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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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そう思っていたのは俺だけだった。

ヒョウは怪我人の経過観測行い、軽症者には南からもらった塗り薬を手渡した。無愛想に受けてる人もいるけれど中には笑顔で感謝を述べてくれる人もいる。

ヒョウはそういう風に喜んでくれると嬉しいし、もっと頑張らなくてはと思えるのだ。



朝日が登ってから日が傾くまで働いてすぐにベットに飛び込む。

地上の看護師は毎日こんなハードな生活を送っているのだと思うと尊敬してやまない。


ここの環境衛生はご存知の通り、すこぶる悪い。風呂は入らないことが日常茶飯事だし、傷口を放置するのはもちろん、裸足なのでいつ足を怪我してそこから感染症にかかるかがわからないのだ。

せめて靴があればいいのだが、地上から伝わる汚水の中から靴が百個流れてこない限り、衛生面をどうこうするのは難しい話なのだ。


「お医者さんっ、ちょっと来てくれるかい?」 


「あ、はい。」駆け足でヒョウの存在を求めている人の元に行く。


怪我を治して住民と話したりしてみると、今までで知らなかった世界が見えてくる。

街の人の暮らし。食事。生活。

それと同時に自分は西の頭首の側近……いや医者という恵まれたポジションにいるんだと知った。

ここに落ちてきた時は最悪だと何度もこの地を呪ったが、住めば都。


今ではこの実力主義の世界だと割り切って生きている。


こういう表現は悪いかもしれないが、イザヤと契約を結んだことで他の人よりも安定した生活を手に入れることが出来た。

そう思うと、彼に少し感謝する必要がある。


✱       ✱


部屋戻ると机に座り込みなにやら考え事をしているイザヤがいた。そんな姿も絵になるように美しいのがまた腹が立つ。


「おい、机は座る場所じゃないだろ?どけよ。」と言おうと思ったのだが、疲れている自分の為にわざわざベットを空けておいてくれた彼の優しさに甘えてヒョウは枕に顔をうずくめた。

スヤァ………。


「あ、おい。人が頭を悩ませてる時に何呑気に寝てるんだ。」……優しさではないようだ。

疲れた体を動かす気力がないヒョウはうつ伏せのまま動かない。


「おい聞けよヒョウ。」こちらの返答を待つことなく彼は話し始める。

「経費がねぇんだよなぁ。ケーヒ。西の復興を考える為の資金が俺のポケットマネーからじゃ、全然足りねぇ。早く考えねぇと食料費で出ていく一方だし。」


「…………イザヤ、うるさい。」

「………あ……東か南に金出して貰えばいいや。そうだ、その手があった!特にアイツだな。東。アイツの失態を全部叩きつけて、金落として、たかって、ぶんどりゃいいのか。

……………やべぇー、考えるだけで楽しくなってきたぁ。」 

こいつは毎日楽しそうでいいな、時々羨ましなる。しかしすぐに金づるにされる東は可愛そうで仕方ない。ヒョウは枕に埋めていた顔を右に動かして「北からたかれば?」と、聞いてみた。 


「もう貰った。目ン玉飛び出るほどの額な。」

イザヤは親指と人差指の先をくっつけてマネーのマークを作った。


(……あの人ならやりかねない。)


「予定してる額より多めに言うと、相手が渋って大体は予定していた額になるんだけど、あのジーさん、予定額の2倍だぜ?足りないならもっとやろう!だってよ。アハハッ、本当にあの人は金銭感覚ユルユルだよなぁ。」イザヤはどこか嬉しそうに笑った。


(……あの人ならやりかねない。)

彼はイザヤに甘々なのだ。  


「北から追加でもらってもまだ足りないのか?」


「いや、結局貰わなかっんだよ。あれ以上もらったら北が崩壊しちまうし……

        ………なんか悪ぃじゃん。」


ヒョウは目を見開いた。


「驚いたな……君にも優しさっていうものがあったんだな。」イザヤも北にはどこか優しくみえる。


「おいおい、地下国の優しさの象徴って言えば俺……西の頭首に決まってだろ?常識だぜぇ?」


「君が優しさの象徴なら明日にはきっと地下中の人々が優しさに包まれて絶滅するよ。」


「言うじゃん。」クッと笑った後に机から飛び降りてベットでぐったりとしているヒョウに恭しく、そして上品に手をのばした。


「誰もいない世界でアンタと二人きりなのも、悪かぁないかもな。」

首を傾けフワリと笑う。そんなギザなセリフも自分が女ならイチコロだったろうに………いや、嘘だ。男の自分ですら息を呑むほどのオーラを彼は持っていた。 

ヒョウは彼に手をされるがままに立たされた。そこでハッとして「そんなクソ世界、お断りだ。」といえばイザヤはケタケタと笑うのだ。

 

最近こういう何気ない話しが増えている気がする。イザヤとの会話は言葉のキャッチボールだ。会話のボキャブラリーが多い彼と話すのはケイとは違った楽しさがある。


「お前が南のところから帰ってきた日、俺になんかいいかけてたろ?」

やっと本題のようだ。イザヤはさり気なくベットに座りながら問う。


(……それが狙いかっ!)

