第6章【辺境の農村なのに魔法使いばかりのチート集落で申し訳ありません】1
第1話【チート的農家】
燦々と降り注ぐ陽光に照らされ、夏野菜や果物が水分をたっぷりと吸い込み、丸々と太ってきた。
青々と茂った葉を食べる虫と、それを狙って茂みへ降下する小さな鳥。
その鳥を追って、大型犬ほどに育った仔虎が茂みへと突っ込んで行く。
「コジロウ、あぶないよー」
ノースリーブの膝丈ワンピースを着て、健康的な日焼けの肌を陽光の下に晒したミーユが、仔虎を呼ぶ。
広大な農園にポツポツと生えた樹々──開拓時に邪魔にならない所に生えていてそのまま残っている木──が、夏の虫たちの拠り所になり、夏らしいサウンドを響かせる、ある晴れた日。
農園の住民たちは、草刈りや収穫などの作業を分担して行っていた。
ミーユの呼ぶ声に反応するように茂みから飛び出した仔虎のコジロウが、馬車も余裕ですれ違えるほど広い農道の真ん中までかけてくる。
口には見事にゲットした小鳥がピクリとも動かず息絶えていた。
そんなちょいグロな光景もものともしないミーユは、今しがたコジロウが飛び出してきた茂みに向かって右手を翳す。
「いっくよー!!くさかりたつまきー!!」
刹那、ミーユのワンピースが風にはためき、大気の塊が渦を巻きながら茂みへと向かって突き進む。
農道の脇にわさわさと伸び放題になっていた雑草は、ほんの数瞬のうちに刈り取られ、宙に舞う。
「ほっ」
ミーユが掛け声とともにかざした右手を横に振ると、舞い上がった雑草を巻き込んだ風が、雑草を農道へとうまく落とす。
「よーし、こんどはんたーい」
同じ要領で、道の反対の雑草を刈って行くミーユ。
しゃがみ込み、地面に手を着いたアークが掌に魔力を集中させると、その手を中心に地面がズズズッと正円形に凹む。
その深さは50cmほどで、直径は3mにも及んだ。
「おおー、ずいぶん大きく穴を掘れるようになったな、アーク」
「うるせぇ」
ミッツに褒められたアークだが、その事を素直に喜ぶことはない。自分よりも遥かに凄い使い手が身近にいることが、自身の成長をまだ足りないと感じさせている。
ぶっきらぼうに吐き捨てるアークに苦笑しながらも、それでも弟が日々成長していることに喜び、また自身ももっと精進しなければと思う次兄ミッツ。
「流すぞ」
穴に向けて翳したミッツの手から、バケツをひっくり返したように勢いよく水が流れ出て、アークの開けた穴に注がれて行く。
そこに今年最初に採れたキュウリやトマトなどの夏野菜を、ゴロゴロと放り込んでいく。
「もうちょっと冷たい方がいいか。あとでユキさんかミーユに氷入れてもらおう」
「ミーユじゃ全部凍らせちまうだろ」
自身の提案に突っ込まれ、「違いない」と笑いながら、ミッツは次の作業の為その場を離れた。
「すっげ、こんなに稲が太く育つのって初めてじゃないか?」
青々と茂った、まだ幼穂も出ていない青草のような稲を見て、マーサーが感嘆の声を上げる。
その隣には、町から農園に移り住み、以前よりずっと日焼けしたサラ。
「へへ、上手くいきそうだね」
「しっかし、サラが樹属性の魔法を使えるとはねぇ。前にここにいた頃は、まだ何も出来なかったろ、魔法なんて」
「そんなことないよ。実はちょっとできるようになってたんだけどね、お兄ちゃんたちがみんな凄い魔法使いだから、私もちゃんとできるようになってから教えたかったの」
「そうなんだ。まぁでも、これは今年の収穫が楽しみだな!」
世渡り人のユキを母に持つサラは、当然魔法使いの素質があった。
この世界の魔法は7つの属性に分かれると言われており、サラはそのうちの1つ、植物を自在に操る樹属性の魔法が使える。
使い方によっては、種からあっという間に花を咲かせ実をつけさせることもできるのだが、サラ曰くそのやり方で作った作物は美味しくないのだそうだ。
やはりちゃんと、土から水分と養分を吸わせ、きちんと太陽の光の元で育てるのが1番らしい。
それを基に、少しずつ魔法をかけて成長を促してやると、痩せた土地でも豊作になるという。
しかし、町に暮らしていたサラは、農園の異母兄弟妹たちと違って魔物狩りなどで魔力を得ることもなく、庭先の小さな花壇の成長を少しだけ早めるのが精一杯だった。
この農園に棲む様になって2ヶ月、異母兄姉達について時折狩りに同行し、多少魔力は身についたが、ここまで大規模な農園全体に影響を与えられるほど強大な魔力でもないので、とりあえず今年はカーズ家の田んぼだけで試してみている。
「今日はあまり風がないから、ちょっと吹かしてやるかな」
そう言うとマーサーは立ち上がり、両手を広げ天を仰ぐ。
「よっ」
