第7章【異世界人で最強の魔法使いなのにモブキャラすぎて申し訳ありません】3
第3話【ジョゼフの再訪】
農園の魔法使い達が、強大な魔物を倒し、更なる魔力を身に付けていた夏の始まりの頃から、季節は少し遡る。
まだ夕空に涼しさを感じる春と夏の狭間の季節、とある町でのこと……
夕焼けに獣の咆哮が轟き、人々が悲鳴を上げ逃げ惑う。
丘から続く、町の中心へ向かう一本道を10人ほどが死に物狂いで走ってきて、そのすぐ後ろを兎のような獣が追い掛ける。
見た目は兎なのだが、大型犬程の大きさで四足が異様に長く、あっという間に逃げ惑う人々に追い付く。
「伏せろー!!」
誰かの叫ぶような声が聞こえ、直後に数本の矢が放たれた。
矢は次々と大兎に突き刺さり、大兎は悲鳴を上げて逃げて行く。
夕暮れの町はいつもと違うざわつきに包まれ、逃げて行った大兎を見守る人々の人垣ができていた。
「ちょいと失礼」
その人垣を、白い服──襟の高いシャツに丈の長いジャケットを羽織り、少し裾の広がった細いパンツ姿──に身を包んだ長身の男が掻き分け現れた。
「あんたは…」
男を知る誰かが声をかける。
男は気に留めず、文字通りの脱兎となった大兎の血痕に触れる。
「やはり、かすかに魔力の残滓を感じます。これは魔物ですね」
「魔物!?なんで魔物がこんな所に!?」
男の言葉に町の人々は大きく騒つく。
「北の森がいよいよ危ないかも…警戒を強めておいた方がいいかもしれませんね」
間も無く、東の空から宵がおとずれ、人々の心模様に合わせるように空を暗く染めていく。
時は戻り、農園の魔法使い達と魔物の大軍の戦いから4日後。
魔法使い達はいつもの生活に戻り、夏の盛りの日差しの下で、夏野菜の収穫が始まっていた。
「いいぞレン、次へ移動させてくれ」
「はーい」
マーサーの合図で、レンは何本も並んだ石柱を転がす。
石柱の上には大きな石の板が乗っており、石柱が転がるのに合わせて石板も動く。
石板は、四辺が30cmほど壁のように出っ張った、大きな荷車のようになっていて、収穫された夏野菜が大量に放り込まれている。
これは、原始的な荷車と同じ原理で、レンが元いた世界の古代文明と呼ばれる時代に、何トンもある巨石を運ぶ際に、同じように転がる丸太の上に乗せて運んだという。
普通なら、上の荷台が動いていくのに合わせて、転がる丸太を添えて行かなければならないが、レンはそれを全て魔法でこなせるので、労働コストはかなり低い。
お陰で、収穫した作物を一度に運べるため、ミッツとアーク、セシリアがいない状況でも、少しも人手が足りないと感じることはなかった。
それに、昨年と比べてユキもサラもいる。レンも含めて農業に不慣れではあるが、人手だけで言えば十分だった。
「今年はレンのおかげで、夏野菜の収穫も楽にこなせたな」
こういった大規模な作業の時は、全員で夕食を食べる。
大皿に山盛りの料理が盛られたテーブルに着くなり、マーサーが言った。
「そ、そんなこと、ないよ。ぼ、僕は、野菜運ぶの、て、手伝った、だけだし」
「それが毎年大変なんだよ。荷馬車を使ったって何度も往復するんだから」
レンは謙遜して言うが、確かに “運んだ” だけである。
だがマーサーが言うように、それだけでも大きく違うのだ。
夏の野菜は、日差しと水をたっぷり浴びた植物が、これでもかと言わんばかりにズシリと重たい実を付ける。それらを収穫し運ぶだけでも大変なのだ。
「ミッツが帰って来たら、村と町まで運ばないといけないが、今年は収穫量も多いから馬車がもう一台いるな」
カーズが、この先の予定を話す。場合によっては、町まで野菜を運ぶのに、村から馬車と人手を借りることになるかもと言いながら、食卓に着いた。
「何か外で音がしない?」
大皿の料理を取り分けるための小皿を銘々に配っていたミルクが、ふと窓の方を見て手を止める。
いつもは真夏は窓を開け放っているが、今はミーユの凍魔法で作った氷の塊を天井からぶら下げて、うまく室温を下げているので、窓は締め切っている。
全員が耳を澄ましていると、人の足音のような音と馬が「ブルル」と唸る声が聞こえた。
「ミッツ兄たちが帰って来たのかな?」
手を止めたままのミルクが呟く。
「まさか。セシリアのあの様子だと何泊かしてくるはずだ。昨日の今日では帰って来ないだろ」
カーズが応えながら立ち上がる。
足音は玄関に向かって来るようだ。カーズも何者かを出迎えるため──あるいは迎え撃つため──立て掛けてあった石刀を手に取り、玄関へと歩み寄る。
玄関前のウッドデッキを登る音がして、全員に緊張が走った。
コンコン、と丁寧なノックの音。
その感じから、どうやら襲撃者ではないように思えたが、カーズは緊張を保ったまま全員の顔を見渡して、「誰だ?」と応答。
「夜分に申し訳ございません、ジョゼフです、コセ・シティの」
