第6章【魔人とか魔王とか勇者とかコテコテの厨二病っぽくて申し訳ありません】2
第2話【魔王】
「そんな物が、コセ・シティにはあるんですね」
“学校”を知らないモリスンとミリィサに、ケージがひと通り学校について教えると、2人ともなんとなくだが理解できたようで、それが終わるのを待っていたかのように、ミーユが倒木の幹からピョコンと飛び降りる。
「じゃあ、ここまで町の…世渡り人の子孫の子供達が通うの?」
ケージが学校について説明する際に、子供達に読み書き計算を教える施設と説明したために、ミリィサは同じように子供達に魔法の基礎知識を教える場所だと思ったようだ。
「ちがうよ、大人も子どももみーんなだよ」
ミーユの拙い説明で、結局今までレン師匠とやってきたことと変わらない、皆んなで森に入って魔物狩りをするための拠点のような場所だと、それぞれが理解した。
ただしそれは、コセ・シティをはじめとした北の森周辺町村全てから魔法使いを募り、その活動の拠点としてこの広大なスペースを活用し、前代未聞の大規模な計画となるのだが、その規模を想像できた者はいなかった。
ヤナクの魔法使い狩りの正体が、辺境の魔物の森最奥に棲む魔人であるとレンから告げられ、俄にざわついた地区長達だったが、ミッツの一言により再び静かになる。
その様子を確認すると、レンは続きを…魔人から齎された信じ難い脅威を、語り出した。
ー
ーーー
ーーーーー
「じゃあ、なんで殺した!!」
レンの剣気が、物理的な衝撃を伴い、爆発するように膨れ上がる。
魔人は当然動じないが、リンネやモリスンはそれだけで身体が震えて足元が覚束なくなる。
「おいおい、まじで『少年漫画』の具現化だな」
ミーユの光属性の治癒魔法で回復したケージが、身体を起こし驚嘆する。
「レンにい!!」
身を起こし、言葉を発したことでケージが回復したのを確認すると、ミーユがレンへと叫ぶ。
「先に行ってて」
ミーユの声に反応したレンの指示を受けて、ケージ達は魔犬に跨りその場を脱した。
「いい判断だな。これで全力が出せるってか?」
魔人は、全員がその場を離れるまで、まるで様子を見るように動かずにいた。
殺気立つレンを前に、視線を別の方へ向けるという、余裕を見せつけるように。
「さっきの質問に答えろ。なんで魔法使い達を殺した」
既に石刀の鯉口は切られ、次の瞬間には魔人に切り掛かっていてもおかしくないほどの殺気を立てるレン。
「お前、俺の質問には答えねぇのに自分の質問には答えさすのな。まあいいけど」
対して、平然とした様子の魔人は、文句を言いながらもレンの問い掛けに律儀に答える。
「てかその話だけど、誰か死んだのか?さっきも言ったけど、俺はただケンカ吹っかけただけで殺すつもりは全くなかったんだぜ?本当だ」
「…信じられるか」
「魔物の言うことなんて……か?」
「……そうだ」
考えを読み取られ、一瞬戸惑うレン。
「偏見だな、損するぜ。まぁ、けど…誰か死んじゃったんなら謝るよ。ほら、お前クラスならともかくよ、人間の魔法使いって脆いじゃん。加減が難しいんだよ」
口調も様子も変わることなく魔人は答える。その飄々とした様子は、謝ると言いつつ罪悪感を感じないが、嘘を言っていると断言できる判断材料もない。
「……わざと、じゃないのか?」
そんな魔人の様子に、レンの思考もブレ出した。
「例えば、さっきのオッサンだってやかましいから黙らせただけだ。お前らの感覚で言ったら、軽くデコピンしたぐらいだぜ?」
確かに、今しがた感じた魔人の実力であれば、デコピン一発でケージをノックダウン出来るだろう。
それほどの実力差があれば…
「むしろあんな弱い生き物を、殺さずに殴れって方が難しい」
魔人の言い分が理解できてしまったレンは、そのまま無言になってしまう。
石刀も抜くことが出来ず、鯉口を閉じてしまった。
