第2章【この世界に来たばかりなのに魔法を使いこなして申し訳ありません】3
第3話【魔法、使ってみた】
レンの魔法を見て、目を丸くしたまま言葉も出ないアリルとミルク。
もちろん、掌の上に小さな炎を灯すことが凄いと思ったのではない。
いや、魔法を使えないアリルからすると凄いのだが、旦那の兄弟が皆魔法を使えるので、魔法自体に驚くことはない。
まだ言葉も全く理解できないほど、この世界のことを何も知らない少年が、いとも簡単に魔法を使って見せたことが驚きなのだ。
“世渡り人とその子孫は魔法が使える”
それは、世渡り人を親に持つミルクと、その義姉のアリルには常識と言っていい知識だ。
そして、“世渡り人が元いた世界には、魔法が存在しない” というのも、同じく常識レベルの知識であった。
世渡り人は、最初から魔法が使えるのではないそうだ。この世界に来てから、魔法という概念を覚え、徐々に使えるようになっていく……はずなのだが
実際に、たった今目の前でレンは魔法を使ってみせた。
つまり、この世界に来て間もないはずのレンが魔法を使えることに、アリルとミルクは非常に驚いているのだ。
まず、“魔法” という知識をどこで知り得たのか。
使い方を誰に習ったのか。
2人の雰囲気から、ここの兄弟たちより先に誰かに接触した様子はない。
仮に誰かに出会っていたとしても、魔法を教授してもらえるほど共にいたのなら、生活習慣や言葉もある程度身につけているはずなのだ。
アリルとミルクの驚きは、そう言った背景があってのものだった。
そして、レンの魔法を見て目つきが変わったのは2人だけではなかった。
パッと目を輝かせて体を前のめりにさせたのは、レンの隣にちょこんと大人しく座っていた幼女ミーユ。
『みゆもゴーってできるよ!!』
勢いよく両手を上げて元気よく宣言する。もちろんニホンゴで。
アリルとミルクが聞き取れたのは『ゴー』だけだろう。2人はそれを、「レンはもっと大きな炎をゴー!!って出せるんだよ!!」とでも言ったのだろうと思った。
『ちょっとまってみゆちゃん!!』
そして慌てて止めるレン。
レンには、当然ミーユの言った日本語が理解できる。そしてその真意も。
昨日、森の中で迷っていた時に、試しに使ってみたミーユの風魔法がけっこうな威力だったのだ。
あれを部屋の中でやるのはまずいと瞬時に判断したのと、何故か自分が魔法を使ったことに思った以上に驚かれたのもあって、レンは一旦ミーユを止めた。
「よ…世渡り人が魔法を使えるって、本当なのね。びっくりしたわ」
レンの魔法を見て暫し言葉を失っていたアリルが、ミーユのテンションで──まだその意味は正しく知らないが──ちょっと落ち着いた。
しかし、ミルクが何かに気が付いたように、恐る恐るレンの描いた絵を指差す。
「えと、その炎の絵が描いてあるのがレンてことは…そっちは、ミーユ?」
「え!?ちょっとミルク、いくらなんでもそんな…」
『ちょっと、待って下さい』
ミルクの言った言葉は理解出来なかったが、「ミーユ」と名前を言ったということと、ミーユと説明した絵を指差していたことで、「ミーユも魔法を使えるのか?」的なことを言ったのだろうと解釈したレン。当たらずとも遠からずである。
過剰に驚かれはしたが、ミーユがもっと凄い魔法を見せれば、自分がやったことは印象が薄れて目立たなくて済むという、コミュ症ならではの考えで、椅子から立ち上がる。
アリルとミルクから見ると、ニホンゴで何か言った後、椅子から立ち上がり家の中をキョロキョロと見渡すレン。
玄関に目を止め「あっ」と声を発すると、玄関まで歩いて行き、用心深くドアを押し開いて何かを確かめている様子を見せる。そして、ダイニングテーブルの近くまで戻ってくると、『みゆちゃん』と手招きでミーユを呼んだ。
ダイニングテーブルから少し移動し、正面に玄関を見据えるところへミーユを連れて行くと、ミーユの高さに片膝をついてかがみ、玄関を指差して何やら説明をする。
