第3章【初めての狩りなのに調子に乗って狩りまくって申し訳ありません】3
第3話 【初めての狩り】
森の手前には小川が流れており、アークが土魔法で川底を一部隆起させて足場を作る。
成人男性ならば飛び越えられそうな川幅だが、ミーユもいるし荷物もある。安全に渡れるに越したことはない。
レンたちがこの世界へ来た日、ミッツに連れられて森から出てきた時は、ミッツがどこからともなく引きずって来た丸太を橋にしておっかなびっくり渡ったが、アークが作った足場は丸太に比べれば平らで幅もあり、ミーユでもレンに手を引いてもらうことで上手に飛び跳ねて渡れた。
『おうまさんは、おるすばんなの?』
川の向こうに残された馬と荷車を見て、ミーユがレンの服の裾を引っ張って心配そうに聞いてきた。
そういえばと、ミーユに言われて気がつくレン。馬の飼い主であるミッツに声をかけて、馬を指差してみた。
「ああ、アイツは普通の馬と違って知恵もあって賢いんだ」
そう言いながら、ニヤリと笑って右手の人差し指で自分のこめかみ辺りをつつく。
ミッツの仕草を、「頭が良い」というジェスチャーだと理解したレンは、うんうんと頷いてみせた。
馬を指差しただけで伝わり、またミッツの言いたいことがすぐに理解できたのがちょっと感動したレン。
ここ2〜3日、言葉が通じないことでほとんどジェスチャーで会話してきた為か、言いたいことが何となく理解できるようになってきたようだ。
もしかしたら、まだ正しくは聞き取れていないが、言葉のニュアンスがなんとなく解ってきているのかもしれない。
ともかく、今得た情報をミーユに説明するレン。
『お馬さんは川の向こうでお留守番みたい。頭のいいお馬さんだから、1人でも大丈夫なんだって』
レンの説明を聞いたミーユは「ふーん」とだけ反応した。
ミーユの思うところは、馬の能力的なところではなく、一人ぼっちで寂しそうに見えたところなのだが、賢い生き物は寂しいって感じないのかなと、幼いながらも自己完結したようだ。
それにしても、大きいし力もある。1人で留守番もできる馬とか便利すぎだろうと、言葉には出さないが1人思ったレン。
よく見たら、手綱をどこかに括り付けたりもしていないのだ。
どんな調教をしたら馬をそんな風に扱えるのか、異世界って謎だらけだなーなんて考えていた。
そんなレンの様子を見て、やっぱりボーッとした奴だなとため息をつくミッツ。
本当に連れてきてよかったのか、兄の判断をまだ否定したそうなミッツはあることを思いつき、兄弟妹たちを呼び集めた。
装備を身に付け出発準備を整えていた兄弟妹たちが、ミッツに呼ばれ、レンたちから少し離れたところへ集まる。
レンに言葉が通じないと解っているが、ミッツは一応小声で話し始めた。
「最初に現れた魔物を、レンにやらせてみるのはどうだろ?」
「なんだ、お前もやっぱりレンのこと買ってるんじゃないか」
ミッツの提案に、カーズはちょっと嬉しそうに言う。
「そうじゃない兄貴。あいつで倒せればそれでよしだが、倒せなければ俺たちが仕留めるだけだ。まぁ八割方レンが倒すのは無理だろう」
「じゃあなんで?」
ミッツのよくわからない言い様に反応したのは、三男マーサー。
「倒せなかった方が、狩りの難しさを体験させてやれるってもんだろ」
どうやらミッツ、まだ2人を狩りに連れて来たことをよく思っていないようで、とんだ意地悪発言だった。
「ミッツ兄、酷いよそれ」
と、頬を膨らませるミルク。
「じゃあ賭けるか?俺は倒せると思う」
逆に悪戯っぽい笑みで、賭けを提案するカーズ。
