第2章【魔物なのに普通の犬の様に手懐けてしまって申し訳ありません】4
第4話【とりあえず捕まえておく】
「レン!!群れだぞ!!」
ミッツが叫ぶ。と言っても、ミッツ、セシリア、ミーユの3人がいれば、森の浅いゾーンにいるような魔物など、どれだけ群れて来ようが問題なく叩きのめせる。それはユキを守りながらでも変わらない。
とりあえず、新人魔法使いのモリスンを訓練中のレンに、新手の魔物が接近していることを知らせただけだった。
そのミッツの知らせを聞いてレンが動く。
「ちょっと待ってて」
「え!?」
なんと、モリスンを放置してレンは群れの方へ行ってしまった。
群れは10頭以上いるように見える。結構ばらけて走って来るが、少し視線を動かせば全て見渡せる範囲だ。
「ミッツ待って、ちょっと捕まえておくよ」
攻撃体制に入っているミッツ達の前に躍り出たレンが、ミッツ達の攻撃を制して地面に手をつく。
「何を…」
直後、魔犬の群れを囲うように、何本もの石柱が突如出現する。
先頭を走っていた魔犬は、柱に激しく衝突して地面に転がり、後続の魔犬達は、突如現れた障害物にガンガンと手にした木の棒を叩きつける。
石柱は放物線を描くように曲がり、鳥籠のような形になって魔犬達を完全に閉じ込めた。
「な、なるほど。で、どうするんだ?」
「とりあえずモリスンが終わるまで待って」
「わ、わかった」
踵を返し、モリスンの元へと戻ると、魔犬は手からダラダラと血を流していた。レンがどこかへ行ってしまったので心の余裕がなくなり、必死になったモリスンの攻撃が、逆に功を奏して掠める程度だが当たっているようだ。
魔犬は、モリスンの反撃を恐れてなかなか手を出せなくなっていた。
モリスンも、何とか刺突を当てようと頑張るが、辛うじて全て避けられたり防がれたりしていた。
両者の実力は拮抗してた。だが、レンはモリスンの勝利を確信している。
戦闘開始直後のモリスンは、初撃でやられていてもおかしくなかった。しかし、レンのアドバイスを受けながら、確実にそれをものにしていっている。
レンがサポートについて戦えば、この1匹を倒した頃には、モリスンは一段階成長しているはずなのだ。
これは、的確なレンの指示もあるが、レンを信奉するあまり驚異的な集中力を発揮しているモリスンも凄いと言える。
「モリスン、『フェイント』だ」
「え?フェイント?」
「一撃入れるフリをして、別の所に攻撃をするんだよ」
「わかりました!!」
言われた意味はよくわかっていないが、師匠の言うことは間違いない。
そう信じるモリスンは、レンが戻って来てくれたこともあり、臆するという感覚が薄くなっていた。
モリスンは、徐ろに魔犬の顔目掛けて刺突を放つ。
これまで胴を集中して狙ってきたモリスンの攻撃が、突然顔に来たので慌てて木の棒で防ごうとする魔犬。
しかし、モリスンは直前で攻撃を引いて、胴に刺突を放つ。
「ギャン!!」
ちょうど胸の中心に槍が刺さり、魔犬が苦痛に吠える。しかし、不慣れな連撃での攻撃だったので、威力が小さく傷は浅い。魔犬はサッと飛び退いてしまった。
「その調子、どんどん行って」
レンに促され、モリスンは同じ要領で顔と胴の攻撃を繰り返す。
時には顔に二連三連とフェイントを入れた後、胴に鋭い突きを見舞うシーンもあり、確実に魔犬にダメージを蓄積させて行く。
比例して、仲間が傷ついて行く様を見せつけられている、檻の中の魔犬達の吠える声が、悲痛のような叫び声に変わって来る。
出血のせいか魔犬がフラつき出し、勝機を見出したモリスンが大振りの一撃を魔犬の心臓付近へと深々と突き刺し、勝負がついた。
モリスンは、前のめりに倒れる魔犬の肩を抑え、槍を引き抜き、倒れる魔犬の肩に手をついたまま、しゃがみ込む。
魔犬の呼吸が止まり、紫の淡い光がモリスンの身体にまとわりついて消えて行った。
「やったー!!」
それを確認したモリスンは両拳を高く振り上げながら、大の字に草叢に倒れ込んだ。
仲間がやられ、泣き叫ぶような魔犬達の吠える声も、モリスンには自分を讃える歓声に聞こえていた。
「モリスン、魔法使わないでも勝てたね」
歓喜するモリスンに、師匠が声を掛ける。
「あ!!本当だ!!」
師匠に言われて初めて気がつくモリスン。しかし、師匠の指示通りに戦っただけでこれは自分の実力ではない。
