54 必要だった
衛生小隊の新人 side
何だこれは?これが戦場というものなのか。血の匂い。肉が焦げる匂い。人の怒声。魔物の怒鳴。
「おい!新人なにぼーっとしている!さっさとこっちを運べ!」
先輩に呼ばれ、駆け付ける。そこには腹の肉が抉られ、腕から骨が飛び出た騎士が横たわっていた。
「うぐっ」
「おい!吐いている暇なんてねぇんだよ!吐くなら運びながら吐け!」
なんてめちゃくちゃな。そもそも、吐く物なんてとっくにない。胃の中はもう空っぽだ。
俺は重症を負った騎士を背負うが、鎧と成人男性の体重がのしかかる。身体強化を使おうが重いものは重い。
俺は悟った。筋肉は必要だと。俺のはるか前方では筋肉先輩が二人の騎士を両肩に担ぎ上げ、走っている。俺には到底真似ができない。
俺は怪我人を背負って歩くだけで精一杯だ。
「新人くん!周りをちゃんと見なさいよぉ!」
女性の先輩の声が聞こえたかと思うと血しぶきが顔に掛かる。横を見ると鋭い牙が並んだ口が視界一杯に広がっていた。それがゆるりと倒れて行く。
倒れていく魔物の先には女性の先輩がいた。
「新人くん。騎士たちの間を抜けてくるモノもいるから気をつけなさいと言われていたの忘れちゃったぁ?」
背負っている騎士よりも血まみれになっている女性先輩が魔物から鉈を引き抜いている。
「ほら、ちゃっちゃと走る!」
そう言って女性の先輩も走って行った。その鉈必要だったのですね。
ひいひい言いながら、やっと救護所にたどり着いた。ここもまた戦場だった。
「ほら、動ける様になったならベッドを空けて、さっさと前線に戻れ!」
「ちょっと誰か手を貸して!暴れて治療ができない!」
「薬草が足りないぞ!直ぐに持って来い!」
なんとも言えない空気に包まれていた。
俺は背中の騎士を救護所の中で治療をしている同僚に託す。
少し休憩がしたい。もうかれこれ2時間以上は戦場と救護所を行ったり来たりしているんじゃないのだろうか。
というか、これいつ終わるんだ?ハルド隊長はこの戦場を端から端まで駆け抜けながら治療を行っていた。軽傷の人はその場で完治させ、重傷者は応急処置をして救護所送りにするということを的確に行っていた。
噂通り凄い人だった。到底真似ができるものではなかった。
俺の心の恋人サーシャ様はまさに戦場の天使と言っていい。怪我人を治療する姿。部下に指示をする姿。まさに天使だ。大好きだ!ああ、俺も治療されたい。
「新人君、そこで何をしているのかね。休憩をしている暇はないですぞ」
俺より前に走っていったはずの筋肉先輩が、騎士を両肩に担いで救護所に戻ってきた。もしかして俺が戻ってくる間に前線に行って戻ってきたのか?
「少し疲れまして」
「何を言っているのかね?我々が休憩などとっている暇などないのだよ。その間に同胞が命の危機に瀕しているのだよ。命は一つしかないのだよ。覚えておきたまえ」
そう言って筋肉先輩は同僚に怪我人を預けて前線に駆けて行った。めっちゃ早!
命は一つしかないか。当たり前の言葉だ。だが、重い言葉だ。
俺は重くなった足を動かすために、叩いて気合を入れる。
カンカンカンカンカーン!
突然、甲高く鳴り響く鐘の音が聞こえた。撤退の合図だ。やっと終わったのか?
「新人くん。何ぼーっとしているのぉ?」
血まみれの女性の先輩がまた違う怪我人を背負って戻って来ていた。
「終わったのですよね」
俺は撤退の鐘のことを聞いてみた。すると、女性の先輩は糞虫でも見るような目で俺を見て言った。
「はぁ?!何を新人くんは言っているのかなぁ?まだまだに決まっているじゃない」
「え?さっき撤退の鐘が」
「ああ、あれはぁ、聖女様の出陣の合図よぉ。邪魔にならないように、のけっていう合図ぅ。ほら、動けない怪我人はまだ戦場にいるのだから、足を動かすのぉ!」
「はい!」
女性の先輩に言われ、前線に向けて走り出す。多くの騎士が王都の方に向かって行っている。その中で、町を散策しているようにゆっくりと前線の方に向かっている人たちがいた。
一人は赤髪の大柄な人物だ。まさに戦士と言っていい体格の人だ。ただ、今から戦いに行くと言うのに防具というものは身につけているように見えない。隊服のような衣服を纏っているだけのようだ。
もう一人も同じく隊服を纏っているだけで、隣の人物から見ると小柄に見えてしまう。それも黒髪を背中に流し、タバコを吸いながら、歩いている女性だ。ここが戦場でなければ、恋人が仲良く散策でもしてるのではないのかというぐらい、身軽な格好だった。
その二人の人物を追い抜かして、俺は前線に向かって走ってい行く。
「あぁぁぁぁー!!!!」
俺の耳に心の恋人サーシャ様の麗しの声が響いた。何かあったのか!まさか怪我でも!
血に汚れながらも美しいサーシャ様が俺の視界に入ってきた。俺の方に走って来ている!もしかして、俺に!!!!
と思っていたら、通り過ぎた。後ろを振り返ると、俺の心の恋人サーシャ様が黒髪の女性に抱きついていた。抱きついて·····抱きついて······なんて羨ましい!
俺は黒髪の女を睨みつけると、なんとも言えない恐怖が体を支配した。なんだ?なんだこれは?
赤い髪の男と目が合った気がした。いや、男は黒い仮面を被っているので目が合うことはないはず。
そう思った瞬間、意識を失った。
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