「俺も倒せる方に」
カーズの提案にすぐに乗る四男アーク。
自分の魔力を上回った奴が、低レベルな魔物なんかにやられてもらってはかなわないというのが、アークの本音だが。
「私も、もちろん倒せると思う」
ミルクも、レンが勝つ側に賭けるようだ。
全員の視線が三男マーサーに向いた。
「お、俺も…レンたちが勝つ方に…」
場の空気に流されたのか、元々そう考えていたが空気に流されたような発言で言い淀んだのかはわからないが、マーサーもレンたちが勝つ方に賭けた。
「なんだお前ら、随分魔物たちを舐めてやがるんだな!!じゃああのボーっとした奴が魔物を仕留められなかったら、俺の一人勝ちだぞ!!」
まさか自分が少数派になるとは思っていなかったミッツは、語気を荒げて言った。
最初に小声で話していた意味がない。
「ああいいとも。賭ける物は“いつもの”でいいな?」
「いいよー」
「もちろん」
「かまわんよ」
マーサー、ミルク、アークはそれぞれカーズの言葉に軽く賛成する。
「ああいいさ!!負けたら覚えてろよお前ら!!」
1人機嫌を損ねたミッツは、狩の道具を荒々しく身に付けると「行くぞ!!」と言って森へ行ってしまった。
森の入り口は深い雑草に覆われていて、それを抜けるとすぐに鬱蒼とした森の雰囲気に包み込まれる。
初めて来た日は、只々不安と恐怖しか無かったレンだが、今は頼れる男たちと一緒にいるせいか、あまり怖いと思わない。
ミーユもレンと手を繋いで平気でついて来ている様子なので、レンはこっそり安堵の息を吐く。
先頭を行くのは大男のミッツ。彼さえ通れれば全員が通れるから…ではなく、兄弟の中で最も狩りに長けており、索敵能力も高いので先頭を行く。
ミッツの後ろを行くのはアーク。土魔法を使う彼は、さっきの小川の底を隆起させた魔法を応用すれば、土壁を作るなど高い防御能力を有しているといえる。
アークの後ろに、レンとミーユ、そしてミルクが続く。
今回の一行で護衛対象となるメンツなので、列の真ん中にいる。
先程、ミッツの提案でレンに魔物を狩らせようという話になりはしたが、それはあくまでも魔物を発見して狩る段階のこと。ミッツも、危険な森の中を移動する時まで敢えて2人を危険に晒そうという気はない。
そして、ミルクの後ろにはマーサー、殿のカーズと続く。
一行は主にミーユの歩く様子を気に掛けながら進む。
思いのほかミーユは元気よく歩き続け、大人だけの狩りに比べれば進む速度は遅いが、余分に休憩を取ることもなく森を進んでいく。
道中、ミルクが珍しい果物のようなものを見つけると、ミッツに採ってもらいレンとミーユにくれたりなど、魔物狩りに向かっているとは思えない和やかな一面もあったが、森に入ってしばらく、不意にミッツが足を止め、手を横に出し牽制の合図を後続たちに送りながら身を低くかがめた。
ミッツに倣い全員が姿勢を低くし、物音を立てないように息を潜める。
レンがミーユに向かって人差し指を立て「しーっ」と声に出さずに合図すると、ミーユはひそひそ声の大きさで「しーっ」とレンに返す。
ガサッと、ミッツたちの前方数十メートルのところで一瞬赤い何かが地上から樹上へ伸びて消えるのが見えた。
「こんな浅いところで珍しいな、大型の魔蛙だ」
姿のよく見えない魔物を、ミッツはまだ距離がある今の位置からわかったようだ。
魔物の正体がなんなのかわかった様子のミッツは、1人こっそりほくそ笑む。
どうやら少々強い魔物のようで、ミッツはレンが簡単には仕留められない相手だと判断し、これで賭けは自分の勝ちだと確信を持った。
