第二話【収穫祭】
予定より半日程遅くなったが、無事に白芋の収穫を終える事ができた。
焼畑後の畑であるため、土中の栄養分が豊富ということもあって、白芋の育成状況はすこぶる良く豊作であった。
豊作の要因としては、この辺一帯が落葉樹の原生林であったという事と、長い年月で分厚く積み重なってきた堆肥のおかげで殆ど石がなく、作物の成長を阻害しなかった点も挙げられるだろう。
「ねえカズヒサ、そいは何ば書きよっと?」
そこまで羽ペンを走らせた所で、寝ていると思っていたチノに声をかけられた。
机の上だけを照らすように、覆いを被せていたのだがどうやら起こしてしまったようだ。
「悪い、起こしちまったか?」
「ううん、そいはよかとばってんさ。何ばしよっとかなーって思うてさ」
「あぁ、これか? 日誌だよ。せっかく字を覚えたからさ、白芋の育て方とかこれまでの事を書いてたんだ。書き残しておけば、皆が困らないだろ?」
そこまで話したところで、薄暗くて良く見えない中、微かにチノが息を飲む音が聞こえた気がした。
「······あんまり遅くまで頑張らんごとね。せっかく明日は収穫のお祝いするっちゃけん、寝坊せんごとね」
「あぁ、わかってるよ。おやすみ、チノ」
「うん、おやすみ。カズヒサ」
この晩、チノが俺に声をかけてくることはもう無かった。
女たちが忙しなく動き回る、食堂の調理場。
炎天下の中、女性陣に囲まれた俺は、滝のような汗を掻きながら大鍋の前で立ち尽くしている。
「暑い······溶けちまう」
なぜ、こんな状況になっているのかというと、モングールの女性陣が白芋の調理法を蒸かし芋以外に知らなかったからだ。
それで、俺が教えることになったのだが、夏の陽気と鍋からの熱気にすでに心は折れそうになっている。
皮を剥いた大量の白芋を大鍋で一気に茹で、馬の毛で作った漉し器で裏漉していく。
そして、ある植物を見つけた際に、偶然同じ場所で見つけた行者ニンニクの根に近い白い部分を茹で、柔らかくなったら細かく切って裏漉しする。
それらを混ぜ合わせ、そこへ干し肉から取った出し汁と牛乳を加える。さらに溶かしたチーズとウルムでコクを強くし、塩で味を調える。
あとは、皆にお披露目することになった氷室から、氷を取ってきて氷水で鍋ごとキンキンに冷やして完成だ。
ちなみに確認は取ったが、モングールの皆はネギ類を食べても問題は無いそうだ。
他にも、手間はかかったが芋をすりおろし、水に漬けて沈殿した物を天日に晒して片栗粉を作り、芋モチを作ったりなどもした。
そうこうしているうちに太陽は傾き、夕刻になっていた。
最後にフライドポテトとチップスを揚げ、調理場での俺の役目は終わった。
皆が家より光石を持ち寄り、闇を照らす。
地面に敷物が広げられ、料理が並べられていく。
農作業を終え、川で水浴びを済ませてきた男衆が戻ってくると、収穫を祝う宴が始まった。
チノが皆の前に立ち、族長として皆に語り掛ける。
「あんまい長う話すぎ、せっかくの料理が冷めてしまうけん、手短にせんばね」
チノの前置きに、おっさん達から笑い声が上がる。
「本当に、本当に今日まで、皆よう耐えてくれた! 冬には寒か中で木ば切って、根ば掘り起こしたり、春には慣れん種蒔きばして、恐ろしく大きか熊と戦って······慣れん事ばっかいが続いて、皆は不安で辛い日々ば過ごしよったと思う。そうけん、うちはこの日ば誰一人として欠けることなく迎える事ができて嬉しかし、族長として耐え抜いた一族皆の事ば誇りに思うとる」
これまでの事を思い出したように、チノは目を閉じて深く息を吸う。
そして、力強く瞼を開き、手に持つジョッキを肩の高さにまで上げて叫んだ。