「ジョゼフ!?」
意外な人物の来訪に、カーズは慌てて玄関を開けた。
「ジョゼフさん!!」
その姿を見たユキも、思わず大きな声でその名を呼んだ。
「誰だ?」
この中で唯一ジョゼフを知らないマーサーだが、カーズやユキの様子にその声音には警戒の色はない。
「私たちを町からここまで送ってくれた人だよ」
と、サラがマーサーに簡単に紹介した。
「こんな時間に申し訳ありません、なにしろ兎に角早くと思って参りましたので。ユキさん、サラさん、お元気そうですね」
「ええ、お陰様で」
「兎に角早くって、何かあったのか?」
「ちょっと、町の方で大変なことが起きまして、皆さんにご報告とご相談をしようと…」
「長くなる話なら、中へ入ってくれ。ちょうど今から夕食だから、よかったら一緒に食べながら話そう」
玄関で話し始めるジョゼフを、カーズが中へと促す。
前回、ユキとサラを送って来たときは、直ぐに出かけるからと言いつつ玄関でしばらく話をしていたのをカーズは思い出した。
あの時はまだ夕方頃で、夕食の準備中だったからまだいいが、今日は既に食事の準備もしてある。そんな状況で立ち話をされても気不味い。
「ああ、すいません。ではお言葉に甘えさせていただきます」
前回はお茶を勧めてもあんなに遠慮したのに、今回は素直に聞き入れるジョゼフ。
「小皿もう1つ用意しないといけないね」
「あ、いいわ私がやる」
ミルクがキッチンへ小皿を取りに行こうとすると、アリルが動いた。
大所帯に慣れたここの女性陣ならば、たった1人来訪者があったところで立ち所に対応してしまう。
その様子を見て、カーズがジョゼフを招き入れた。
「さあ、座ってくれ」
「なんだか申し訳ないですね」
カーズよりも頭半分くらい背が高くて体格の良いジョゼフが、腰を曲げ低姿勢でカーズにエスコートされるままに家へと入る。
カーズはレンの角を挟んだ隣、いつもアークが座る所にジョゼフを案内した。
レンが軽く会釈すると、ジョゼフはレンの顔をマジマジと見た。
気不味くなり視線を逸らして下を向くレン。下を向いていても視線を感じるので、レンは変な人だなと思った。
「あなたは、以前そこですれ違った方ですね」
言われて、え?と思い顔を上げる。
そこには見るものを安心させる、良い笑顔があった。
「あ、あの時の」
そこでようやく思い出すレン。
以前、ジョゼフがユキとサラを送ってきた日、レンとミーユはミッツたちと狩に出かけていて、すっかり遅くなった帰り道で、2人はジョゼフとすれ違っていた。
レンにとっては、この農園で住民以外と出逢うこと自体が珍しいが、それ以上の印象がないので忘れかけていたが、ジョゼフは違った。
レンが、町の魔法使いにもいない、“光” を操ることのできる魔法使いだったからだ。
レンにとっては、ミルクもミーユも使える魔法なので別段珍しいとは思わないが、カーズらの父ジョージ曰く、光属性は希少属性でジョージ自身も出会ったのは実の娘のミルクのみで、あとは人伝てに聞いた1人がいるだけだった。
魔法に詳しそうなジョゼフにとってさえ光属性持ちは珍しく、しっかりとレンのことは印象に残っていたが、そこに一緒にいたミーユも、光属性をはじめ世渡り人でも例がないと言われる5属性持ちの、スーパー魔法幼女だとは知る由もなかった。
ただ、レンと一緒にいた小さなお嬢さんという印象でしかない。
「みんな揃ったな」
食卓に着いているのに、誰一人食事に手を出さないのをジョゼフは不思議そうに見ていた。
最後まで配膳していたミルクとアリルが席に着き、カーズが声を掛けて手を合わせると、皆それに倣って合掌する。
「ジョゼフさんも」
レンと反対の隣に座るユキが、ジョゼフに合掌を促し、見よう見まねでジョゼフは手を合わせる。
「いただきます」
見たことも聞いたこともないテーブルマナーに、更に目を丸くするジョゼフ。
同じ世界でも、国も文化も違うドイツ出身のセシリアでさえ、ジョージが齎したニホン式の食材への感謝の儀式が浸透しているが、ジョゼフがその背景に気づくはずもない。
食卓には、毎日のように採れる夏野菜と、毎週のように獲って来る魔物の肉とがふんだんに調理され、所狭しと大皿でひしめき合っている。
「随分と豪勢な食卓ですね。今日は何か特別な日でしたか?」
ユキに取り分けて貰った食事に手を付けながら、ジョセフは目の前に広がる晩餐の風景に驚くような調子で言う。
「いや、いつもこんなもんだぞ。町の人たちの方がもっと良い暮らしをしているんじゃないのか?」
村の若い衆が憧れて出て行く様なところだ。村での暮らしなんかよりよっぽど良いものをたくさん食べているのだろうと、カーズは思っている。
「いやいやいや、とてもとても。それこそ、皆さんのような農村の方が届けて下さる肉や野菜の恩恵に預かっている身ですから、とてもこの様な贅沢はできませんよ!!」