『わかった!!』
レンの言葉を理解した様子のミーユは、玄関に向かって両掌を向ける。
『かぜよ、ふけー!!』
その瞬間、ミーユの周りの空気がボンっと膨張したかと思うと、ミーユから玄関に向けて超局所的な突風が吹き、もの凄い勢いで玄関ドアがバンッ!!と開いた。
『できたー!!』
ドアノブのない、押すだけで開くドアで鍵もかかっていないのを確かめた上で、ミーユに風魔法でドアを開けてみせることを提案したレン。
そして、それを難なくやってのけた6歳の世渡り人ミーユ。
「…ウソ…」
アリルとミルクは、信じられないものを見たと言わんばかりに表情を固めていた。
「何かあったか!?」
アリルとミルクが、驚愕の表情で固まり、レンに褒められてピョンピョン飛び跳ねるミーユ。そこへミッツが慌てた様子で玄関から顔を出した。
熊のような大男が突然大きな声で顔を出すので、レンはものすごくびっくりしたように体を跳ねさせる。
家の近くの畑で作業をしていたミッツは、突然カーズ家の玄関ドアが勢いよく開き、突風が吹き抜けたので、何事かと戻って来たようだ。
「ミッツ兄!!凄いんだよ!!2人とも魔法が使えるんだよ!!」
「なんだって?2人ともって…ミーユもか!?」
ミッツの「何か」が、ミーユの魔法で玄関ドアが勢いよく開いたことだとすぐに察したミルクが、興奮して今見たことを兄に伝える。
「そうだよ!!ミーユはたぶん風系なんだけど、そっから玄関バンって、凄いんだよ!!」
興奮して言葉よりも身振り手振りが多いミルク。玄関バンっはミッツも見ていたから解った。
兄弟全員が魔法を使えるミルクでさえ、ミーユの歳で魔法が使えるというのはそれほど驚愕することだったようだ。
そして恐らくは、その威力も驚くほどの凄さだったのだろう。
「ミッツ、ちょっとカーズにも伝えて来てもらっていいかしら?私達ではどう対処していいかわからなくて….」
「ああ、わかった」
戸惑いながら言うアリルの言葉にそれだけ答えて、ミッツはまた外へと出て行った。
「なるほど、レンが火炎系でミーユが風系か。だが親父の話によると、純粋な世渡り人…俺たちみたいな混血じゃないのは、複数属性を持っている事が多いらしい。実際、親父も3つの属性を持っていたからな」
カーズが戻って来てから、全員家の外に出て、2人が魔法を使うところを改めて見せてもらった。
木板による絵での表現と、必死のジェスチャーで「全力でやってみろ」と言う事がレンにもミーユにも伝わった結果、カーズの家の庭は軽めの惨事になっていたが。
レンの火魔法は、ある程度方向や範囲をコントロール出来るので、レンの手前の一部の雑草が焼失した程度だったが、ミーユの全力風魔法は玄関の庇を吹き飛ばし、その破片が飛んで行った先の農機具小屋の屋根を少し壊した。
レンは腰を90度に曲げて何度も何度も頭を下げて謝り倒したが、全力でやれと言ったのは自分たちなので、気にすることはないと、カーズは諭した。まぁ、言葉が通じないのでちゃんと伝わっていないが。
という状況からの、気を取り直したカーズの台詞であった。
カーズは自分も火炎系であると、掌に炎を灯して見せ、ミッツの水系の魔法も見せてやった。
ミルクは光系魔法で光球を作りフヨフヨ浮かばせて、それに飛びつこうとするミーユを見て楽しげに笑っていた。
カーズが、他の属性を木板に描いてレンに伝えようと頑張った。
この世界の魔法には八属性という法則があるとされている。
レンが扱えた火系とミーユの風系、ミッツの水系にミルクの光系。
それ以外に、土系、凍系、樹系、雷系がある。
ちなみにミルクの光系は、世界を旅して10人以上の世渡り人の素性を知り、その数倍の子孫と出会ったカーズたちの父ジョージでさえ、旅先の文献で1人だけ存在したことを知り、直接出会ったのは娘のミルクだけだったという、希少な属性らしい。