ガバッと起き上がったモリスンは、レンに深々と頭を下げる。
「これも全部、師匠のご指導のおかげッス!!自分1人では絶対勝てなかったッス!!」
「そんなことないと思うけど…でも確かに何回か危ないところもあったねー。じゃ、次は1人で頑張ってみようか」
「はい!!…え、次?」
元気よく返事をしたモリスンだが、師匠が言う「次」という言葉を反芻しながら、向こうで石の檻に捕らえられている二足歩行の魔犬達を見た。
「師匠……次って……」
恐る恐る尋ねるモリスンに、変わらぬ爽やか笑顔で応える師匠。
「ここの魔犬は、今のモリスンに丁度いい相手みたい。いっぱい来たから捕まえておいたよ」
悪意の欠片もない笑顔とは、だからこそタチが悪いのだと、モリスンは18年の人生でこの時初めて知った。
「じゃあ、次の相手連れてくるね!!」
「マジで言ってるッスか!?」
レンは颯爽と檻の方へ走って行き、檻を開いて魔犬を1匹、伸ばした石刀でぐるぐる巻きに拘束して連れて来る。
可哀想に魔犬は、これから自分が辿る運命を理解しているかのように悲痛に泣き叫ぶが、レンの拘束は簡単には解けない。
「今度はあんまりアドバイスしないから、自分で頑張ってみて。危なくなったら助けるから大丈夫だよ」
ダメだ、師匠目がキラキラし過ぎてる……
何が「教えるの向いてない」ですか……
めっちゃノリノリじゃないッスか……
僕たぶんこれで死にますよ……
嗚呼、ミリィサ……せめてもう一度会いたかった……
などというモリスンの心の嘆きなどレンには微塵も伝わるわけはなく、早速魔犬を拘束から解放している。
「待て、まだ待てだぞ」
師匠、二足歩行の魔犬を完全に手懐けている。まるで飼い犬扱いである。
いや、これから起こることを考えれば、レンが元いた世界の動物をこよなく愛する某団体から強烈な抗議を受けること確実な行いをしようとしているので、それ以下の扱いだ。
仕方なしに構えるモリスン。やらなければやられるだけだ。さっきの戦いを思い出しながら戦えるだけ戦ってみようと腹を決める。
「よし、いけ!!」
師匠が魔犬を解き放つ。まるで飼いならされた猟犬のように、魔犬は師匠の指示に従ってモリスンに襲い掛かって来る。
師匠、なんか立場がおかしいッス…
そんな言葉を飲み込み、魔犬の初撃を躱すモリスン。
魔犬は命懸けの戦いだとわかっているようで、必死に攻め立てるが、その分攻撃は単調になり、モリスンはうまく捌く。
さっきの指示と同じように、的確に棒を持つ手を攻撃し、手に受けたダメージにより攻撃が緩んだところで、フェイントを駆使した反撃に出る。
「ゔわうっ!!」
「なっ!?」
モリスンの槍が魔犬の肩を貫いたところへ、木の棒を捨てた魔犬が槍を両手で掴んだ。
手にダメージを負っているとは言え相手は魔物。基礎体力はモリスンより遥かに上だ。
そして、決死の覚悟をした野生は痛みなど意識の外に幾らでも追いやれる。
掴んだ槍を思い切り振ろうとして来るのを、モリスンは必死に耐える。
槍が奪われたら勝ち目はない。モリスンは必死に槍を引っ張るが、相手の引く力には勝てず、引き摺られそうになる。
「モリスン押して!!」
師匠の言葉が耳に届く。その瞬間、自分でも信じられないぐらいの切り返しで槍を押し込み、魔犬の肩に更に深く槍を挿し込む。
引き合っていた所にいきなり押し込まれたので、バランスを崩して後ろに倒れる魔犬。
その勢いで槍が抜け、倒れた魔犬に再度刺そうとモリスンが踏み込んで振りかぶる。
しかし、魔犬も大人しくやられるわけにはいかない。四足歩行の犬の様に両手両足で地面を蹴って、モリスンの脛に噛み付いた。
「いぎっ!!」
だが、モリスンも完全な素人ではない。魔物狩りは初めてだが、普通の獣の狩りの経験は相応にある。
自分の足に噛み付く魔犬の脳天から、一息に槍を突き下ろし、見事魔犬の頭を貫いた。
モリスン、2匹目を何とか撃破し、紫の光を浴びて魔力を得る。
檻の中の魔犬達は、次は自分の番かと半狂乱で泣き叫び、対してミッツ達はモリスンの戦いを賞賛した。
「凄いよモリスン!!本当に2匹目も倒しちゃったね!!」
拍手をしながら師匠が健闘を讃えてくれる。
「あ、ありがとう、ございます。師匠のアドバイスあっての勝利ッス。自分など、まだまだで…痛っ…こんな、怪我まで負ってしまって、すいません」