「レン」
ミッツは手招きでレンを呼び、呼ばれたレンはミーユと手を繋いだまま、アークの前に出てミッツの隣に並ぶ。
ミッツはミーユも一緒に前に出てきたことに少し怪訝な顔つきをしたが、すぐに気を取り直した。
「お前の魔法でやってみろ」
言いながら、懐から炎の絵の描いてある木板と、石の絵の描いた木板、そして星型──どうやら光を表しているらしい──の絵が描いてある木板を取り出す。
言葉の通じないレンたちとのコミュニケーションをやりやすくするため、いくつかの木板を持って来ていた。
「魔法を使え」ということを、レンが使える属性のカードを見せることでわかりやすく伝えたのだろう。
レンはミッツに木板を見せられ、どれか選べという意味なのかな?と思って木板に手を伸ばすが、ミッツが木板を避けて違うとジェスチャーする。
そして、魔物がいる方を指差して
「魔法はどれを使ってもいい、アレを倒せ」
と、レンに言った。
ミッツの言葉は理解できないが、茂みの向こうを指差し、木板を見せられたことで、向こうに魔物がいて自分に魔法を使って倒せと言われているのは理解できた。
頭を軽く下げて了解を示すレン。それを確認し同じく頭をコクリと下げるミッツ。
了解しては見せたものの、レンはまだ魔物の姿を確認していないので、どんな敵がいるのかわからず少し不安になる。
それでなくても、いきなりやれと言われて戸惑っている。
狩りどころか、この世界に来るまで、こんな整備された道もない森に入ったこともなければ、萎縮してしまって当然だろう。
ましてやレンは、もっと平和で安全で過剰すぎるほど便利な世界から、2日前に突然なんの前触れもなく来てしまったのだ。
ミッツが事あるごとに「ボーっとしてる」と言うのも仕方のないことなのだ。
だが、やれと言われて断れる性格のレンではない。
半歩前へ出てじっと茂みを睨みつけていると、前方の茂みが再びガサッと音を立て、葉が揺れた。
その拍子に、ビクッと体を跳ねさせるレン。
ミッツは懐から何か取り出すと、指で揉んで空中に投げるように撒き散らした。
ちょっとクサイ臭いが漂う。
数秒後、それに反応するように茂みがさっきよりも激しくガサガサっと動き、何かが茂みの中を一歩一歩ゆっくりと進んでくるようなリズムで近付いて来る。
レンは一瞬ビビるが、ミッツが視線でやれと言うように訴えてくる。
ミッツに急かされ、魔法を放つために手を前に出すレン。
だんだん近付いて来る茂みを揺らす音に、レンは2日前に見た猫型の二足歩行する魔物を思い出していた。
しかし、どうやらこっちに向かって来ている魔物はあの猫ではなさそうだ。少なくとも、前方の茂みの中に丸々姿が隠れている事から、まずサイズが違う。
それに、二本の足で歩いているというより、兎のように何かが跳びながら近づいてくるような感じがした。
そして、緑の茂みの中で保護色になっている緑色の体が認識できる距離に来ると、レンはそれが何かわかった。
デカイ蛙だ。体格は芝犬ぐらいありそうだけど、それに応じた横幅がもっとデカイ生き物に感じさせる。
蛙だとわかったレンは、瞬時に手のひらに魔力を集中させる。
刹那、ミッツの顔色が変わった。
狩人として多くの獣や魔物と命のやり取りをして来たミッツは、殺気と言うものをよく理解している。
相手を確認したレンの目付きは、正しく殺気を放つ生物のそれだった。
なんでこんなボーっとした男が…
そんなミッツの思考を遮るように、間合いに入った魔物に対しレンの魔法が解き放たれる。
『ファイアーボール!!』
ドンッ!!!!
