすることは許さない。まぁ、小娘の戯言だ。今の私に君たちへの命令権はないからね」
そう言って、肩を竦めると、クスクスと笑いが漏れ聞こえて来た。
「第9小隊、第10小隊と混成隊は出立!」
「「「は!」」」
目の前にいる全ての騎士が敬礼をする。だから、私はあなた達に対して命令権はない、だたの小娘なのだけど·····。
騎士たちが騎獣に乗って駆けて行った後に残ったのは、衛生隊の者だ。ハルドを中心とした、戦場でも治療を即座に行える者と、戦場では治療出来ない重傷者を救護所まで運ぶ者達で構成された部隊だ。
彼らも懐かしい顔ぶれが揃っている。サーシャと数人は今戦っている者達の治療を行うためにいないが、顔ぶれに変わりがないようでよかった。ただ、ユエが下を向きながらチラチラとこちらに視線だけを向けている。先程のことが気になっているのだろう。
「衛生隊は今戦場に出ているサーシャの隊と交代をして、サーシャには30分の休憩後、再び戦場に戻るように伝えてほしい。」
「はいはい」
ハルドのやる気のない返事が返ってきた。それぐらいは毎度の事なので、私が何かを言うことはない。
「それから、ハルドから聞いているかもしれないけど、上位種が第5波としてやってくる。はっきり言って、ここからは過酷になると肝に命じておいてね。あのスタンピードを経験していないものにはキツイと思うのだけど?」
ハルドを見て尋ねる。ここからは今までとは違う。上位種の集団が来るのだ。衛生士が倒れれば、騎士たちの命も危うくなる。
「ふん!ここにいる者は、それぐらいあしらえる様に鍛えている。リーゼに言われて聖騎士団の訓練も取り入れただろ?でもそうだな。ユエ、お前は残れ」
「え?」
いきなり名前を言われたユエは驚きの声を上げた。ユエはあたふたと慌ててハルドの側に寄る。
「お父さ·····隊長!私は行きます!」
「ああ゛?!何を言っている?お前、自分がおかしい事に気がついていないのか?」
「え、ですが!私は衛生隊の一員です!」
「じゃ、救護所で治療に当たれ」
「そんなぁ。私は「クオーツ第5班長!」はっ!」
「遊びじゃないんだ。命を掛けた戦場なんだ。お前の行動次第で、人の命が失われるかもしれないんだぞ。何かに怯えているようなお前を戦場に連れて行くわけには行かない。残れ!」
「はい」
話の決着はついたようだ。ユエは悔しそうに頷いて返事をした。ハルドの「出立」と言う号令と共に、荷車を引いた隊員と10人の衛生士が前線に向かって駆けていった。
ユエが肩を落としながら救護所に向かって歩いて戻って行く姿に申し訳無さを感じるが、こればかりは仕方がない。
ハルドがタバコを吹かしながら、こちらに近づいて来るが、何か用だろうか?
「御仁。娘が申し訳なかった。ギルスから聞いたが、いらないことを言ってしまったようで」
ギルス!さっきまで私と一緒の席で紅茶を飲んでいたのに、いつの間にハルドに報告をしていたの?
「いや、面白い話を聞けたので、謝ることは何もない」
「いや、これは娘の不手際だ。あれもひよっこでな。御仁の魔力が普通ではないと気づいていなかったようだ。人を治癒する者としてはまだまだ、未熟者。申し訳なかった」
そう言ってハルドは頭を下げ、白衣をひるがえして駆けて行った。魔力が普通ではない、か。時々特異的な魔力の性質を持つ者がいるのだ。植物を育てる事に特化しているとか、私が使った雷撃を扱えるとか、火、水、風、土、闇、光の6属性以外の者たちの魔質は特殊になる。下手をすれば、治癒の魔術が弾かれることもあるぐらいだ。
そのハルドは聖魔術が使える特異型になるから、その辺りは敏感になっているのだろう。ふふ、ハルドが聖属性って似合わないなぁ。
誤字脱字報告ありがとうございます。