天へと翳した両手を投げるように前に振ると、まるで背後にあった空気を全部投げ込むかのように風が吹き、若い稲をザワザワと揺らしながら、向こうへと吹き抜けて行く。
「他の田んぼも見て回るかな」
そう呟き、畦道を行くマーサーの後をサラが着いて行く。
『れんにいちゃん、いいよー』
ミーユが、ニホンゴでレンに合図をする。
もうずいぶんこの世界の言葉を覚えたというのに、2人の時はまだニホンゴで話すレンとミーユ。
『オッケー』
広い農道に散らかった雑草を、大きな炎が包み込む。炎は生き物のようにゆっくりと農道を進み、ミーユが刈り取った雑草を燃やしていく。
残った灰は風に飛ばされ散って行く。
1人を除いて住民の全てが魔法使いのこの集落では、こんな風に農業チートが発生している。
他にも、レンと同じ火属性を持つカーズ、雷属性のセシリア、光属性のミルクが、それぞれの得意を生かして生活していた。
ユキとサラが引っ越して来て2ヶ月、レンとミーユがやってきてからおよそ3ヶ月が過ぎていた。
「本格的な夏野菜の収穫の前に、やっぱりもう一度森へ行っておきたいな」
現在はミルク、レン、ミーユ、ユキ、サラが住んでいる、元マーサー家の庭先で昼食を摂る一同。
塩と香草で味付けをして直火で焼いた骨付き肉を食べながら、ミッツが言った。
「そうだな、試したい技もある」
アークが同意し、ミッツが食べているのと同じ骨付き肉に手を伸ばす。
夏本番も近付いてきて、毎日のように伸びる雑草の処理など、田んぼや畑の世話で、ここ数日は森へ狩りに行けていない。
当初、魔法使い狩りと強大な魔物の発生の関連性もあって、魔物狩りは控えようという声もあったが、どちらにしてもこの集落の防衛強化のためには各々の戦闘力アップが不可欠だということで、魔物狩りは定期的に行っていた。
特にセシリアとアークの気合いの入り様が凄く、レンとミーユを除けば2人のうちどちらかがこの集落最強だろう。
レンとミーユも順調に力を付けているので、なかなか追い付けないもどかしさに、アークは自身の成長をあまり喜ぶ様子はないが。
「じゃあ、今日のうちにやれることを済ましてしまおう。どうせまた2〜3泊するんだろ?」
長男カーズの言葉で、今日の午後の仕事と明日の狩りへの出発が決まった。
カーズの妻、アリルは妊娠中で、まだそんなに腹も目立たないが、身重のアリルがいる為に全員で狩に行くことはない。
誰か必ず留守番をする必要があるので、狩に行くメンバーは交代制だった。
現在は、馬車で1日進んだ所に野営地も設置してあり、レンの土魔法に頼らなくても、アークがいれば泊まり込みの狩も出来るようになっていた。
だが、帰路で何か問題が起きて緊急の野営をすることになった場合、やはりまだレンがいないと厳しい。
レンが行くならばミーユも同行する、そしてミーユが行くならばコジロウも行く。そのため、いつもそれ以外のメンバーでローテーションを組んでいる。
もっとも、コジロウは農園に残っても何もすることがないが。
留守番組にもある程度の防衛戦力が必要である。狩りは苦手だからと留守番組を申し出るユキも、アリルの手伝いとしては頼もしいが防衛戦力としては心許ない。
ローテーションは、レン&ミーユ、セシリア&ミッツ、カーズ&マーサー&アークの3組が、交代で残るように組んであり、今回は、セシリアとミッツが留守番をする順番だった。
サラとミルクは、農園の手が必要無ければ狩りに参加する。
というわけで翌朝、レン、ミーユ、マーサー、アーク、カーズ、そしてサラとミルクがミッツ家の庭に集まった。
もちろん、ミーユの傍には仔虎のコジロウがいる。
準備の整った狩り組の一行は、ミッツの巨馬と荷馬車を借りて魔物の森を目指し、それを見送った留守番組のミッツとセシリアは、レン達が乗ってきたカーズの荷馬車でカーズ家へと向かう。
狩り組は、すっかり整備された森へ向かう荒地を越えて、森の入り口へと辿り着くと、レンが馬車を降りて石の扉を開き、そのまま馬車ごと森へ入って行く。
「森に来るの久しぶりだなー」
気まぐれで狩りに参加するミルクは、両手を伸ばして森の空気を胸いっぱいに吸い込む。
隣ではサラがミルクの真似をして、同じように深呼吸する。
森の入り口とはいえ、それなりに魔力を含んだ空気は、普通の人間が吸えばそれだけで健康に害を来す。
だが、世渡り人の血を引く魔法使いである彼らには、むしろ力が湧いて来るような心持ちになるらしい。
「あ、ゴブリン」
レンが、燻んだ緑色をした人型の魔物を指してその名前を呼んだ。
ゴブリンは群れで行動する。10数匹のゴブリンが木の陰に隠れるようにしてこちらを伺っていた。
警戒しているのだろう、襲って来る様子はない。
