第3章【初めての狩りなのに調子に乗って狩りまくって申し訳ありません】2
前回まで日曜日の9時に投稿していましたが、今回から月曜日の20時に投稿時間を変更しました。
第2話 【ミッツの嫁】
4人を乗せた荷馬車は、広大な農地の真ん中を東西に真っ直ぐ貫く広い農道を進み、やがて行く先に石垣の上に拵えた木柵が見えてきた。
この世界に迷い込んだあの日、助けてもらったミッツに連れられて森から出てきた時に立ち寄った、あの大きな馬がいる家だ。
はるか前方に見える柵を目にしたレンは、あの時の様子を思い出していた。
レン達がこの世界に迷い込み、帰り道を失い途方に暮れていたあの日。
異世界転移したかもしれないと思って魔法を試したら、使えてしまった衝撃。
森の中で二足歩行する猫の魔物に出くわし、襲われそうになっていたところをミッツに助けられた。
レン達の前に現れた、熊のような大男ミッツを見て、レンとミーユは次は熊の魔物が出たのかと思ったが、今この平和な時間を過ごしているといい想い出に感じる。
ミッツは、最初全くわからない言葉で話しかけてきたが、突然「ニホンジン?」とカタコトの日本語で言われた時に、2度目の衝撃を受けた。
それ以外はさっぱりわからなかったが、少なくとも彼はニホンジンを知っているというだけで、ついて来いというジェスチャーに従うことが出来た。
もっとも、初めて見た熊のような大男のミッツを前にして、逆らうという選択肢を考えられなかったこともあるが。
もちろん、今では良い人だとわかっている。
そして、幼子のミーユが歩き疲れるのを助けながら山道を歩き、巨馬の荷馬車に乗り最初に辿り着いたのが、今見えている柵に囲まれた家だった。
あれがまだ2日前のことなのだ。衝撃的なことが多すぎてもう何日も前のことのように感じてしまう。
あの時のように石垣の上に木柵が立つ垣根──魔物が出る森の近くにあるから防護柵と言うべきか──の門のような部分を潜り抜けて敷地に入ると、そこには既にアーク、マーサーが来ており、弓の練習をしていた。
「早いな、2人とも」
荷馬車に乗ったままカーズが2人に話しかけると、2人は一旦練習の手を止める。
「カーズ兄が遅いんだよ」
と、無表情の四男アーク。普段の言動から感情の読み取りにくい男ではあるが、些か機嫌がよろしくないように見える。
「あれ?ニホンジンも連れてきたの?」
荷馬車の後ろに乗っている人物に気付いて言う三男マーサー。
「ああ。ミッツは中か?」
それに簡易に答えながら御者席から降りて、ここに姿の見えない次男ミッツの居所を尋ねる。
「またやってるよ、いつもの」
カーズの問いに苦笑しながら三男マーサーが答えると、家の中からミッツの声が聞こえて来た。
「そんなことはしなくていい!!俺がやるから、お前は好きな絵でも描いてろ!!」
誰かいるのか、怒鳴るような大きな声で響く。
「うるさい!!私の勝手!!ミッツ、今日早く出掛ける、言ってたでしょ!!もうみんな待ってる、早く行く!!」
相手は若い女性のようで、言葉が妙にカタコトのようだが、熊男のミッツに負けずとも劣らぬ轟声で怒鳴り返す。
レン達に言葉の意味はわからないが、どうやら喧嘩している様子だということは伝わって来る。
そういえば、初めて来た時も一旦家の中にいる誰かに、ミッツが声をかけていた。
同居人か、もしかしたら奥さんがいるのかな?喧嘩してるってことは奥さんかな?
なんてレンが考えていると
バンっ!!
