第58話
「うーす、戻ったぜー」
俺はポータムの冒険者ギルド、ギルマスの部屋に入る。
中には、窓際で煙草を吹かすグレース……相変わらず、安っぽい煙草を吸ってるな。
グレースが振り返ると煙草を消し、ソファへ促した。
ソファに座り、土産の荷物をテーブルに置くと、グレースも座って足を組む。
「聞いたぞ。スーリヤの汚染水問題を解決したそうだな」
「いきなりだな……ていうか、解決したのは今を代表する五人のS級冒険者、『極星五傑』だ。マルセリア王国最高の観光地が救われたってことで、あいつらの名前はまた上がったようだな」
「……お前は裏で、汚染水問題の元凶とやりあった、というところか? 表舞台では五人が派手に戦い、裏では真の元凶をお前が倒す……」
「…………な、なんのことやら」
こいつ、どっかで見てたんじゃないか……いやまさかな。
「ていうかお前。レグナフィリアと文通してたのかよ」
「問題あるか? 彼女は私の師でもある。お前もだろう?」
「まあそうだけど……てか、俺のこと話題にするのやめろよ」
「彼女が知りたがっているから仕方あるまい。それはそうとして、別荘はどうだった?」
「最高」
いやマジで。
こいつのおかげで、スーリヤのバカンスは最高だったとマジで言える。
グレースは煙管を咥え、指パッチンで火を付ける。
「ふー……それならよかった。私も、休暇が取れたら行くとしよう」
「そうしろそうしろ。あそこ、娯楽多いし一人でも楽しめるぞ」
「おや、お前は付き合ってくれないのか?」
「悪いな。バカンスは一年に一度って決めてるんだ」
俺は適当にあしらい、土産の荷物を手に取る。
「土産もあるぞ。こっちは酒、こっちも酒、これも酒。これはスーリヤ産の煙草、あとやっぱり酒。んでこれは酒入クッキー」
「……酒ばかりだな」
「煙草もあるだろ。お前、その煙草しか吸わないし……」
「…………死んだ旦那が好きだった煙草だ」
「あー、うん、すまん」
やべ、ちょっと地雷だった……どうしよう。
そう思ったが、グレースは煙草の缶を掴んで片手で器用に蓋を開け、ニオイを嗅ぐ。
そして、煙管の灰を落として新しい煙草を入れ、火を付けて吸った。
「……悪くない」
「い、いいのか?」
「ああ。そうだな……一年に一度くらいは、こういう味を楽しむのもいい」
「あーはいはい、そうですか」
気に入ってもらえたなら何より。
煙の香り……なんだろう、少しフルーツ系の香りがした。
「ところで、お前の教え子五人はどうした?」
「どうしたも何も、フツーに王都へ戻って仕事再開だ。エルレインは冒険者、ファルカは修行、キュレネは劇場経営、スティンギールは大学教授、アストライアは王宮魔法士。みんな忙しい日々に逆戻り」
「ほう」
「アルテミウスたちも、王都で冒険者稼業を再開したようだ。今度、C級の昇格試験を受けるみたいだぜ」
「ふむ、順調に成長しているようだ」
そういや、アルテミウスたちの今の実力、ちゃんと見てないな。
まあ……大丈夫だろう。子供っていうのもあるけど、自身の成長で悩んでいるようなら、バカンスであんなにはしゃいで楽しめない。
俺はソファに深くもたれかかる。
「アルノー。お前はこれからどうする?」
「どうするも何も、変わらないさ。ちょっと家で休んでから、また依頼を受けて、その金で酒飲んで、また明日……って感じ」
「変わらないな。まあ、お前らしい」
「だろ?」
俺はこれでいいんだ。
特殊な力があるからって、それをひけらかし、目立つようなことはしたくない。
平穏に、穏やかに。でも……自分が関わった大事なものを守るためにだけ、その力を振るって戦う。俺には、それくらいでちょうどいい。
グレースはニヤリと笑い、俺の土産の酒を見て言う。
「これだけの量、消費をするのは少し大変だな。アルノー、今夜どうだ?」
「いいね。あ、シモンとかミアも呼んでいいか? 久しぶりにあいつらとも飲みたい。場所は……オーバル爺さんの屋台にしようぜ。あそこ持ち込み大丈夫だし、爺さんの煮込みも久しぶりに食いてえ」
「いいだろう。ふふ、久しぶりに美味い酒が飲めそうだ」
グレース、たまに見せるこういう笑みが正直たまらないんだよな……俺と同い年のはずなんだが、どこか子供っぽいというか。俺なんてオッサン化がどんどん加速しているのに。
ちょっとからかってみようかな。
「んだよお前、俺と飲みたかったのか? 同期の中だし、言えば付き合うぞ」
「ありがたいな。と……同期で思い出した。カムドとショコラのことは覚えているか?」
「ああ、もちろん……懐かしいな。あいつら、確か冒険者になって一年くらいで冒険者引退したよな。ショコラは家がやってるパン屋を継ぐためとか言って、カムドは実家に帰らなきゃいけないとか言って」
「ああ、お前はそう聞いているのか。実は違う。カムドがショコラを妊娠させたから、二人は冒険ではなく平穏を選択し、ショコラの実家が経営しているパン屋で働くことに決めたんだ」
「え」
ま、マジ……に、妊娠? え、十五歳で? いやでも……できることはできるんだよな。てか、嘘だろ……知らなかった。
唖然としていると、グレースがニヤリと笑う……う、嫌な予感。
「二人の間に生まれた娘、ティンファという名前なのだが……この子はいい子でな。実家のパン矢を継ぐつもりのようだが、若いころに両親が冒険者をやっていたと聞いて、どうもそっちの道も考えるようになったそうだ。で……ジョブを調べたところ」
「ま、待て。お前、何を言い出すつもりだ」
「最後まで聞け。それで、ティンファのジョブだが……なんと『槍聖』。レジェンドジョブだったことが判明した。これがわかったのは二か月前……それで今、ティンファは自己流で槍の鍛錬をしている」
「自己流?」
「カムドは『格闘士』で、ショコラは『弓士』だからな。あの二人の住むところはマルセリア王国ではなく、隣国のタクニキ王国だからな」
「……おい、まさか」
グレースは胸の谷間から、一枚の依頼書を出して俺に放る。
その依頼書を掴む……なんだか生暖かいぞ。
「お前に指名依頼だ。タクニキ帝国にいるティンファに、槍の指導をしろ。依頼人は同期のカムド、ショコラ。出発は三日後だ」
「はあああああああああああああああ!? おま、俺、バカンス終わったばかりで、普通の依頼を」
「指名依頼も普通だろう? 安心しろ。路銀は前金から、残りの報酬は依頼後だ」
「…………俺の普通とお前の普通、絶対意味違うぞ」
こうして、俺は三日後に隣国であるタクニキ王国へ向かうことになるのだった。
はあ……三十五歳、異世界で冒険者やるのも一苦労だぜ。




