第1話
第一話
「俺はアルノー、唐突だが……異世界転生者だ」
そんな自己紹介をしても、周囲の誰も信じやしないだろう。
いや、そもそも俺自身、転生したこと自体は知っているが、あまり大げさに思ってはいない。平凡に生きてきた結果、こうして三十五歳になり、D級冒険者としてのその日暮らしを続けている。
「ふあぁ……今日もいい天気だな。朝日が目に染みるぜ~……なんてな」
俺はベッドから伸びをしながら天井を眺める。
外から差し込む朝の光が部屋を照らし、鳥の声が耳に届く。
部屋は小さいが居心地は悪くない。机の上には簡素な食器、片隅には剣や盾、そして静かに置かれたアイテムボックスが、今日も俺の生活を支えてくれる。
ベッド横の剣は、何度も研ぎ直して切れ味が落ちている。
それでも十五年以上使ってきた相棒のような存在だ。手に取ると、無意識に握り方や刃の角度まで体が覚えている。まるで古い友人に挨拶するような感覚だ。
ゆっくり布団を畳み、着替えを済ませる。
冒険者としての装備は最低限のものだけ。身につける服も丈夫で簡素なものばかりで、派手な装飾はない。俺はこれで十分だ。これ以上は望まない。
キッチンで朝食を作る。卵を焼き、残り物の野菜を炒める。
簡単な料理だが、俺は料理が得意だ。前世の知識も役に立つ。少し塩を足すだけで、異世界の野菜でもぐっと美味しくなる。焼き上がった卵を皿に盛り付け、湯気の立つご飯とともにテーブルに置く。
「いただきます」
いただきますの挨拶。この世界の人たちはしない……なんというか、俺の場合は習慣だったし、普通にする。この習慣はなくさないようにしている。なんというか……自分が日本人だったこと、忘れたくないんだよなあ。
一口かじると、ふぅっと息を吐く……うん、我ながらうまい。
昨日の討伐依頼で少し疲れていた体に、料理が染み渡る。
食後は軽く掃除をして、身支度を整える。
今日はギルドに寄って、新しい依頼の確認をする日だ。
街に出ると、町は活気に満ちていた。市場には商人が並び、子供たちが笑いながら駆け回る。通りを歩く人々は冒険者に慣れており、俺のようなD級でもさほど珍しがられない。
それでも、俺が持つ戦闘力を知る者は、ちらりと視線を向けることがある。
「アルノー、今日も行くんだろ?」
「おーう、あとで顔出すぜ」
声をかけてきたのは、いつもの酒場の店主だ。
軽く挨拶をし、店主は「いつのも酒が値上がりした」だの「お前らに食わせるためにこんな早くから仕込みしてる」と愚痴をこぼす。
毎日顔を合わせていると、まるで兄弟のような気軽さがある。
ギルドに向かう途中、俺は装備の点検をする。
剣は研ぎ直され、鎧の簡素な金具も問題ない。健康な身体が何よりの資本だ。
転生者である恩恵もここにあるのか、疲れの回復が異様に早い。風邪もほとんどひかない。まあ、特別扱いされるほどでもないが、便利な体質ではある。
ギルドに到着すると、すでに冒険者たちで賑わっていた。
新人たちが依頼書を眺め、報告や受注で走り回る。
俺はその喧騒をよそに、掲示板を眺めながらゆっくり歩く。
「さて……今日の飯代はどう稼ぐか」
貼り出された依頼書は、ゴブリン討伐や素材採取など、D級向けの簡単なものばかり。
一件あたりの報酬は銅貨数枚で、多くても銀貨数枚だ。食事代、宿代を差っ引けばほとんど残らない。
けれど、これで十分だ。俺は頑張りすぎない。ほどほどに稼いで生きる、それがモットーだから。
そんな俺を、周囲は「実力あるのに伸びない変人」と見ているようだ。
まあ……俺は気にしない。好きに生きる、それだけで十分だ。
依頼を受ける際、ギルドの受付嬢リアナが声をかけてきた。
「アルノーさん、今日も同じような依頼ですか?」
「同じようなのってなんだよ……まあうん、今日はゴブリン討伐だ。さっさと終わらせる」
「さすがですね……でも、もっと難しい依頼を受けたらどうです?」
「いや、俺はほどほどでいいんだ。ほどほどに。それがモットーだしな」
「はいはい。はい、依頼確認しました。がんばってくださいね~」
リアナは軽く言い、ひらひら手を振った。
俺は街を抜けて依頼現場へ向かう。
街道を歩きながら、ふとジョブのことを考える。
「おっと……『剣士』だな、よし」
ジョブ。
それは、冒険者……というか、この世界の人が持つ『職業』だ。
まあ、異世界転生にありがちなものだ。この世界は剣と魔法のファンタジーだし、異世界転生モノの漫画やラノベを見たことがある俺としては、驚きよりも喜びが大きかった。
そして、俺は転生者。ジョブもまたチート!! ……なんて、思ったこともあった。
冒険者が持つジョブは『剣士』や『槍士』や『斧士』とかの武闘系。『法士』や『魔法士』や『祈祷士』とかの魔法系などがある。冒険者向きじゃないので言えば『裁縫士』とか『鑑定士』とか……そして『詐欺士』とか『奴隷商人』とか、悪者みたいなジョブもある。
さて、俺の異世界転生者ならではのチートなジョブは……『自由人』だ。
なんのこっちゃ? 自由人って……無職?