「そいぎ皆、ジョッキは持ったね? 今回の収穫は始まりに過ぎんばってん、日頃の疲れも、辛かこともを全部忘れて、今は、今だけは飲んで食べて騒ぎんしゃい! 乾杯!」
チノが腕を伸ばし、勢いよくジョッキを天に掲げると同時に、皆の手にあるジョッキも乾杯の音頭と共に掲げられた。
「おう、カズヒサも前に出て何か言え!」
久しぶりの宴会に気を良くしたゲレルが、野太い声で俺を名指しする。
すると、周りの男衆も悪乗りして俺の名前をコールし始めた。
楽しく飲み食いしてるところで水を差すのも悪いため、仕方なく皆の前に立つ。
「ったく、せっかくチノが綺麗にまとめて乾杯したんだから、それで満足しとけよな!」
「うるせー! 乾杯は何回やっても良いんだよ! さっさと何か喋らんかぁ! カズヒサ!」
飛んでくる野次も、いつしか笑い声と一緒に飛んでくるようになったぁ。などと、感慨深く思わずにはいられない。
「にしてもお前ら、よくどこの馬の骨とも知らない、ぽっと出の怪しい奴に命を預けようと思ったよな?」
「自分で言ってちゃ世話ねーぞ!」
野次と同時に笑い声が巻き起こる。
「それもそうだよな。いやー、本当に俺についてきてくれて······信じてくれて、ありがとう。そういや、皆に出会ったきっかけってさ、気が付いたらいきなり見たことも聞いたことも無い世界に流れ着いてたからなんだよ。でも、目が覚めた時にはチノが傍に居てくれて、それに時間はかかっちまったけど、皆が俺を受け入れてくれてさ、すっげー俺は運が良かったんだと思う。死んでもおかしくなかったっていうより、死んで当たり前だったはずなんだ。だから、自分と同じように、飢え死にするのが目に見えてたモングールの皆を助けたい、いや、助けなきゃって思ったんだ」
いつの間にか野次や笑い声は消えていて、皆が俺の話を聞いていた。
「最初は余所者が何を言ってんだ、口を出すなって思ったかもしれない。終わりが見えない辛い作業ばかりだったから不安だったと思う。だからもう一回言わせてくれ。辛くても苦しくても、それでも投げ出さないで俺についてきてくれてありがとう。今日という日を迎えられて本当に良かった······せっかくの祝い事なのになんか湿っぽい話をして悪いな! そんじゃ、今日までお疲れさん! 乾杯!」
乾杯の音頭と共に、湧き上がる大歓声。
男も女もジョッキを傾けて飲み干し、料理に手を伸ばしていく。
「何こい! 冷えとるスープとけうまかー!」
子供達から好評の声が上がったのは、ジャガイモの冷製スープだった。
「お疲れさま、カズヒサ」
「おう、ほんとに無茶振りが好きな奴らだよ」
「ふふ、そうやねぇ」
チノの手に目を向けると、フライドポテトを忙しなく口に運んでいるのが見て取れた。
それにしっかりと合間に芋モチを食べ、スープを飲んでいるのが抜け目なくて、そこがまたチノらしくて笑えた。
「どーだ止まらないだろ?」
「うん! 白芋はすごかばい。手の止まらんもん」
「そうかそうか」
本当に美味しそうに食べる姿を見て、暑い中作った甲斐があったと思わずにはいられない。
「おかわり取ってくる!」
「おいおい、取り過ぎるなよー」
辺りを見ると、皆は楽しそうに飲んでは食べ、ゲレルを含むオッサン衆に至っては、楽器を持ち寄って演奏を始め、そのリズムに合わせて老若男女構わず踊りだす始末だ。
皆、沢山のものを抱え込んでいたのだろう。それが一気に解き放たれればこうなるのも無理はない。
「そういや、この世界に来た日も満月だったな」
ふと見上げた空には、あの日と同じ満月が昇っていて、優しい光が照らしてくれていた。
何度見ても慣れない大きさだが、これはこれで有りだと順応してしまっている自分に笑ってしまうも、山盛りにポテトを乗せた器を持つチノが帰ってくるのが見え、その笑みは苦笑いに変わってしまったのだった。