「少なくとも、お前らがこうして魔物狩りしてるよりは、スジの通った理由はあるぜ?」
魔人は、少しだけ強めた視線でレンに言葉を返す。
よくある例え話だ。家畜が暴れて人を殺しても、人は家畜を毎日殺して食っている罪悪感には気付かない。
魔人の返しに少し戸惑うレンだが、なんとか気を持ち直す。
「その、理由っていうのを聞かせてほしい」
レンは自分の戸惑いから逃げるように、魔人に質問を返す。
魔人は「スジの通った理由はある」と言った。それは言わずもがな、町の魔法使い達にケンカを吹っかけた理由があるということ。
レンの問い返しに、黙ったまま逡巡するような様子を見せた魔人は、やがて何か心に決めたかのように口を開く。
「もう少し、お前の力を見極めてから話そうと思ってたんだがな…」
レンから視線を逸らして一呼吸の間を置き、魔人は再びレンを見据え、至極真面目な表情で言う。
「実は、魔王が目覚めようとしている」
ーーーーー
ーーー
ー
「……魔王?」
南地区長ミナスが、ガラス窓から差し込む陽光をつるりとした頭で照り返し、眉を寄せて呟いた。
聞き慣れない単語に他の地区長たちも難しい顔をしている。ホグルも、昨日は掻い摘んだ話しか聞いていないので、詳しく聞こうと円卓に身を乗り出すようにして、レンの方を向いている。
「あ、えっと……魔人、達の、長……みたいな人です」
「魔人“達”!?魔人とは、何人もいるものなのか!?」
レンの説明に大声をあげるのは、中地区長マナッカ。
「ちょっと待ってくれ、英雄レン殿と互角に戦ったその魔人は、魔人達の長ではない……ということか?」
白髪混じりの髪を掻きむしるように尋ねるのは、西地区長セイド。
今のレンの説明を聞けば、魔人は魔王のことを第三者の話として語っていることがわかる。
つまり、魔人は長を置くほどの数が存在し、レンと戦った魔人はそのトップではないということになる。
「……たぶん」
国も王も存在しないこの世界では、長というと村長や地区長しかイメージできる対象がないため、地区長達の頭の中では、小さな村規模の魔人とその長がイメージされている。
人間の村の村長や、町の地区長の選出において、明確な審査基準はない。村人一致、住民一致でこの人ならばという人物を選出し、本人が了承した時点で決定する。
もちろん、相応の能力や人格が求められるため、優れた者が村長、地区長になるというのは大きく間違ってはいない。
地区長である彼らにもその自覚はあり、それを強大な戦闘力を持つ魔人に置き換えた場合、魔人の群れを統率する魔人の長は、最も強い魔人がなるのだとほぼ直感的に推測できた。
なので、レンの「たぶん」という曖昧な返答からも、レンと互角に戦った魔人は唯一無二の最強ではなく、少なくともNo.2以下であることがわかるのだ。
絶句する地区長達に、レンは話を続ける。
ー
ーーー
ーーーーー
「………まぁ、うん」
魔王が目覚める…そう聞いてもレンの反応は薄く、そんなレンの様子に魔人も一瞬言葉が止まる。
「あれ!?ちょ、リアクション薄っ!!お前、信じてねーの!?」
魔人は、「な!?ま、魔王だって!!」という反応をレンに期待していた。
というのも、魔人はレンが日本出身の世渡り人だと見抜いていた。
黒髪黒眼の東アジア人らしい顔立ちはもちろん、レンが持つ石刀はどう見ても日本刀だし、剣術も日本で習っていたのならその技量にも頷けるからだ。
なので、ファンタジーを知る日本人ならば、この異世界で魔王が目覚めるという一大イベントに反応しないわけがない!!と思ったのだが…
どういうわけか、レンは魔王という存在は理解したようだが、反応は薄かった。
「ああ…うん、魔王ね、わかるよ、大丈夫」
対してレンは、この異世界が日本にいた頃に想像していた異世界とは、かなり毛色が違うと思っていた。
