第78話
先手必勝。
アキトが飛び立し、コボルトの首を両断した。
そして、アキトの動きが一瞬止まる……視線の先には、転がったコボルトの頭、血が噴き出す首の断面、ゆっくりと倒れる身体。
ティンファも飛び出し、槍でコボルトの首を突く。
『ガゲッ』
「っ!!」
『ガウウウウウ!!』
残りの一体が、ティンファに覆いかぶさる。
いつもなら回避できたはず。だが、アキトも硬直しており、ティンファも動きが遅れた。
俺は剣を抜こうとしたが、アキトが速かった……コボルトを殴り、掴み、ティンファから引き剥がしたのだ。
そして、剣で刺そうとしたが……動きが止まる。ティンファも無言で槍を構えるが、顔が真っ青だ。
『グガアアア!!』
「う、あ、あああああああ!!」
アキトは、双剣の一本をコボルトの首に刺した。
ティンファは……動けなかった。震えたまま動かず、ただアキトを見ていた。
コボルトは死亡……アキトは震えながら、コボルトに刺さった剣の柄を握りしめていた。
「う、ぶ……おええええええええっ」
ティンファが嘔吐した。
アキトは動けず、ガタガタ震えている。
ここで俺はゆっくりとアキトの背後に近づく。
「ッ!!」
「落ち着け、終わった」
アキトが、もう一本の剣で俺に斬りかかってきたので、俺は自分の剣で受けた。
俺はアキトの手を掴み、ゆっくりと指を外し、コボルトの首から剣を抜く。
そして、カバンから水のボトルを二本出し、アキトに言う。
「ティンファのこと、頼めるか?」
「…………ぁ」
「……わかった。そのままでいい、ゆっくり呼吸をして待ってろ」
俺は手早くコボルトの死体を一か所にまとめ、火を付けた。
◇◇◇◇◇
コボルトの巣を壊し、討伐の証であるコボルトの耳を瓶に入れてカバンへ。
水のボトルの蓋を開け、一本をアキトへ、もう一本をティンファへ。
ティンファを立たせ、ハンカチで口の周りを拭き、ゆっくり水を飲ませた。
「この先に川が流れてる。今日はそこで野営をするぞ」
「「…………」」
二人はうんともすんとも言わない。
俺が歩き出すと、二人は付いて来る。
川べりで野営の支度をする……街に帰ろうと思えば帰れるが、今は静かな場所でゆっくりさせた方がいい。それに、俺も話したいことがある。
俺はテントを組み、石を集めて竈をつくり、移動しながら拾っていた枝で火を付けた。
お湯を沸かし、お茶を入れて二人へ。
俺は二人がお茶を飲んだタイミングで言った。
「今日、お前たちは初めて魔獣を『殺した』……命を奪った。感想を聞かせてくれ」
「「…………」」
これが、冒険者を続ける上で避けては通れない『道』だ。
命を奪う……それが魔獣であろうと、命を奪うことに変わりはない。
「刃を通して、肉の感触が、血の温かさが、命が失われる感覚を味わったと思う。忘れるな……普段からお前たちが言ってる『魔獣討伐』っていうのは、命を奪うってことだ」
「……はい」
「……ううう」
ようやく、実感したのだろう。
魔獣討伐というのは、決して楽なことではない。
自分の命が危険に晒されることはもちろん、命を奪うという行いもしなくてはならない。
「俺も最初はそうだった。命を奪うってことが、キツくてキツくてな……」
「師匠も、ですか?」
「当り前だろ」
三十五年もこの世界で生きているが、俺はもともと普通の日本人だ。動物を殺したことなんてあるわけないし、魔獣なんて殺そうと思ったこともない。
日本社会でのんのんと暮らしていた人間が、異世界で魔獣なんて殺せるわけがない。もし転生者で何のためらいもなく生物を殺して「レベルアップだ!」なんて喜ぶやつがいたら、そいつは間違いなく狂人だし、頭がおかしいとしか思えない。
俺は鍋に乾燥野菜を投入する。
「慣れるしかないんだ。魔獣殺しに。でもな……忘れるな、命を奪い、生きてるってことを。決して忘れるなよ」