皆、普段の食事を “贅沢” と言われてもピンとこない。
レンだけは、大皿から好きなものを取って食べられるということを、とても魅力的だと思っていたが。
なにせ、生まれ育った家庭の食卓にはいつも厳格な祖父がいて、古い武家のような考えの家庭だったので食事は全て各自に配膳されていたから、こんなに砕けた雰囲気で食事をするのに最初は戸惑ったぐらいだ。
今ではもう慣れてそんなに特別だとは感じないが。
ジョゼフは続ける。
「流石、一流の魔法使いばかりの集落ですね。ほら、こんなに大きなトマト、私見たことないですよ」
そう言って、六当分にカットされたトマトをフォークで刺して見せる。
「それは、育ち過ぎて町に持っていけないやつだ。そういうのは自分達で処分するしかないからな」
「ということは、ここでしか食べられない貴重な食材というわけですか!!いやぁ、これはありがたやありがたや」
どうもジョゼフのペースについて行けない一同。だがジョゼフはそんな空気に構うことなく、尚も饒舌に語り続ける。
「これは猪の肉ですか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱりこれも魔物で?」
「ああ、魔物の森で獲ったものだ」
「猪はそもそもただの獣でさえ罠を使ったり、弓矢や槍を必要としますが、皆さんは当たり前に魔法で倒してしまうのでしょうね」
「だからどうした?アンタでもこれぐらいの魔物は簡単に仕留められるだろ」
「そんな!!確かに1頭ぐらいならなんとか仕留められますが、簡単とはいきませんよ。いやはや、これほどの魔物を “これぐらい” と仰るのですから、やはりここの皆さんは規格外揃いですな」
そう言ってカラカラと笑うジョゼフ。
カーズ達にとって、強力な魔物とは巨虎が基準になってしまっている。最低でもあの魔狼以上でなくては強いとは感じていない。
だが、普通の人間にとってはそうではない。
一般に魔物の森とは、かつてカーズ達もそうだったように、徒歩で日帰りできる程度の浅い部分を指す。
そこで遭遇する強い魔物というと、あの窪地に現れた魔猪──カーズ達が肩慣らしと言って仕留めた──クラスとなる。
ジョゼフの方がこの世界としては常識的な話をしているのだ。価値観の変化とは時に恐ろしくもある。
「ジョゼフっつったっけ、アンタ。さっきから聞いてりゃ、俺たちを随分高く評価してるみたいだけど、コセ・シティっつったらあの伝説の聖女様の街だろ?もっと凄い魔法使いとかいるんじゃねぇの?」
そんなジョゼフの話に、マーサーは少し捻くれて返す。
狭い世界で生きてきた彼らにとって、意味もなく持ち上げられるのは些か不自然な気持ちになるのだ。
まぁ、ジョゼフは意味もなく持ち上げているわけではなく、心底凄いと思って言っているが。価値観のすれ違いはしょうがない。
だが、マーサーの返しに対し、ジョゼフは調子のいい笑顔から急に真顔になり、静かな口調に変わった。
「残念ながら、町の魔法使いは皆さんほどの力はありません。なぜなら…まぁ、理由は皆さんならお分かりになると思います。魔法使いが強くなるにはどの様な条件が必要かお考えいただければ。彼らにはその環境がないのです」
「ああ、なるほどな」
と、マーサーは納得する。
魔法使いが強くなるのに必要な条件とその環境。
魔法使いが強くなるには、魔力を得る根源が必要となる。
つまり、魔物だ。
魔物の森の近くに住むカーズ達は、魔物を倒して魔力を得られる環境があったからこそ、強くなることが可能だったのだ。
「確かに、どの町にも魔物が出たっていう話は聞かないわね」
2ヶ月ちょっと前までヤナクの町に住んでいたユキが言う。
町の人間にとって、魔物とは辺境に棲む未知の怪物であり、町の魔法使いは、新たに魔力を得ることは難しく、自然覚醒した状態のままほぼ進歩することはない。
稀に天稟に恵まれた者が強力な魔力に目醒めることはあるが、今のカーズらと比べるべくもない。
「そうです、今までコセ・シティや近郊の町に魔物が出たことはありません。ですが最近、コセ・シティ近くの町に魔物が出たのです」
「え!?」
「なんだって!?」
突然、ジョゼフに告げられたことに一同は驚く。
町に魔物が出る、それが如何に脅威であり、何を意味するのか。
「コセ・シティの北に大きな森があるのですが、コセ・シティを含め4つの街がその大森林に面しています。今回、コセ・シティに次ぐ大きな町、ニーシュに魔物が現れました」
「ニーシュって…!!」
「ユキさんはご存知ですね。100年前、コセ・シティを創った聖女様が移住し晩年を過ごされ、聖廟が祀られている町です」
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