第6章【辺境の農村なのに魔法使いばかりのチート集落で申し訳ありません】3
第3話【魔狼の襲撃】
ほんの僅かの間に、100m以上を飛んで行ったアーク。
石壁の上から見ていたレンは、ただただ唖然としていた。
とんでもない移動方法を編み出したものだ。
自分も真似してみたいが、それこそプライドの高いアークは嫌な顔をするだろう。今度こっそり練習しよう。
レンは、そう思った。
しかし、アークはずいぶん強くなったと思う。
あの魔狼は、最初はその俊敏さと戦闘能力の高さに、レンでも1対1で苦戦した。
だが、今のアークはその魔狼を4頭も相手にして余裕で戦えている様子が、暗くて遠くてよく見えなくてもわかる。
確かに手出しは無用のようだ。
戻って来る頃には4頭分の魔狼の魔力も得て、更に強くなっているのだろう。
アークの成長に感慨深く浸っていると、不意に吹き抜けた風が、魔狼の獣臭のようなものを乗せて漂い、レンの鼻を刺激する。
「あれ?」
その臭いに違和感を感じた。
レンが感じたのは魔狼の獣臭で、それ以外の臭いは特に感じない。
「血の匂いがしない?」
アークは石槍や石刀を使って魔狼を倒しているはずなので、必ず魔狼は血を流している。だが、レンが感じたのは獣臭のみ。
レンは慌てて周りの様子を伺う。
再び風が吹き、獣臭を運ぶ。風は左手の方から吹いてきている。
アークが魔狼と戦っているのは正面。
刹那、険しく表情を変えたレンは、火属性の魔法で拳大の火球を生み出し、石壁の内側へと投げ込む。
火球は中央にあった焚き火の跡へと飛び込み、小爆発を起こした。
何かあった場合の合図として、魔法で焚き火を噴き飛ばせと決めてあった。
爆発を聞いたカーズとマーサーがテントから飛び出し、壁の上のレンを確認するとすぐ下まで掛けて来る。
「どうした!?レン!!」
「魔物だよ!!数はわからないけど、たぶん狼!!」
何事か問いかけるカーズに、レンは簡潔に答える。
オドオドした様子のない、ハキハキと喋る戦闘モードのレンに、カーズとマーサーも緊張感を増し、石壁を登る。遅れて、ミルクとサラ、ミーユがテントから出て来た。
コジロウもいつの間にか壁の下まで来ていたが、登れないので下でウロウロしていた。
レンは、魔狼の獣臭がしてきた風下をじっと睨んだ。欠けた月の明かりでも、いくつもの蠢く影がいるのがぼんやりだがわかる。
少なくとも、10や20ではない。相当な頭数がいる。
「別の群れか」
レンと並んで立ち、同じく風下を凝視するカーズ。
「まさか…!!」
一瞬嫌な予感が過ぎり、反対の方へバッと振り返るレン。嫌な予感通り、反対側にも同じようにいくつもの影が蠢いていた。
「カーズ」
「ああ、囲まれてるな」
レンの動作につられ、同じく反対の群れを確認したカーズも、状況に気付く。
おそらく、魔狼と思われる魔物に周囲を囲まれたようだ。その数は100頭を下らないだろう。
「アークが危ない」
「アーク?」
そういえば、アークがいないことに、今気付くカーズ。
「カーズ、僕はアークを助けにいくから、ここでみんなで魔狼を迎え撃って」
「レン!?」
言うなりレンは10mの高さの石壁から飛び出し、アークがやったのと同じ要領でアークに向かって飛んで行く。
「レンにいちゃんすごーい!!」
ちょうど石壁を登って来たミーユが、飛んで行くレンを見て興奮した。
レンのその姿を見て、左右から遠吠えとともに魔狼の群れが飛び出す。
その様子を確認しつつ、レンはアークが作った円形の石壁の中心へと飛ぶ。
「レン!!お前、いきなり真似するなよ!!」
うまくアークが作った石壁の中に着地したレンに文句を言うアーク。