王様もいないければ貴族もいない。国もないから都も無い。
魔法や魔物は存在するが、ゲームや小説に出てくるような魔物とはイメージが幾分異なる。
ゴブリンなど、レンのよく知る所謂ファンタジー世界のモンスターに似た魔物もいるが、その存在は野生動物に近いと思っていた。
野生動物が魔力を帯びただけの存在。それがこの世界の魔物だと、レンは認識している。
そんな魔物達に “王” という存在がいるとはイメージできなかった。
故に、なんかこの魔人テキトーなこと言い出したぞ、ぐらいに思ってしまったのだ。
「…調子狂うな。まぁいい、とにかく魔王だ、魔王が目覚めるんだよ」
魔人は、頭をポリポリと掻きながら話を続けた。
「うん、それはわかったから。魔法使いを襲った理由を教えてよ」
魔人の様子に些か毒気を抜かれそうになるレン。頑張って表情だけでも強気を保つ。
「わかってるよ、順番に話すからちょっと待て。まず俺は、森の最奥に棲む竜人族っつー“魔人”だ」
「…うん」
さっきも聞いた…というツッコミは敢えてせずに、聞き手として相槌のみで返すレン。
「でよ、その竜人族の中から何百年かに1人、突然変異体が生まれるらしいんだ」
「それが、魔王…?」
「そうだ」
魔人の突然変異体。
目の前の白装束の男は、あくまでもレンにとっては“自称魔人”でしかない。
発言だけ聞けば、妄想癖の激しいただの怪しい男にしか見えない。
しかし、未だこの世界に来て自分以上の実力者に遭遇していないレンは、先程垣間見た“自称魔人”の実力に、その自称を信じていた。
その魔人本人が説明する、魔王という突拍子も無い存在。
この世界の、野生動物の延長のような魔物に王がいるとは思えなかった。
だが
この白装束…魔人達の王であるなら、それはあり得るような気がした。
「つーか、お前ニホンジンだろ?」
「うん」
不意に、魔人がレンの出自を問う。
「実はな……俺もニホンジンの生まれ変わりなんだ」
魔人は勿体つけた間の取り方で、突然のカミングアウトをした。
「ふーん」
「ちょ、おま……わかるか?世渡り人じゃねーんだぞ?生まれ変わりだぞ、転生したんだぞ!?」
そしてまたしてもレンのリアクションは薄く、憤る魔人。
「うん、わかるよ」
レンにしてみれば、異世界転移してすぐに出会ったのが、自分と同じ日本人の世渡り人を父親に持つミッツ達であり、セシリアやユキ達純世渡り人や、その血を引くという魔法使い達に何人も出会って来たし、転生者であるケージとも出会っている。
今更1人その対象が増えたところで、特別驚くこともなかった。
たとえそれが“魔人”だとしても。
むしろ、レンを日本人だと認識していることに、納得できたことの方が大きいし、さっきから話していて、まるでちょっと気の合う同級生のような雰囲気を感じていたので、たぶんそうかなぁと思っていた。
「まあいいや。じゃあわかるよな、魔王がいるってことは勇者がいるはずだって」
「…うん」
面倒くさくなったのか、説明が雑になる魔人だが、レンにはそれでも十分伝わったようだ。些か短絡的な理論には疑問があったが。
「俺は、その勇者を探してんのよ」
「……そういうこと?」
魔人のその一言に、レンの纏う空気感が変わった。
それに気付いた魔人は片眉を上げる。レンが殺気を纏ったことで、自分の発言に、レンが勘違いしたと魔人は感じる。
「つまり、勇者が魔王討伐に向かう前に、勇者を倒すために町の魔法使いを…」
レンは、魔王を討ち亡ぼす可能性を持った勇者が力をつける前に倒そうとして、この魔人が可能性のある魔法使いを手に掛けて回ったのだと思ったのだが…
「アホか、それなら真っ先にお前を殺しに行くわ」
そして突っ込まれた。
「…確かに」