 

イザヤは品を見定めるかのように鋭い目つきでヒョウをみる。


「……気づかれていたのか。」


「たりメェだろ?俺を誰だと思ってんだ。部下の様子ぐらい見りゃ分かる。」

さすがイザヤだ。でもヒョウは彼の部下じゃない。そこだけは譲れない。


「それで、話ってなんだ?」

ヒョウはすこし迷ったがそれもつかの間、拳を握りしめて覚悟を決めた。   


「南に行きたい。」  


「………マジで言ってんの?」

目と目をしっかりと合わせる。彼は考え込むように俯いた。黒い髪も釣られるようにサァと落ちる。  


「マジだ。俺の……やりたいことが南では実現できることを知ったんだ。そしたら南さんは『こっちで一緒に働かないか?』って誘ってくれて……。」

ヒョウは明後日の方向を向きながら

(一応、南さんとの秘密守れているよな?)と心のなかで確認していた。


「………。」


イザヤは俯いて何も言わない。その沈黙の気まずさからヒョウはポリポリと首の後ろを掻いた。

ちゃんと伝わっているのだろうか。


「だから俺は南に「駄目だ。」

ヒョウはその声の低さに驚いた。彼を見る。

イザヤは信じられないほど強い力で腕をグイリと掴んだ。


「行くなよ。」手の震えが肌を通して伝わる。

ヒョウは激しく狼狽えた。もっと簡単に言われるものだと思っていたからだ。

「あっそー」とか「そっか、じゃーなー」とまるで挨拶するかのように簡単に……。


俯いていて表情がよく分からないが肩と声が震えていた。………もしかしたら泣いているのだろうか。いやまさか彼に限ってそんなことは……。


ここに思い入れはある、したいことも少なからずあった。


(今ならまだ、やり直せる。)


けれど………けれど………。


「ごめん。」ヒョウはチャンスを逃したくなかった。イザヤを捨ててでも地上に行きたかった。


イザヤと奇妙な契約をしたときは、彼が苦手だったし何より怖かった。でも気がついたら隣りにいるのが当たり前で……それが普通になっていた。


(でも、それもそろそろ終わりだ。)


「フッ……クフフ……フフ」「……どうした?イザヤ?」


「フフフ……クッ…ふハハハハハハハ!!!アハハハハッ!!……マジで受け答えてんじゃねぇよ。フフッ……ギャハハハ!!勘が鈍いとは思ってたけど……ふふっ、ここまでとは……。」

ヒーヒーと腹を抱えながら大爆笑する彼は泣いてなどいなかった。


「…………。」


「はぁ………からかっただけだ。元々俺たちはそーゆー契約みてぇなものを結んでたろ?俺はお前の為に。お前は俺の為に。お前の技術と俺の集める地上への情報を交換した。だから俺はここで止めることはねぇし、その類の話は前々から南に聞かされてたんだ。……地上に出るためにお前が必要だってな。」


「……それも知ってたのか。」


「あぁ、こう言ったらお前はどんな反応するかと思ったが………フフフ、楽しいもんだな。」


「……悪趣味。」ヒョウがジト目でみるとイザヤはペロリと下を出した。反省の色なし。


「地上に出るんだろ?南との話でも出たんだけど………どんな方法で出るんだったっけ?確か……えーっと………。」


「気球だ。空気入れて浮く風船みたいなやつ。」


「そうそう、それだ。4文字なのになんか名前が覚えられないよな。」


「まぁ地下の世界じゃ考えられないから無理もないよ。」


「………いつ南に行きたい?」


「え?俺が決めていいのか?」ヒョウは驚いて声を上げる。


「他に誰か行くんだよ。」最後にそれくらいは決めさせてくれるらしい。


「じゃあ……一週間後。」


「オーキードーキー。それまでに荷物まとめ済ませておけよ?もう二度と戻ってこれねぇんだから。」


「……あぁ。」バタリとドアが閉まるのを最後まで見送る。


ギャングは基本、自分のテリトリーの国から出られない。争いごとがあると面倒くさいからだ。

もちろん歓楽街にお忍びで西以外のギャングが来ることもあるが、それは本来NGな行為だ。

だからここに戻ってくるには頭首から直々の命令がないと駄目なのだ。


それにしても「ふぅ…………。」自分は今、何を期待していたのだろうか。

彼が自分を引き止めてくれたことに対して、喜んでしまっていた自分がいた。

敵だらけでいつ死ぬか分からないこの世界で唯一手を差し伸べてくれたイザヤ。だがそれは悪魔のような手であり、地獄の道であったことも承知の上での苦渋の決断だった。

当然、変な事件に巻き込まるわ、薬売人に追いかけられるわ、狩り人に殺されかけるわと毎日気が気ではなかったが………。


今思えばここでの暮らしは自分のいた場所とは180度異なった場所でいかに自分が無知でぬるま湯にいたのかを嫌というほど思い知らされた。


たった一年。されど一年。 


この西の城の中で過ごした一年はたとえ契約でも、ヒョウとイザヤの間に何かを生まれさせたことは確かだ。

愛情でも友情でもない、形容し難い何かを生まれさせた。


けれど………けれど、そう思っていたのはヒョウだけだったのかもしれない。

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