43 私は無力だった
結局、私の外套の隠蔽の陣は小さく背中に刺繍することで、キラキラだけを抑える効果だけに留めさせられた。そうなるまで、何回やり直しをさせられたことか。酷い。
その外套を羽織って、まだ空が暁の色に染まりかけた時間帯に畑の水やりを終えた私は結界の外に向かって行く。もちろん隣には魔王様が悠然と歩いていらっしゃる。
くっ。昨日の事は絶対に仕返しをいつかしてやる!陣の刺繍なんて、とても神経を使う作業を何時間も強制したことをいつか後悔させてやる!
結界を越えて魔素の濃い林を通り抜けて、朝日が差し込む高台に出た。振り返り左手を前に突き出して林ごと亜空間収納に仕舞う。
そこは何も無かったように草原が広がっていた。再び振り返り眼下を見下ろす。
一度来たことがあったけど、盆地の中央には大きな石壁に囲まれた都市があったはずなのに、何もない。
そして、盆地という名の窪地を縦断するように亀裂が入っていた。ここからでは底が見えない、かなり深い溝が大地に刻まれていた。昨日の魔王様の一撃だ。
魔物は居なくなったけどハイメーラー領は復興できるだろうか。いや、溝が邪魔だね。
ふーっと魔力の煙を吐き出し、煙管を亜空間収納に投げ入れ、しゃがみ込み手を地面につける。
地面の魔素を探る。魔素道····魔脈を探る。うーん。やはりここはもとから盆地では無く何らかの外因によってできた窪地だ。魔脈が途切れまくっている。全部は元に戻さず、底の溝の途切れた魔脈のみを繋ぐ。
「『地の道へ繋ぐ光を満たせ、豊かなる地は彼のモノとの約束なり』」
魔脈を繋いだ窪地の底が光だした。これでいい。私は立ち上がり眼下を再び目に映す。
人の文明と思われるものは全て無くなってしまったが、中央に地面を分断したような溝は無くなり、初夏らしい青々とした草が鬱蒼と茂っている。
これでいい。優しい風が吹き抜け、黒い髪が風になびく。これで再び人々が暮らせる豊かな土地になる。
「アリアこれは?」
「ん?」
私は煙管を取り出し、火をつける。一吸いし、吐き出す。この術を使ったのにあまり魔力が減っていない。
『豊かなる大地への祝福』
魔脈に魔力を強制的に流す事で魔脈の活性化をする術だ。
「あれじゃ、人が住めないでしょ?暴れるだけ暴れてそのままって、手前勝手よね」
そう言えばこれって聖女たちの後始末ってことになるのか?素材を回収したからそこまで文句はないけど、なんかモヤモヤする。
「アリアは何でもできて凄いな」
「何でもはできない。死んだ人を生き返らすことは出来ないし、その呪いを解くことも出来ない」
私は右手に持つ煙管で蠢く紋様を指す。解けば死に至る呪い。禍々しい気配を放つ呪い。まるで呪い自体が生きているようだ。
「私に出来る事は持て余した魔力を使うぐらい」
結局のところ自己満足でしかない。魔物討伐もリアル狩りに行こうぜじゃない?から始まり、魔女っ子リーゼも魔法があるなら使ってみないとだった。でも、現実を突きつけられると、私にできる事なんてほんの少ししかないことに気付かされた。
だから、この様なことをしてもただの自己満足。
さて、そろそろ王都に向かわないと。足を王都の方に向ける。魔力を体中にめぐらしていると、手を取られた。
視線だけ彼の方に向ける。一体何?
「アリアは凄い。普通はできない事だ」
まぁ、こんな力のゴリ押しは普通はできないでしょう。そう思いながら魔力の混じった煙を吐き出す。その煙は空中に拡散して消えていく。
「そうね」
それは事実だ。煙が消えていく空を見ながら答える。すると、握られていた手が放されたかと思えば腰に手を回され、頬に手を添えられ、強制的に彼の方に向かされた。
「それに、俺の呪いまでどうにかしようとしてくれていたのか?」
別に何もしていないと言うか手が出せるモノではなかった。私が出来るのは一時の痛みからの解放のみ。
「終わりの見えない苦しみは発狂する程のものだと知っているから。でも、その呪いはどうにもならない」
そう、私ならきっと狂っていただろう。あの痛みが、体中を蝕む自分の魔力というどうしようもないモノに傷つけられ修復される事が永劫に続くとなれば自我を手放していただろう。
しかし、彼は苦しみながら生きることを望んでいた。きっと私にはできないことだ。だから、苦しみを取り除いてあげようと思ったけれど、私は無力だった。
多分、元の術より大分歪んだモノとなっていると思う。原因は術者の死か何かなのだろう。
「ありがとう」
なぜ、お礼を言われるのだろう。彼を助けたお礼だろうか?いまさら?
「はぁ。お礼なんて別にいい。そろそろ王都に向かいたいのだけど?王都で泊まることは避けたいし」
「俺が言いたかっただけだ。アリア、ありがとう」
そう言って私を放してくれた。何に対してのありがとうかはわからないけど、まあいい。煙管を亜空間収納に入れ、身体強化した体で地面を思いっきり蹴りハイメーラーを後にした。




