第2章【魔物なのに普通の犬の様に手懐けてしまって申し訳ありません】6
第6話【モリスンの恋心】
明けて、北の森探索開始から5日目の朝。
昨日、レンにボロボロになるまで稽古をつけられたというのに、元気よく1番に目を覚ましたモリスンは、昨日師匠から言われたことを忘れないようにと、朝から1人槍を振る。
初秋の朝陽にモリスンがほんのり汗をかき始めた頃、レンが起きて来た。
「モリスン早いね」
「あ、師匠、おはようございます!!師匠こそ、早いッスね!!」
「うん、あの子達のエサ作るから」
レンが視線で示したのは、槍を振るモリスンに怯えて、檻の隅で縮こまっている魔犬達。
躾が行き届いて来たからと言っても彼らは魔物。念のため夜は檻に入れてある。
レンの土魔法で、身長2mのミッツが大の字に寝てもまだ余るぐらいの大きな四角い台が迫り上がり、レンの腰の高さで止まる。
その台に氷漬けの狐肉と森で採取した野草を適当に放り込むレンの様子を、何をするんだろ?と、モリスンが不思議そうに見ていると、レンは徐ろに台の下に手を突っ込む。それを見て初めて、モリスンは台の下に隙間があることに気づいた。
台の下からレンの魔法で勢いよく炎が上がり、大きな石の台を熱していく。
続いてレンは、地面から2mちょっとある細い石柱を2本生やす。
「よいしょっと」
それを片手に1本ずつ持って焼ける台の上にゴトンと乗せて魔力を流すと、2mを超えるバカでかい包丁へと姿を変える。それをまるで普通の包丁のようにバッカンバッカンと振り回し、肉と野草を焼きながら細かく切り刻みはじめた。
「え、えええ!!?」
目を丸くして驚くモリスン。師匠の魔力が規格外なのは昨日までで十分痛感しているが、その発想にも度肝を抜かれた。
やがて、肉と野菜が焼ける匂いと油と水分が弾ける音がしてきて、寝起きの空腹感を刺激する。
「よし」
「師匠、めっちゃ豪快っすね……」
レンの豪快料理の物音で、テントからミッツが顔を出し、馬車の中からユキが伸びをする声が聞こえた。セシリアとミーユはまだ寝ているようだ。
檻から出された魔犬達は、レンの号令で整列し、全員に朝食が行き届くまでキチンと「待て」をする。
小型の馬並みの犬が15頭も整列している姿は、やはり壮観だ。魔犬達は、レンの「よし」で一斉に餌にガッツいた。
やがてセシリアやミーユも起きて来て、全員が朝食を済ませ支度が済むと、早速サモンの村へ向けて馬車を走らせる。
魔犬たちも、しっかり朝食を食べさせてもらったので、石鈴を鳴らしながら元気いっぱいで着いてくる。
今日もいい天気なので、幌は全部外して荷台に積んだ。
荷台には、他にも大量に捕獲した魔物の肉や毛皮、その他素材が積んであるが、運びきれない分は氷漬けにして地下に保管し、後で村の連中に取りに来させようということになっていた。
「どうしたのモリスン君、ソワソワして?」
朝から…いや、昨日の晩から妙に落ち着かない様子のモリスン。
村に寄って行くと決まった時からなので、何か村にあるなとユキはピンときていた。
異世界転移して20数年、ドラマも小説もないこの世界では、誰かのリアルでしかロマンスを楽しむ手段がない。
たぶん、モリスンは恋してる。
そう直感したユキは、久し振りに見る少年の甘酸っぱい恋心に、大人女子の好奇心を心の内に秘かに燃やしてほくそ笑んだ。
魔犬たちの様子を見ながら途中何度か休憩を挟み、夕方に差し掛かる前には、サモン達の村が見えてきた。
モリスンのソワソワは最高潮に達し、10秒置きに現在地を確認している。そんなモリスンを見て、ユキもキュンキュンしていた。
村の入り口で畑作業をしていた老人が、魔法使いの一行を見つけて、英雄達の帰還だと大声で叫ぶと、その声が届く所に居た者達が英雄の馬車を引く巨馬を目にして、歓声を上げ……その歓声が瞬時に悲鳴に変わる。
英雄達の馬車に付き従うように行く大きな魔犬の集団に、村人達は一目散に逃げ出した。
そんなことを英雄達は気にせず、村の中へと進んで行く。
「ミッツ…なんか、とんでもねぇの連れて来たな…」
村人の誰かが知らせてくれたようで、村の中心の広場で出迎えてくれた村のまとめ役のサモンが、レンの前に伏せの姿勢で、5頭ずつ3列できちんと整列している、小型の馬ほどもある15頭の魔犬を見て苦笑する。
「安心しろ、コイツらはレンがキチンと躾けている」
「そ、そうか…」
ミッツの言う通り、魔犬が何かを見つけて立ち上がろうとしても、レンが「ダメ」と言うと大人しく座る様子から、確かにレンの言うことは聞くことがわかる。流石は英雄だとサモンは感心した。
魔物被害に立て続けに合った村の者達にとって、これだけの数の魔物ははっきり言って恐怖以外の何物でもないが、かの英雄に手懐けられた飼い犬であれば安心と、少し遠巻きではあるが広場を取り囲むように見ていた。
「で、どうだった?北の森は」
犬の事ばかり話していても仕方がないと、サモンは本題へと話題を変える。
「ああ、まだ調査中だが、完全に魔物の森化しているな」
「そうか」
「範囲はかなり広いと思う。もしかしたら、北の森のほぼ全域かもしれん」
「それほどか……」
それからサモンとミッツがそれぞれの情報を交換し合う端で、ユキはサモンに身を隠すようにして魔犬を見ている少女に気付いた。