レンの性格上自惚れることはないが、大きな街でも話題になるぐらいのカーズ達を、はるかに凌ぐ実力を持つ自分は確かに勇者候補の筆頭…とまでは言わなくても、確実に候補に上がるはずだ。
魔人の的確なツッコミに、再びレンは冷静になる。
「俺が勇者を探してたのは、魔王を“倒してもらうため”だ」
そして、理解し難い事を魔人が言って、今度はレンが片眉を上げる。
「どういうこと?魔王は同族なんでしょ?」
「だからだよ。同族だからこそ、凶悪な魔王になんかなって欲しくねぇんだよ」
少々、芝居掛かっているようにも感じるが、魔人は手振りも加えてそう訴えた。
「…本当に?」
もちろん、レンは魔人のその言葉を素直には信じなかった。
「ああ、本当だ。たぶん、この世界の魔王は、お前が思ってる魔王とは随分違う。さっきも言ったが、魔王は竜人族の中から突然変異のように生まれる。つまり、魔王ってのはよ、一種の病気なんだよ。生まれつき普通の魔人の数倍の魔力を有していて、成長と共にどんどん強くなっていく。そして最後は体が耐えきれなくなって、弾けてトんじまうんだ」
「え……?」
弾けてとぶ……それが何を意味するのか、想像できないレンではない。
「病気」という単語からも、確かに魔人が言うように、レンも良く知る元の世界の漫画やゲームの中の魔王とは随分異なる存在のようだ。
魔人の強い口調と相まって、レンは信じまいとしていた己の意思に反して、受け入れてしまう。
魔人は続けた。
「魔王の魔力限界量次第で、魔王が弾け飛んだ時の被害が変わる。弱けりゃ今の魔物のテリトリーの範囲内で収まるけど、強いと……おそらく人間の住む地域も巻き込む」
ーーーーー
ーーー
ー
「どういう……ことだ?」
恰幅の良い初老の男、南西地区長のナセムが、渇いた声を絞り出すように呟いた。
コミュニケーションが苦手なレンの説明は、記憶を一から辿るように話すので余分な情景描写も多く、よく取捨選択して聞き取らないと必要な情報が得難い。
とはいえ、その内容も俄かには信じ難いものである事は確か。理解できたとしても困惑した表情になるのも仕方がないだろう。
ホグルを除く、他の地区長達も同じような表情でレンを見ていた。
「えっと…」
問い掛けられたレンは、困った顔で隣のミッツを見上げた。
一生懸命に思い出しながら話した内容を改めて問われると、話を纏めることも当然苦手なコミュ症のレンは、どうしていいかわからず困ってしまう。
そんなレンの様子を察したミッツが、代わって説明をする。
「つまり、魔人の中に稀に生まれる特殊な個体が魔王と呼ばれる存在だ。魔王は成長と共に魔力を増し、やがで限界がくると己の魔力に耐えきれずに爆発して死ぬ。ということでいいな?レン」
わかりやすく簡潔にまとめたミッツ。まだこの世界の言葉も話せなかった頃から、伊達に半年近くレンと過ごしていない。
「うん。その魔王が爆発する前に倒そうとして、人間の魔法使いの中から“勇者”を探そうとしたんだ……て、言ってた」
と、レンも補足する。
「魔人は、魔王の対存在である“勇者”と呼ばれる人間がいると主張している。魔人によれば、それは魔法使いの中から成長してくる可能性が高いそうだ。だから人間の魔法使いを襲い、その実力を測ろうとした。それがヤナクの魔法使い狩りの真相らしい」
そのレンの補足説明を、更にミッツが解説した。
わかりやすく纏めてもらったところで、それでも信じ難い話ではある。地区長達のざわつきはおさまらない。
英雄と呼ばれる辺境の魔法使い達の口から聞いた話でなければ、信じてはいなかっただろう。
「もう1つ、大事な話がありましたね、レンさん」
そこへ、昨日一度話を聞いているホグルが続きを促した。
「えっと……ジョゼフさんの、こと?」
「はい、お願いします」
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