痛いだろうに、我慢して槍にもたれかかるように立っているモリスンに、師匠が歩み寄る。
「いいよ、モリスン座って」
「はい、すいません」
座ったモリスンの足を取り、徐ろに師匠は傷口に口を付ける。
「え!?ちょ、師匠!!」
師匠はモリスンの傷口から血を吸って、ブッと吹き出す。それを何回か繰り返していると、いつのまにか近くに来ていたミッツが、レンの前に水筒を差し出した。
「あいやと」
口の中が血塗れの師匠は、血を飲み込まない様にしているため、うまく喋れない口でミッツに礼を言って、水筒を受け取り口を濯ぐ。
「犬の口は、バイキンとかいるかもしれないからね、とりあえずこのぐらい吸い出しておけば大丈夫だと思うよ」
幼い頃、近所の野良犬に噛まれた時に祖父が施してくれた処置であったが、何年も前にたった1回経験しただけの応急処置を、なぜか自然に施すことができたレン。
祖父の教えが身に染み込んでいるからこそ、祖父のしてくれたことは何でもよく覚えているのだろうか。
一応の消毒を済ませると、モリスンの傷口に手を翳す師匠。今度は何をするのかと思って見ていると、ぼんやりと師匠の手元が光り、みるみるうちに痛みが引いていく。
「え!?」
ミッツが手頃な布を差し出してくれて、それで師匠が傷口を拭くと、あんなに深く噛まれた傷が消えていた。
「な、な、な、なんで?なんで?」
世界を渡り歩き、様々な世渡り人についての情報を得たジョージでさえ、2人しか実在した使い手を知らない光属性魔法。
ジョージの息子のミッツ達でも、3人しか現存する使い手を知らない。
その現存する光属性の魔法使い全てが、ほとんど情報が外に出ることのない辺境の農園の住民なので、おそらく光魔法に治癒の力があるのを知っているのは農園の住民だけという可能性もある。
モリスンもミルクは知っているが、ミルクもそうホイホイ魔法を披露するタイプでもないので、光魔法の治癒効果を見て驚くのも当たり前なのである。
「よし、治った。じゃあ…」
「レン、その辺にしておいてやれ。それより、犬たちが怯えてるぞ」
変わらぬキラッキラな目でモリスンに話しかけるレンに、このまま魔犬が全滅するまで続けそうな勢いを感じたミッツが指摘する。
レンの光魔法の治癒力があれば、どんなダメージを受けても、体力が完全に尽きるまで戦うことができてしまう。
だが、2戦目に向かう時でさえ死を覚悟したような顔をしていたモリスンに、これ以上の連戦はキツイだろうと判断したミッツ。
なにより
「それに、確かにモリスンの修行も大事だが、魔力の境界線を辿るのもやらなきゃならない。モリスンの修行ならこの先も魔物が出るだろうから、またその時でいいだろう」
ミッツの指摘を受け、我に帰るレン。
魔犬を捕らえた檻の方を見ると、皆懇願するような、命乞いをするような悲痛な叫び声をあげていて、威嚇する様に低く唸る魔犬はいない。
再びモリスンに視線を戻すと、申し訳なさそうな俯き加減でこちらを見て来る。
「ごめん…なさい」
師匠モードからネガティブモブモードに戻ったレンが、肩を落として謝罪した。
「いえ、僕が未熟なばかりに…」
師匠に謝られては申し訳が立たないモリスンも、レン以上に頭を下げて、ネガティブ師弟の詫び合戦が始まってしまった。
溜息を吐き「行くぞ」と一言残して、ミッツは歩き出した。
「わんちゃんどうするの?」
檻の中で、鳴くと言うより泣き叫ぶような魔犬たちを、ミーユが指差して言う。
「あ、どうしよう…」
レンの本音としては、モリスンの修行用に取っておきたい。しかし、この数をここに放置して行くわけにもいかない。
困っていると、ユキがレンに絡みついてくる。
「ねぇ、この子達飼い慣らしたり出来ないかしら?」
まるで、ペットショップで子犬を前にしているカップルが「この子飼いた〜い」と言っているかのようなノリである。
「あ、それ面白いですね」
そんなユキの提案に、面白がるレン。
「マジかお前ら」
そしてミッツが呆れていた。
このユキの一言が、魔法使いと魔物の歴史を大きく変えることになるとは、この時は誰も予想できなかった。
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