荷馬車はどんどん奥へと入って行く。
緩やかな上り坂を越えると、大きな窪地に出た。窪地の底まで来ると手綱を握っていたカーズが馬車を止める。
「休憩にするぞ」
ミッツ家を出てほぼ2時間。一行は馬車を降りて思い思いに体を伸ばしたり、水分補給をしたりする。
カーズは巨馬を荷車から外し、自由にさせる。
賢い魔獣馬は、繋いで置かなくても何処かへ行ってしまうことはない。
最近では、コジロウが巨馬に親近感を覚えるのか、特に狩りに森へと来た時にはよく一緒に行動をしていることが見受けられた。
窪地の端に、家一軒が丸ごと埋まってしまいそうなほどの、不自然に地面が盛り上がった場所があり、その上にミーユの目線ぐらいの大きな石が乗せてある。
大きな石の周りには、拳大ほどの石がいくつも散らばっており、よく見ると盛り上がった地面の麓にも不自然に多くの石があった。
一行はその麓に立ち、合掌し目を閉じる。
レンがこの世界に来てすぐの頃、カーズ達と狩りに来て、コジロウの母親である巨大な虎の魔物と遭遇した場所である。
あの後、狩りで再び訪れた時に、朽ちていく巨虎が可哀想だからと、レンとカーズの火魔法で焼いて、アークとレンの土魔法で穴を掘って埋めてやったのだ。
以来、訪れる度に供養するレンとミーユに、カーズらも付き合うようになり、今ではまるで狩の前の儀式のように習慣化していた。
コジロウはそこに眠っているのが自分の母親だと知っているのかどうかはわからないが、レンたちと並んで墓標代わりの石をじっと見つめていることが度々あった。
ある日ミーユが「きょうとったまものさんのぶん」と言って、小さな石をその日狩った魔物の数、墓標代わりの石の所に投げ込んだのが始まりで、それ以来その日狩った魔物の数だけ石を添えるのも習慣になった。
そんなことがあって、この窪地で休憩するようになり、休憩場所として過ごしやすいように広く木を刈り取り、簡易に開拓してある。
レンが同行しない日は、ここで宿泊したりもしていた。
「レン」
レンに声をかけるアーク。手頃な石を拾い、休憩場所として開拓された場所から外れた方へと歩いて行く。
何かを見つけたようだ。
呼ばれたレンがアークの数歩後ろを着いて歩く。
少し向こうの茂みが揺れた。
同時に、居合のように振ったアークの手から石の刃が閃光のように伸び、茂みを揺らした主を仕留める。
伸ばした石刀を60cmほどの長さに縮め、余裕の足取りで捕らえた獲物へ近づくアークと、楽しそうにニコニコしながら着いて行くレン。
茂みには、狼と見紛うほどに凶暴な顔つきをした狸の魔物が、血を流して倒れていた。
「まだ生きてるね」
微かに痙攣する魔狸を見てレンが呟く。
「生かしたんだよ」
大きく発達した耳を掴み、手にした石刀で魔狸の首を落とすアーク。魔狸の魔力がアークに流れ込んだ。
「どうだ?」
何かを確認するようにレンに問いかけるアーク。その様子は決して魔狸を倒したことや、魔狸から魔力を得たことを自慢するという感じではない。
「うん、殺さないように狙ってできたし、良いと思う。でも、最初の動き、ちょっと無駄があるかな。弱い魔物だから倒せた。でももっと素早いヤツだと逃げられると思う」
「ふむ…」
レンは、幼い頃居合剣術の師範である祖父から剣術を習っていた。
その剣術と土属性の魔法とを融合させた技を、この世界に来て間もない頃に偶然編み出してみせた。
それを見て、同じ土属性のアークは自分も身に付けたいと、それからずっと練習に励んでいるのだ。
アーク的にはけっこう良い線いったと思ったのだろうが、達人である祖父から教わっていたレンからすれば、ようやく剣術らしくなって来たといったところだ。
「見てて」
レンはその辺りの石を拾って、袈裟斬りにするように軽く振る。ただの石が木刀の長さに瞬時に変化したのを見て、アークが顔を顰める。
この時点で、レンの技量に負けていると理解してしまったのだろう。
長さは木刀だが、太さはその4〜5倍はある石の棍棒とでも言うそれを、左腰に添え、居合の構えを取る。
先程アークが魔狸を仕留めたのと同じぐらいの距離にある立ち木に向かって棍棒を振ると、棍棒はたちまち伸びて木をスパッと切る。
そんなに細い木ではない。レンとアークが手を繋いでも、一周出来ないぐらいには太い。
斬った軌跡のまま振り抜きながら、元の棍棒へと戻すレン。
「こんな感じ」
レンの技を見て、アークは石刀を構えて、魔法を使わずに素振りをする。
レンが「いい感じ」とか「もう少し腰を」とかアドバイスしていた。
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