「「…………」」
俺は自家製の鶏がらスープの素を入れ、これまた自分で作った生卵用ケースから生卵を取り出し、スープに入れて混ぜる。
自己流の卵スープが完成。器によそって二人へ。
二人は沈んだ顔でスープを一口……すると、目を見開いた。
「お、おいしい……」
「んまい!! 師匠、これ美味しいです!!」
「だろ? 鶏がらスープの素、けっこう苦労したけど自信作なんだ」
ようやく元気になった二人。スープを完食し、ようやく落ち着いた。
ティンファは、自分が嘔吐したのを思いだしたのか、クンクンとニオイを嗅ぐ。
「うー、ちょっとニオイする……師匠、水浴びしていいですか?」
「いいぞ。着替え、タオルはちゃんと持っていけよ。裸でこっち来るなよ?」
「はぁい。そんな言わなくても大丈夫ですよー」
俺はいいけど、同い年のアキトがいるからダメだっての。裸で遭遇イベントは美味しいけど、俺は興味ないし、アキトには刺激が強い……俺がいるうちは絶対ダメだ。
ティンファが川へ行き、俺はアキトと二人で話す。
「どうだ? 冒険者、やっていけそうか?」
「……やれます。それに、忘れません……命を奪うという重さを。ボク、自分の剣があんなに重く感じたの、初めてです。あれが……命の重さ、なんですね」
「ああ。それが理解できてるなら、お前は大丈夫だ。ティンファも」
「……はい!!
アキトは強く頷いた。
これで、最初の試練は終わり。乗り越えただろう。
ティンファもきっと同じ……。
「わあああああああああ!?」
と、叫び声。
川沿いから、ティンファの叫び声が聞こえて来た。
「ティンファ、どうした!?」
「し、師匠、でっかいヘビ!!」
そこまで聞き、俺は剣を手に立ち上がる。
アキトもすでに自分の剣、そしてティンファの槍を手に立ち上がり、俺より早くティンファの元へ。
「ティンファ、槍!!」
「ありがと!!」
ティンファ、裸……ええい、んなこと言ってる場合じゃない。
アキトは素っ裸のティンファに槍を投げ、自分の双剣を抜いて並ぶ……うわあ、二人とも意識してないのか、デカいヘビしか見えてない。
デカいヘビ……確かにでかい。五メートルくらいで、三十センチ以上の太さだ。
俺は剣を抜こうとしてやめた。すでに二人がやる気になっている。
「スキル……」
「スキル……!!」
アキトが剣を交差し、ティンファが槍を構える。
「『クロスエッジ』!!」
「『紫電突き』!!」
双剣がデカいヘビの頭を斬り裂き、突きが胴体に突き刺さった。
もう、命を奪うことに怯えはない。自分が生きるために命を奪う覚悟ができていた。
冒険者として、一つの階段を上った姿が、俺には見えていた。
「やった!! あたしたちの勝ち!!」
「だね。ティンファ、いい一撃……っぶ」
「ん、どったの?」
「あ、いや、その、うっ」
おお、アキトがティンファの裸をモロに見て顔を真っ赤に……しかも鼻血も出てる。女の裸で鼻血を出すやつ初めて見た。
そして、ティンファは自分が裸だと気付き、アキトを見て頬を染め、胸と下を隠す。
「な、なんかあんたに見られたくないし。あっち行って!!」
「ご、ごめん!!」
アキトは俺の横を通ってダッシュで消えた。アキトがいなくなり安心したのか、俺の前に普通に隠しもせず来るティンファ。
「師匠、あたしもう大丈夫です!! 命を奪う覚悟……できました!!」
「そうか。ていうか……隠せ」
「はぁい。アキトに見られるのなんかイヤだけど、師匠は別にいいなーなんて」
男として見られていないのか……まあ別にいいし、発育がいいとはいえ友人の子供の裸を見て興奮するようなヘンタイでもない。
とりあえず、アキトが心配だし様子を見に行くか……ラッキースケベなイベント、普通におきてしまったぜ。