手加減なしで放たれた火球が、茂みから姿を現した大きな魔蛙に向かって突き進み、魔蛙は避ける間も無く炎に包まれた。
「すげぇ、一発かよ」
三男マーサーがボソリと呟く。
表面がこんがり焼け、文字通り蛙がひっくり返ったポーズで仰向けで地面に転がる魔蛙。
賭けに負けたミッツが、ふてくされた様子で水魔法でレンの魔法の後始末をしていると、ミーユも真似して水魔法で消火活動を手伝った。
「言っただろ、レンの魔力ならこのぐらい余裕さ」
なぜか自慢げに話す長男カーズ。レンを見出したのは自分だと言いたげに。
「やっぱり、純粋な世渡り人は特別なんだねー。親父もデタラメな人だったし」
ミルクも、レンに亡き父を重ねて語る。
「ふん、魔法の威力だけなら俺も認めている。俺が言いたかったのはそこじゃねぇんだ」
「どういうことだ?」
さっきまで、レンの力では魔物を仕留められないと言っていたミッツが、意味ありげな言い方でレンを認める発言をすると、カーズがそこに問いかける。
「タイミングがドンピシャだったんだよ」
認めたくないものを認めざるを得ないと言わんばかりに、顔をしかめて言うミッツ。
「ん?そりゃお前の指示通りにやれば…」
「違う、俺は何も言ってない。賭けまでやってんのに、自分の不利になるような助言なんかするわけないだろう」
「どういうことだ?」
そう、レンの潜在能力を認めていたカーズでさえ、なんの指示もなしにレンが1人で魔物を狩れるとは思っていなかった。
つまり…
「茂みから出る一歩手前、魔蛙が獲物の動きを見て攻撃態勢に入る間合いに飛び込んだ瞬間、魔法を放った。これを全部レンが自分で判断してやったんだ、どういうことかわかるか?」
「レンが全て自分で?」
ミッツが言ったのは茂みの奥に魔物がいることと、魔法を使って仕留めろという指示のみ。後は全てレンが自分で判断してやったのだ。
「全くの素人じゃねぇってことだろ」
カーズとミッツの会話を聞いていたアークがボソリと言う。
「そういうことだ。俺が最初に反対したのは、戦えない奴を森へ連れて行きたくなかったからだ。たが、コイツは戦いを知っていた」
ミッツの言葉に、全員の視線がレンへと向き、その視線を浴びたレンは萎縮しまくっていた。
「ゲギャッ!!ゲギャッ!!」
魔蛙を仕留めた一行はしばらく丘になった箇所を登り、低い山頂に辿り着く手前で、またも魔物らしい鳴き声を聞いた。
再びミッツの合図で身を屈める一行。
『こんどはみゆがバーンてやりたい!!』
危険な発言をする幼女に、ミルクが首を横に振る。
ミーユのニホンゴは理解できないが、『バーン』という擬音から、「魔物を倒す」と解釈したミルク。
首を横に振られたことで「ダメ」と言われたとわかったミーユは、少し寂しそうに唇を尖らせた。
鳴き声は複数。「ゲギャッ」とか「グギャッ」とか言いながらこちらへ近付いてくる。
「アーク」
「ああ」
ミッツとアークの短いやり取りがあった直後、近付いてくる魔物らしきものと一行を遮るように、土壁が出現する。
ミッツは、荷物の中からナイフを取り出すと、そこに小さな覗き穴を開けて様子を伺った。
簡単に穴が開いたことから、壁の薄さがわかる。防御用ではなく、ただ身を隠すためだけの壁のようだ。
「見てみるか?」
穴から顔を離し、レンに向かって言いながら穴を指差すミッツ。
そのいかにもモンスター然とした鳴き声に、どんな恐ろしい魔物が居るのかと萎縮していたレンだが、ミッツに手招きされて恐る恐る壁に近づく。
薄そうな壁なので壊さないように慎重になるのと、壁を作って隠れなければやばい魔物が居るかという思いで、レンはミッツの示す覗き穴に目を当てる。
『え!?』
「しー!!」
そこから見えた魔物にレンは見覚えがあり、思わず声を上げてしまった。
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