すでに4頭の魔狼は全滅していた。
「ごめん、でもそれどころじゃないんだ」
「新手だろ。遠吠えが聞こえた」
アークも壁の外の状況は、ある程度認識しているようだ。
「うん。たぶん、100頭以上いる」
「そうか」
100という数を聞いてもまったく表情を変えないアーク。
既に “魔狼ごとき” と思っているのかもしれない。
「魔力は?」
「問題ない」
一戦終えたばかりのアークを気遣い、まだ戦える魔力があるのか問うレンに、アークはいつもの調子で答えた。
「じゃ、行こうか」
2人はそれぞれ石の棍棒を背に構え、石壁の向こうへ振る。
石壁から飛び出して来た2人に向かって、左右から魔狼の群れが迫った。
「なんでアークがあんなところに」
レンが飛んで行った平原の正面の方に、異質な何か──アークが土魔法で作った円形の石壁──があるのを見たマーサーが呟いた。
「それより魔狼だ。このままだと全部あいつらの方に行っちまう。こっちからも攻撃を仕掛けておびき寄せるぞ」
言うなりカーズは両手に大きな炎を灯した。
「そりゃ!!」
カーズが投げた2つの炎球は、空中でそれぞれ4つに分かれ、地面に着弾すると同時に小爆発を起こす。
殺傷能力は低いが、爆音は魔狼の群れの注意を引きつけるには十分だったようで、およそ半数がこちらへと進路を変えた。
「わんこ?」
ミーユが、こちらに駆けてくる魔狼の群れを見て犬だと思ったようだ。
「狼だよ、ミーユ」
ミーユの後から登って来たミルクとサラも、それぞれ石壁の上に立ち状況を確認した。ミルクはミーユに犬ではなく狼だと教える。
「流石に私は今回出番ないな」
「私も、ここからじゃちょっとなにもできなさそう」
ミルクとサラは、それぞれの魔法の属性的に、攻撃パターンが限られるため、今回は参戦できなさそうだと思ったが
「ミッツが弓矢を作って置いてあるって言ってたぞ」
野営地は狩の拠点にもなる。ミッツを中心に狩の道具を製作して、幾らかストックしていたのを思い出し、カーズがミルクに言う。
ミルクとサラは目を合わせ頷き合うと、石壁を降りて弓矢を取りに行った。
「あ、ミルク。あったら俺のも持って来てくれ」
「わかったよ、マーサー兄」
何故か自分の分もと頼むマーサーに返事をして、ミルクとサラは石壁を降りて行った。
「マーサー、弓でやるのか?」
既に十分な魔力を身に付けている自分たちは、最近の狩で殆ど弓矢などの武器に頼っていない。
珍しいと思って聞いたカーズに、マーサーは
「ちょっとな、試してみようと思って」
と、普段のお調子者らしい口調だが、どこか自信有り気な顔つきで答えた。
「にしても…」
眼下に迫る魔狼の群れを見ながらカーズが呟く。
「100頭を超える魔狼の群れってのは異様だな。森の魔物は群れを成すやつでも、多くても20〜30匹ぐらいまでのもんだと思っていたが」
「またアレか、魔法使い狩りが関係あるのかな」
「わからんが、そう考えた方がしっくりくるな」
そう言うカーズの右拳に、音を立てて炎が灯る。
魔狼はもう壁の真下に到達し、殺気立った眼をこちらに向け、鋭い牙をむき出しにして唸っていた。
100頭の群れとは、つまりそれだけの手下を従えられるボスがいるということだ。
魔狼も、前身の狼と同じく家族単位の群れを基本とする。
群れの中心となる番と、その子供達で構成されることがほとんどとなるため、多くても10頭未満だ。
100頭の群れを束ねるボスとは、つまり10以上の群れのボスを傘下に置く大ボスだと考えられるが、そもそも魔物化したからといって大きな群れを持つ理由があるのだろうか?