と、まるで家の中で、爆弾が鳴ったような破裂音が鳴り、雷のような閃光が走った。
『ええええー!!?』
「大丈夫、いつものことだから」
仰天しているレンと、びっくりしてレンにしがみつくミーユに、ミルクは笑って言った。
「さ、マーサーとアークに “おはようございます” して」
ただ事ではない雰囲気なのだが、ここの兄弟妹たちはまるで普通の日常のように何のリアクションもない。
その様子に、異世界ってこれぐらいでビビってちゃダメなのか…と、この先の不安を募らせるレンであった。
ミルクに挨拶するよう促されたので、レンは先に荷馬車を降りる。
抱っこポーズで待つミーユを抱き上げ荷馬車から降ろすと、マーサーとアークに向かってペコリと頭を下げる。
「オ、オ、オハヨ、ゴザイマス」
レンに続いてミーユも真似して
「オハヨーゴザーマスッ!!」
レンは緊張気味に、ミーユは、幼子が学び舎で揃って唱和する挨拶のように、スローだがリズムよく、今朝覚えたばかりの挨拶をしてみせた。
マーサーは驚きの表情とリアクションで2人を褒めちぎりながら、挨拶を返してくれた。良い人だ。
対照的にアークは、驚きはしたが褒めるようなことはせず、挨拶ぐらいできたからなんだとでも言いたげな態度を見せる。
力作の石鍋をプライドと一緒に粉々にされたのをまだ根に持っているようだ。
そんな感じで庭でわちゃわちゃやっていると、のっそりと熊のような髭面の大男、ミッツが家から出て来た。
「おはよう、みんな。待たせたな」
出てきたミッツは、視点の定まらない目でフラフラしており、元々モサモサした赤茶の髪や髭が、縮毛のようになっていた。
『ドリフ?』
レンは、昔のお笑いの爆発シーンのようだと思った。
さっきの爆発音がなんだったのかわからないけど、多分そのせいでこうなったんだろうことは容易に想像できるが、生で見るのは初めてだったので驚きに固まっていた。
「ようミッツ兄、今日は一段と酷いな」
そんな様子のミッツを見て、お調子者の三男マーサーがケラケラ笑う。
「また “嫁さん” の機嫌損ねたのか」
「セシリアは嫁じゃねぇ」
カーズが言った「嫁さん」に強く反論するミッツ。何やら訳ありのようだ。レンには言葉の壁のせいでわからないし、ミーユは言葉が通じてもよくわからないだろう。
「ミッツ、オハヨーゴザーマスッ!!」
そんなミッツの外見的なそれをまったく気にしない幼女は、元気よくミッツにご挨拶した。
「ミ…ミッツ、オハヨ、ゴザイ、マス」
慌ててつられるようにレンも挨拶する。
「なんだ、連れてきたのか?」
ニホンジン2人に挨拶され、ようやくその存在に気づいた様子のミッツ。狩人とは思えないほど状況観察が出来ていないのは、爆発によるダメージがあるのだろう。
「うん、行きたいって言うから」
ミッツに応えたのはミルク。理由は簡潔に述べる。
「大丈夫か?」
2人の魔法力は十分知っているミッツだが、同行すると聞いて眉根を寄せる。
魔法力と戦闘能力とは別だ。特に防衛力に関しては訓練と経験がものを言う。2人に…特に幼いミーユにその心得があるとは思えない。
大丈夫かと懸念するのはごく当たり前だった。
「それより、せっかく朝の挨拶覚えたんだから、返事してあげてよ」
しかしミルクはそんなことは全く気にしている様子がなく、それよりもミッツが2人の挨拶に返事をしていないことを指摘する。
世界が変わろうともご挨拶は大事なのだ。
「ああ、すまん。ミーユ、レン、おはよう」
片手を目線の高さにあげながらの挨拶をするミッツ。レスポンスをもらえたことで、レンはホッとしたような表情を、ミーユは満足気な笑みに顔を綻ばせた。
「ミッツ、2人を連れて行くことは俺も賛成した。確かにミーユは危なっかしいかも知れないが、これだけ狩りに長けた魔法使いが同行するんだ、危険は少ない。それに、レンだが…」
今朝、妻のアリルにしたのと同じような説明をミッツにするカーズは、一旦言葉を切り、レンを見る。
「彼はとても強い警戒心を持っていると思う。要所要所で足を止め、周囲や死角を伺っているような時があるんだ」
「ほう?」
言われてレンを見るミッツ。
「こんな、ボーッとした男がか?」