確か、前回この村に訪れた時、魔狸汁を振舞ってくれた婦人たちに混じって、1人だけ若い子がいたと記憶していたが、ユキの記憶が正しければその時の子っぽい。
あの日も、サモンにくっ付いて話をしていたような気がするが、様子から察するにサモンの娘だろう。強面のお父さんなのに、ずいぶん可愛いお嬢さんである。
そして、少女に向けた視線を自分の隣に向けると、案の定モリスンが、サモンの娘と思われる美少女に視線が釘付けになっている。
なるほど、そういうことね…と、ユキの口角が笑みの形に上がり、目が企みの形に歪む。
この村に立ち寄る事が決まってから、妙にソワソワしていたモリスン。その理由はやっぱり女の子だった。
ユキが町に住んでいた頃に、サラ目当てに集まってくる男の子たちに感じがよく似ていたので、モリスンに目当ての女の子がいることはわかっていたけど、これで確認が取れた。
あれだけ可愛ければモリスンが惚れるのも無理はない。そう思い、ニマニマするユキ。
「そうだ、約束通りモリスンを魔物と戦えるように鍛えてきたぞ」
そして都合のいいことに、ミッツがモリスンの話題を出す。ニマニマが止まらないユキと、美少女に夢中で自分の話題が出たことに気付いていないモリスン。
「なんだって!?お前、まだ1週間程度しか経ってないぞ!?」
サモンの驚きはもっともだ。たった7日では弓の扱いを覚えて、なんとか立ち止まっている獣に当てることが出来るぐらいだ。
普通の狩の経験があるとはいえ、そんな異常な成長など考えられない……
のが普通だ。
しかし、魔法使いの普通は違う。魔力向上で高まるのは魔法の力だけではなく、基礎的な身体能力も相応にアップする。
動体視力や瞬発力など、そういったものがほんの少し上昇するだけでも、結果は大きく変わってくることもある。
「ウチの師匠が優秀なんだよ。な、レン」
それに何と言っても、実戦剣術の英才教育を受けた師匠が指導しているのだ。
「え?あ、いや…僕は……」
優秀な師匠は、身を縮めて恐縮しまくっているが。
「何言ってるのミッツ君、レン君も優秀な師匠だけど、モリスン君だって頑張ったのよ!!ね、モリスン君」
そして、ここはレンではなくモリスンを主役として立てたいユキが颯爽と割り込んだ。
「え?あ、え?は、はい」
しかし、美少女に視線と意識を奪われていたモリスンは、急に現実に引き戻されて師匠と似たような反応をする。
どうにも格好がつかない師弟である。
「ま、百聞は一見にしかずだ。モリスン、お前の成長っぷりを見せてみろ」
「え?あ、は、はい」
ミッツに呼ばれてオドオドとモリスンが前に出て来る。
「な、何をすれば…」
だが、突然見せてみろと言われても、何をどうすればいいのかわからない。
魔物を倒せるとかそんな話をしていた気がするが、まだ魔物退治のメインは槍だ。ここで1人で槍を振って見せたところで何か伝わるとも思えないし、こんなところで魔犬とやり合うのも何か違う気がするモリスン。
「そうだな…サモン、藁の束を2〜3束もらえないか」
「いいぞ」
サモンの指示で、村の若者が慌てて藁を取りに行く。といっても、広場の端に貯蔵してあるので、そこから取ってくるだけだが。
レンが石柱を立ててそこに藁を巻き付ける。簡単な巻藁の完成だ。
「モリスン、コイツを的にして火魔法を当ててみてくれ」
ミッツに言われて、ビクッと肩を震わせるモリスン。
そんなちょっとビビってしまっているモリスンを見て、ユキが動いた。
「みんな、モリスン君のカッコいいとこ見たいってさ」
耳元で囁かれたその言葉に、モリスンの表情が変わる。
カッコいいとこが見たい…
その台詞は、普段レンに対して年甲斐もなくキャーキャー言っているユキが言うことで、女が惚れてしまうほどの男の魅力を見せてみろ…と、モリスンの脳内で変換された。
そして、モリスンの中で「みんな」の部分に、サモンの隣で興味津々に魔犬を見ている美少女が当て嵌まり、「彼女にカッコいい所を見せて惚れさせろ」と更に変換された。
サラ目当てに集まる男の子達を、暇つぶしに焚き付けては撃沈していくのを見てきた、ユキならではの技であり、恋する非モテ男子の悲しい性でもある。
そんなわけで、超真剣な面構えのモリスンが出来上がった。
「ほう、いい面構えになったじゃないか。なぁ、ミリィサ」
「ん?なに?」
さっきから、モリスンの視線が娘に釘付けになっているのは、サモンも気付いていた。
つい数日前までは父親に無理やり引っ張り回される、情けないツラをした小僧だったはずだが、今の面構えを見ると、これは面白そうだと、隣の娘に話を振る。しかし、娘は初めて間近で見る魔物の方が興味があるようで、モリスンの視線には全く気付いていなかったが。
サモンや集まった村人達が注目している中、真剣な顔付きで立つモリスンが、巻藁に向かって両手を伸ばした。
掌から巻藁までの距離は約50cm。
本来、魔物を相手にこんな間合いで構えることはないが、ほとんどの村人が元々のモリスンの魔法の威力…ショボさを知っているので、この距離でも遠いのではないかと思っている。
だがこれは、モリスンが今朝試しに炎を出してみた時の大きさと同じ距離、つまりモリスンの火炎放射がギリギリ届く距離である。パフォーマンスとしては本当はもう少し近い方がいいのだが、モリスンはそこまで考えていない。
一瞬、ミリィサの方へ視線を向ける。
…目が合った!!