群の頭数はすなわち食い扶持だ。100頭の群ともなるとそれだけの獲物を確保しなくてはならない。だったら10頭の群を10作ってそれぞれで狩をした方が効率的なのだ。
魔狼の中にそんな概念を持つ特殊個体が現れたと考えるより、魔法使い狩りを企てている何者かが、複数の魔狼の群れをここへ誘導したと考えた方があり得ると、カーズもマーサーも考えたのだ。
「考えてもしょうがねぇ、とにかくやるぞ!!」
強く叫ぶように言うと、右拳に蓄えた炎で殴りつけるような動作で、真下の魔狼に向けて打ち下ろすカーズ。
炎の拳は、眼下に屯ろう魔狼のど真ん中へと打ち込まれたが、魔狼は流石の俊敏さで難なく回避。
だが、地面を打ち付けた炎の拳は、着弾と同時に炸裂し、いくつもの火の玉となって周囲に飛び散る。
これには反応しきれなかった魔狼もいて、2頭が直撃をくらい、1頭が鼻先を掠め頭を振った。
魔狼に当たらなかった火の玉も、地面でそのまま燃え続け、まだ青い生の草を燃やし、ちょうどいい照明となった。
「へぇ、やるねぇカーズ兄」
兄カーズのこれまでの技は、直撃さえ回避してしまえばノーダメージなものばかりだったが、今の新技はたとえ回避できても、魔狼が食らったように小さな火の玉に当たってしまう。
そしてもちろん火の属性なので、火の玉が当たった所は、燃え始める。
火の玉を食らった2頭の魔狼は、体についた炎を消すために地面に体を擦り付けていた。
「んじゃ、俺も」
マーサーは、右手の人差し指を立てて、頭上に円を描く。すると、立てた人差し指を中心に、マーサーの頭上で風が渦巻いた。
その渦巻く風を、魔狼の群れの中へと投げるように飛ばすと、風に触れた魔狼が血飛沫を上げて吹き飛ばされる。
「チッ、一撃必殺とはいかねーか」
とはいえ、こちらも風は渦を巻き続け、不規則な軌道で飛び回りながら、機動性に優れた魔狼たちを斬りつけ続ける。
マーサーもまた、これまでは単発の効果しかない技が多かったが、一定時間持続する魔法を扱えるようになっていた。
「んー、きめた!!」
ミーユは、カーズとマーサーの魔法に翻弄される魔狼たちを見ながら、何かを考えているようだった。
5属性というチート魔法使いであるミーユだが、幼さと経験値の無さから、その都度に適した魔法を使い分けることができない。
魔力もレンと並ぶほど高いので、それでも十分な効果は発揮しているが、いずれは覚えなくてはならない。
そんなミーユが今回選んだ魔法がこちら。
「かみなりどっかーん!!」
ミーユの小さな掌から放たれた落雷が、1頭の魔狼に直撃し、動かなくなる。
文字通りの一撃必殺である。
「あ、すまんミーユ、雷は今日はやめてくれ」
「どおして?」
不意に、隣のカーズから苦情が入った。
「今は夜で真っ暗だろ。雷がピカッて光ると、よく見えなくなっちゃうんだよ」
「あ、そっかあ。わかった!!」
まだまだ、臨機応変がわからないミーユだった。
「はっ!!」
地面スレスレから逆袈裟に切り上げたアークの石刀は、3頭の魔狼をまとめて斬り上げて、虚空へ閃く。
返す刀で、致命傷に至らなかった1頭と、別の1頭を仕留める。
アークは、この石刀での戦闘を気に入っていた。
ライバル視しているレンから教わった戦闘技術ではあるが、扱い方次第では非常に魔力コストが良いのだ。
伸縮させたり、過剰な重さがある場合はそのコントロールに魔力を消費するが、それでも、魔法で炎や水を生み出して戦う兄達よりは格段に魔力消費が少ない。
また、使い馴染んだ石を使えば、その消費コストが更に軽減できることが最近わかってきた。