実際、七属性が基本で、光属性は特殊な属性で基本には数えないという考え方もあるそうだ。
レンは、カーズが描いた木板の絵を見て、何を伝えたいのか最初よくわからなかった。カーズの画力にも問題があったのだが、そもそも農夫としてアートの才能は必要ない。不得手であってもしょうがないのである。
カーズの画力がともかくではあったが、レンは何度もカーズの絵を見て理解した。
実はレンの生まれ育った元の世界には、この世界の魔法よりもさらに複雑な魔法を描いた創作物語が無数に溢れかえっており、カーズが魔法の種類を伝えようとしているのだと悟ると、すぐに理解したのだ。
『そっか、8つも属性があるんだ』
芸術的才能に恵まれなかったカーズが描いた絵を見て、レンは一つ一つ理解しようと頑張る。
『火と風と水と、たぶん光魔法があったから、他のも自然系かなぁ』
そう呟くと、そのまましゃがんで地面に手を当ててみる。
『なんて言えばいいのかな…』
土魔法を使おうとして、変なところで真面目なレンは、やろうとしていることは決まっているのに、かける言葉に悩んだ。
炎は『ファイヤー』で出たから、土系もそれっぽい英語で行けると考えたのだろう。しかし、架空の魔法を扱った創作物語をあまり嗜んでこなかったレンは、細かなイメージまでは浮かばなかった。
実際には、カーズ達が見せたように魔法発動のための言葉は必要ないのだが。
『日本語でもいいかな?穴よ空け』
レンが魔力を込めて唱えると、レンの手のひらよりも2回りほど広い正円形の範囲が、その円の半径ほどの深さに凹んだ。
『おおー!!』
と、レン自身が驚く。
「火魔法ほどの威力はないか。ということは、レンは火魔法がメインかな」
カーズが冷静に分析し、ミッツが「そうだな」と頷く。
女性陣だけの時は矢鱈と驚かれて戸惑ったレンだが、男性陣が加わり冷静に分析してくれることで環境が落ち着き、レンも少しだけ気楽になっていた。
『れんにいちゃんすごいすごい!!みゆもやってみる!!』
レンと同じように地面に手を当てて、今度はミーユが土魔法を試そうとするが、発動しなかった。
『あれ?もっかい、あなあけー!!』
ミーユの気合も虚しく、穴は開かない。
『僕も風は使えないから、たぶんできるのとできないのがあるんだよ』
『みゆもれんにいちゃんといっしょのがしたいなぁ』
『うーん…』
確かに、今のところレンが火と土でミーユが風である。
幼子は身近な人の持っているものを欲しがる習性がある。例えば、親の持っているものには何かと興味を示すし、兄弟であれば弟は兄の持っているものはなんでも欲しがる。
ミーユにとって、今一番身近なのがレンである。レンとお揃いの魔法が使いたいのだろう。
『じゃあ、他にも色々試してみようか。さっきミルクおねえちゃんがやってたピカーってやつやってみる?』
『やるー!!』
レンとミーユは、一緒に右掌を前に出し、上に向ける。
『光だから…フラッシュ』
『ふらーっしゅ!!』
レンが唱えると、ミーユもレンの真似をして唱える。そして、2人の掌の上に光球が生まれた。
少し…いや、かなりミーユの方が明るい。
「ええー!?」
「うそっ!?」
そして、カーズたちが異常なほど驚いた様子の声を上げ、びっくりしたレンの光球が消える。
カーズ達が驚くのは無理もない。希少属性と言われ、世界を旅した父親でもミルク以外に見たことがないという光属性使いが、同時に2人も現れたのだから。
『みゆのほうがれんにいちゃんよりおっきかったー!!』
そんな事情を知らない幼女は、光球の大きさを比べてはしゃいでいる。
せっかく皆んなが落ち着いてきたのに、またびっくりされて戸惑ったレンだが、ミーユを喜ばせるためにわざと小さく光球を作ったことで、ミーユが思ったより喜んでくれたので、笑顔でミーユの頭を撫でてやった。
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