つい先日、初めて魔犬と相対した時よりも強く心臓が飛び跳ね、慌てて巻藁に視線を戻す。
ミリィサが見てる。
それを実感した瞬間、高まる鼓動を置き去りにして、モリスンの集中力がモリスン史上最高に達した。
「はっ!!」
気合いとともに、モリスンの手から放たれる火炎放射は、本来ギリギリ届くはずだった距離を超え、見事に巻藁を飲み込む。
今朝試した時の3割り増しはあるだろう炎が、乾燥した藁を瞬時に燃え上がらせ、村人が一斉に驚愕の声を上げた。
モリスン、愛のパワーで魔力を増大させた!!
男も女も若者も老人も、サモンも、そしてミリィサも、みんな目を丸くしてモリスンの炎に焼かれる巻藁に目を奪われていた。
「キャー!!モリスン君カッコいいー!!」
1人別のベクトルではしゃぐ大人女子もいるが。
モリスンは、誰のどんな反応よりも気になるミリィサの方へ視線を向け、驚く表情で固まるミリィサを見た。
「………え…」
そして、モリスンは表情を無くし固まった。
ミリィサは驚いていた。
それは、モリスンの思っていた“カッコいい”の反応……ではない。
モリスンのイメージでは、魔物を狩るレンの姿に、「レン君カッコいいわぁ」と言うユキのうっとりした表情や、巨大な魔法の塔を瞬く間に建ててしまうレンに「すごいすごーい!!」と飛び跳ねて興奮するミーユの様子だった。
ただ目を丸くして驚いているのは、モリスンの中で“カッコいい”に対する反応としては違ったのだ。
あれは、ただビックリしただけの顔だ。
憧れの師匠に、憧れる女性たちの反応とは違う。
「す、凄いな」
しばらくして、漸くサモンが言葉を発した。それにつられるように、村人たちが騒めき出し、褒め称えたり囃し立てる言葉をモリスンへと投げかける。
しかし、どれだけ村人達から賞賛の言葉を受けようと、モリスンは浮かない顔のまま未だ燃え続ける巻藁に背を向け、騒めきから逃げるように戻ってきてしまった。
「あら?」
そんなモリスンを見て、ユキは不思議に思った。ミリィサはちゃんとモリスンの魔法を見て、しっかり目を奪われるぐらい驚いていたのに…。
もしかしたらレンと比べてしまったのかな?
それしか思い当たらないユキは、苦笑するように嘆息した。
「モリスン君、カッコよかったゾ」
「…ども」
とにかくモリスンが頑張ったのは間違い無いので、ユキは労いの言葉をかけるが、モリスンはユキの方をチラリと見ただけで、そのままトボトボと1番後ろにいたレンの更に後ろに隠れるように、背を丸めて立った。
「ミッツ、今日は泊まっていくんだろ?」
燃える巻藁の片付けを村人に指示し、サモンがミッツに聞く。
「ん?ああ、どうする?」
西の空を見て、後ろのみんなに尋ねる。
今から帰ると、塔に着く頃には、多少明るさはあるかもしれないが陽は完全に沈むだろう。
「特に急ぐ理由もないし、いいんじゃない?」
「ミッツが決めればいい」
ユキとセシリアが答え、レンは首肯する。ミーユは隣のレンに「おとまり?」と聞いて、レンがそれに「そうみたい」と答える。
モリスンは…ぼんやりしていた。
「じゃあ、世話になる」
一同の様子を確認し、ミッツがサモンにそう返事をした。
「そう言うと思って、さっそく準備しているぞ」
泊まっていくのを期待していたように、ニヤリと笑うサモン。そして同じくほくそ笑むユキ。
そうして一行は、集会所に通された。
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