「ミッツ兄、言葉がわからないからって、そんな言い方レンに失礼よ!」
ミッツのデリカシーのない物言いに、ミルクが口を尖らせる。
「ああ、スマン」
ミルクに窘められ、軽く謝るミッツだが、カーズはそのやり取りを気にすることなく話を続けた。
「最初は臆病なだけかと思ったんだがな、少し気になったというか、何か心得があるような動きをたまに見せるんだ」
「ふむ…」
腕を組んでレンの様子をマジマジと見るミッツは、カーズの話と今目の前でオドオドしているようにしか見えないレンが結びつかないようだ。
自分の方を見ながら、所々に「レン」と明らかに自分の名前が出て来るので、たぶん自分のことを話しているのだろうと思うと、レンはオドオドしていた。
更に熊のような大男のミッツに腕組みしたポーズで睨まれたら余計に萎縮してしまう。
本当は、ミッツは睨んでいるわけではなく、ミッツの外見とレンの臆病心でそう見えているのだが。
レンが、カーズとミッツの様子から “自分の話をしている” と感じたその点は当たっているのだが、少なくとも一方から好評価を得ているとは気付くわけもなく、レンはやっぱり付いて来ちゃダメだったのかと、今更ながら後悔していた。
昨夜、夜中のテンションでミーユに言い聞かせてしまい、翌朝有言実行を求められ、引くに引けずにダメ元でカーズにお願いしてみたらアッサリ通ってしまって “今ココ” である。
自分が言い出した事の重大さを今更思い知り、塀の遥か向こうにある魔物の森から感じる不気味な雰囲気に、飲まれ始めていた。
せっかくカーズがいい感じに認めてくれているというのに台無しである。
だが、もしレンが多少なりカーズの言葉を理解していたら、幼少期のことを思い出していたであろう。
実は、レンの祖父は居合の達人であり、その流派は幕末の志士も修めた実戦剣術にルーツを持つ “殺人剣 ”なのだ。
もっとも、レンはそんなルーツもよく知らず、ただ祖父にしごかれていたという記憶しかないが。
しかし、幼少期から叩き込まれた教えは体と行動に染み付いていて、中学に上がる少し前に祖父が亡くなってから、練習用の木刀も全く握らなくなった今でも、そういう無意識の行動に現れているようだ。
カーズが見たレンの警戒心とはそのことであろう。しかし、レン自身が意識してそういった警戒行動をしているかどうかは定かではない。
「ま、兄貴が言うなら任せるさ。確かにこれだけ魔法と狩りに長けたメンバーなら、森の深いところまで入らなければ問題ないだろう」
と、ミッツが賛成したことで、ようやく全員揃って狩りへ向かうこととなった。
「じゃ、行くか」
「嫁さんはいいの?ミッ痛ぅっ!!」
からかい口調で「嫁さん」と言ったお調子者マーサーの頭に、ミッツの拳骨が落ちる。
「何すんだよ!!」
とは言っても、当然マーサーはミッツが「嫁さん」という言葉に嫌がるのをわかって言っている。
兄弟だからこそ許される、デリカシーのないボケと過激なツッコミだ。
恨めしそうな顔でミッツを睨み、殴られた頭を抑えているが、マーサーは言うほど怒っていない。
この辺りのやり取りの内容と、兄弟がからかって言うところの “ミッツの嫁”のことをレンたちが知るのは、まだしばらく先のことである。
ミッツ家から森までは、ミッツのあの巨馬が引く荷馬車で行く。
魔物の森の近くは、魔力が充満しているせいで普通の動物は耐えられないので、カーズの馬車ではここから先へは近付けないのだ。
一説によると、森の魔力に耐えた動物が、魔物化して森に住み着いているのだという。
実際に、ミッツの巨馬はミッツが飼っていた馬が暴走して森へ迷い込んでしまい、何とかミッツが見つけた時には既に魔物化して一回り大きくなっていたのだとか。
巨漢ミッツを含む大人6人プラス幼女1人、さらに弓矢などの狩の道具を積んでも普通に歩いて行く巨馬。
通常は四頭引きかそれ以上で引く重量になるはずなのだが、どうやらこの巨馬、見た目もパワフルだが実際にはそれ以上の馬力があるようだ。
巨馬の荷馬車に荒地を揺られること1時間、一行は魔物の森に到着した。
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