第三話【騎士の名は】
金属同士が激しくぶつかり合う、甲高い音が鳴り響いている。
発生源は、月の光を浴びて白銀に輝くサーベルと、闇夜に溶け込んでしまいそうな漆黒の大盾。
一方的に凄まじい剣技が繰り出され、襲い来る刃を紙一重の所で受け止める攻防が続く。
しかし、その全ての刃を受けることはできてはいなかった。大盾に生じた僅かな隙を縫うように、サーベルはバルサルクの身体を斬りつける。
重厚な防具を身に纏っているにも関わらず、繰り出される刺突は易々と鎧を貫き、その穴からは血が滲み出ていた。
「流石は近衛騎士筆頭、我が斬撃を前にここまで耐えるとは、盾の騎士の称号は伊達ではないようだな」
「はぁ······聖騎士筆頭に······褒められるとは······はぁ······光栄ですね」
バルサルクとは対照的に、息を切らすことなくサーベルを振るい続けるレオナルドは、一度サーベルを引いて素早く構え直す。
「だが······それもここまで。お前が再起不能になる前に決着を付けてやろう······」
膝を曲げ、それによって生まれた発条で後方に預けていた重心を、前方へと一気に跳ね飛ばす。
「はぁっ!」
そこから放たれた一撃は、一直線の軌道を描く純粋な突き。
鋭利な切っ先が、大盾の支点を正確に捕えた。
レオナルドの突きの一撃は重く、大きい体格の差があるにも拘わらずバルサルクを大楯ごと吹き飛ばした。
だが、その会心の突きを放ったはずの、レオナルドは微かに眉を顰めていた。
激しい音を響かせ、ウルスラのすぐ傍の壁にバルサルクの身体は叩きつけられる。
「流石に辛そうじゃな、バル」
土煙が舞う中、ウルスラは大盾を杖代わりにして立ち上がろうとするバルサルクに問いかけた。
「ぐっ······はぁ······はぁ······始めからこうなると······分っていたでしょうに······」
息を切れぎれの従者は、不服そうに主へと答えた。
「命のやり取りをしている最中に談笑とは、随分と余裕ですな?」
軽口を交わす二人へと歩み寄ったレオナルドは、険しい面持ちで口を挿む。
「相変わらず其方は堅苦しいな。しかし、その表情には迷いが見える」
「······それも殿下が持つという、数ある加護の内の一つですかな?」
「いや、人心を見透かすような加護など、妾は持ち合わせてはおらぬよ」
「まだまだ私も未熟者ですな······どうかウルスラ様ここは互いに剣を引き、この私に貴女様の身を委ねては頂けませぬでしょうか? 必ずや、我が主であるアレックス殿下を説得してみせます。私はこれ以上、実の御兄弟で争われるの姿を見たくはないのです······!」
レオナルドは一度剣を鞘に納め、頭を下げて頼んだ。
「そうじゃな······ならば妾からも其方に頼もう」
「殿下······!」
願いが聞き入れられたと思い、レオナルドは顔を上げる。
しかし、ウルスラの出した結論は異なるものだった。
「レオナルドよ、剣を引いてはくれぬか? 妾は優秀な聖騎士である其方が死ぬ姿を見とうない」
「それは······どう言う意味ですかな?」
「そのままの意味じゃ。このまま剣を振るい続ければ、其方は必ず我が従僕の手によって殺されてしまうだろう。それに、兄上は妾の事を許すことは絶対にありえない」
「確かに、貴女様の騎士は強い。ですが、この私との実力の差は明らかです」
「そうじゃな······だが其方も感じ取っておるはずじゃ」
「何のことですかな······?」
「ふふっ、決まっておろう。我が父上より授けられたその金剛鉄の剣が、なぜ聖騎士ですらないバルサルクの盾を貫けなかったのか······とな」
数瞬の間、レオナルドは目を見開きバルサルクの方を見つめると、納得したように表情が戻る。
「なるほど、どうりで見覚えがあると······」
「我が願いを聞き入れてはくださらぬのですね?」
「すまぬな、兄上に騎士の誓いをした其方に、頭を下げさせるなど妾は酷な事をした」
「構いません、私は我が主に忠誠を尽くすのみ。せめて、あの方の手ではなく我が剣を以て、貴女様の命を頂戴致しましょう」
レオナルドは剣の柄に手を掛けて、白銀の刀身を鞘から引き抜く。
「罪を焼払う業炎よ、今こそ刀身を紅く染めよ!」
レオナルドがそう叫んだ次の瞬間、白銀の剣は炎を纏い、闇夜を明るく照らし出した。
「これが業炎の加護······凄まじい熱量じゃな······」
ウルスラは、温度差によって生じる強い風と熱気を遮るように、口元を腕で隠しながら呟く。
その時、隣に居たバルサルクが飛び出した。
歯を食いしばり、鎧の下にある全身に筋肉を一気に隆起させると、大盾を拳代わりにして渾身の一撃をレオナルドに放った。
バルサルクとレオナルドの体格差は大きい。実際に大盾を剣で受け止めたレオナルドは、大盾と共に大きく後ろへと下げられる。
だが、地面を抉っていた足はすぐに止まった。
「重く良い一撃だ······だが、この程度の力では聖騎士には届かぬ!」
刀身を覆う炎が一段と強く燃え上がる。そして、バックステップで一度距離を取ったレオナルドは、先ほどと同じように刺突を繰り出した。
「灰と成れ、勇敢な騎士よ!」
その刃の切っ先が大盾に触れたその瞬間、強烈な炎が発せられ、吹き飛ばされるバルサルクを容易く飲み込んでしまった。
「盾で炎を防いだか······だが、板金鎧が仇となったな。肉が焼け、激痛でしばらくは立つことすら難しいだろう」
炎と共に数度、地面に叩きつけられたバルサルクが動くことは無く、鎧からは煙が立ち上っている。
「決着です殿下。貴女様にこの刃を向けたくはありませぬ。どうか、恐れずに我が手をお取りください······」
足元に倒れる従者を悲しげな瞳で見つめるウルスラは、ポツリ、ポツリと言葉を溢す。
「恐れずに······か······それは無理な話じゃ。妾は恐ろしい······これから起こる事を考えると······な······死ぬでないぞ、レオナルド」
「いったい何を―――」
ウルスラは問いかけを遮るように口を開いた。
「バルサルク・ワイズマン、妾が其方に与えた名の呪縛を解き、真名を返そう······」
二人の周囲を不規則な風が走り始める。
「必ず······必ずや妾が······其方を人に戻すと誓おう!」
深く息を吸い決意を固めたウルスラは、涙が浮かぶその瞳を開き、その名を叫んだ。
「目覚めよ······狂戦士!」