もちろん、自分が難なく使えるサイズの石刀に固定して扱えば、消費するのはほぼ体力のみ。
実に理想的な戦闘方法だった。
更に言うと、レンも石刀を扱った戦い方が最も得意らしいので、この分野でレンに勝つことができれば、名実共にレンを超えたと言える。
明確な目標があることが、アークにとってモチベーションに繋がる非常に重要なことだった。
そのレンだが、3属性持ちであるにも関わらず、何故か土属性魔法しか使っていない。
自分に気を使っているのだとしたら舐められたものだが、レンは決して頭の悪い男ではないとアークは思っている。
おそらく何か考えがあってのことだろうと思い、自分の戦闘に集中した。
『落月』
石刀を槍の形にし、正面に突き出す。
レンの祖父が師範を務めていた一法流居合術には、もちろん居合いだけではなく通常の剣技もある。
その1つ “落月” は、地平に落ちる月を射落すようなイメージの突き技であるが、暗殺剣でもある一法流に於いては、地平へ月が沈んでいく様から、確実に殺すという意味合いがあるとも伝えられていた。
レンは伸ばせるだけの長さに石刀──既に形は石槍だが──を伸ばし、7頭の魔狼を串刺しにする。
当然だが、7頭が一直線上に偶然並んでいたわけではない。石槍の先端が自在に動き、魔狼を追跡し仕留めていったのだ。
この世界に来て3ヶ月、魔法による戦闘を繰り返すうちに、刀の形状ではなく槍や薙刀のようにして、技の効果を高めるということを、レンは自然に身に付けていた。
10代になって間もない頃に祖父が亡くなり、5年以上剣術から離れていたことも、却って臨機応変な応用力を身に付けられた要因なのかもしれない。
レンは、魔力をコントロールして瞬時に石刀を短くし、刺さった魔狼たちを地面に落とす。
7頭中5頭が即死しなかったので、襲い掛かる魔狼を牽制しながらその5頭にとどめを刺し、魔力を回収していく。
この混戦の状況下で、なんとも余裕のあることだ。
それを見て負けん気を起こしたアークは、手にした石刀を地面に突き立て、魔力を流して地面と同化させ、数倍の大きさの石塊として引き抜く。
正面多方向から一斉に襲いかかる魔狼に、その石塊向け
「ラクゲツ」
レンの見よう見まねの魔法だが、石槍は3方向へと放たれ、10頭以上の魔狼を串刺しにした。
だが、仕留め損ねた2頭が、跳躍して上空から襲いかかり、あわやというところへ迫る。
しかし、そこは魔の森で幾度となく戦ってきたアーク。
そんな事態にも焦らずに対応して見せた。
「ギャインッ!!」
瞬時に出現した石壁に頭から突っ込み、魔狼は地面へと転がった。
「チッ」
だが、舌打ちしたのはアークだった。
石壁を出現させたことにより、石刀を手放すことを余儀なくされた。
せっかくローコストで戦える戦法なのに、手放してしまってはこの混戦の中では新たに石刀を作るしかない。
残りの魔狼の数と、魔力残量を考えると、これ以上の魔力消費はできるだけ抑えておきたいアーク。
扱いやすい程度の長さと重さに調整した石刀で襲いかかる魔狼を制しつつ、まだ息のある重傷を負った魔狼を見つけては、とどめを刺して魔力を回収していった。
それでも、ここまでの戦果で言えば、レンとアークの戦闘はたった2人で殲滅戦と言える成果を上げている。
二本の石刀が上げる魔狼の血飛沫が、欠けた月の淡い光に照らされ煌めいた。
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