まあ違う。これはけっこう特殊なジョブで、なんといろんなジョブを習得することができるジョブなのだ。一人一つしか持たない、変えることができないジョブをいくつも所有し、状況に応じて切り替えることができる。
とりあえず、俺は『剣士』のジョブを持つ冒険者っていう設定にしている。
このジョブについて周囲には秘密。仲間ができれば、この特異性が面倒なことになるからだ。
◇◇◇◇◇◇
依頼現場の森は薄暗く、樹木の間から差し込む光が斑模様を作っている。
足元の落ち葉を踏む音だけが、静寂の中で響く。ゴブリンの気配は確かにある。
耳を澄ますと、小さな足音と低い唸り声が聞こえた。
「いたいた……さて、仕事開始だな」
剣を腰から抜き、軽く構える。
剣先に手のひらを添え、微妙な角度で握る。
戦いの間、身体が自然に動く。前世の知識も役に立つが、長年の経験が、もっと正確に反応を導く。
『ギャウッ!!』
視界の端で、最初のゴブリンが姿を現す。
身長は俺の肩ほどで、灰色の毛皮に覆われ、鋭い牙をむき出しにしている。片手には錆びた短剣を持ち、低い唸り声をあげながらこちらに突進してくる。
「おっと、こっちか」
軽く体をひねり、剣を振るう。
刃先がゴブリンの腕にかすめ、相手は叫び声を上げてよろめく。
だが、完全には倒れない。油断は禁物だ。
『ウギャウウウ!!』
森の奥から、もう一体が現れた。
今度は二体同時に来る。数で攻めてくるのがゴブリンの戦法だ。
俺は冷静に距離を取りながら、再び剣を振るう。
斬撃が一体の肩を切り裂き、もう一体の足元を斬り込む。
互いにうめき声をあげながら、戦闘が続き……俺は二体を討伐した。
「ふぅ……いつも通りだな。おーし、出たでた」
戦闘音を聞き、ゴブリンが集まってきた。
呼吸を整えつつ、再び攻撃。
戦いの中で身体は瞬時に判断する。ゴブリンの動きの癖、攻撃のタイミング、どの角度で回避すれば安全か。これまでの十五年の経験が、全て体に染みついている。
『ギャウウ!!』
「お、そーくるか」
ゴブリンの一体が投げ槍の構えを見せる。
間合いを詰めればこちらの勝ちだが、軽くかわすと投げ槍は空を切った。
間髪入れずに斬撃を入れ、相手の脚をかすめてよろめかせる。もう一体は背後に回り込もうとする。
「……よーし、せっかくだ」
そこで、ふと思い出す。俺の本当のジョブは『自由人』だ。
普段は「剣士」に設定しているが、状況によってジョブを切り替えられる特典がある。ゴブリン退治のこの場面では、剣士としてのスキルで十分だが、少しだけ便利な魔法も使える。
ジョブを『魔法士』に変更し、初級スキルの『ファイアバレット』を発動させる。
「よし、ちょっと火魔法。こんがり焼けな!!」
掌に魔力を集中させ、炎の弾を一体に向けて飛ばす。
小さな火球がゴブリンの胸を直撃し、相手は悲鳴をあげて後退する。火魔法の使用は最小限だ。無駄に派手にすると、周囲に目立ってしまうし、何よりD級の仕事ではこれで十分だ。
斬撃と魔法を組み合わせ、二体のゴブリンを追い詰める。
剣を振りながら考える。相手の攻撃パターンは単純だが、油断すると致命傷を受けかねない。
だからこそ、少しでも動きを予測しながら、無駄のない攻撃を繰り出す。
「むっ? ほほー、そうくるか」
一体目が斜めから突進してきた。
剣を受け止め、腰を落として相手をはじく。
そのまま反動を利用して刃を斬り込む。肩に深い傷が入り、ゴブリンは呻き声をあげて倒れた。
もう一体も警戒しつつ後退するが、こちらの剣の速さにはついてこられない。
「よし……これで終わりか」
最後の一撃を入れる。
軽く斬り込むだけで、ゴブリンは動かなくなる。
森に再び静寂が訪れた。息を整え、剣を肩に担ぐ。汗が額を伝い、少し息が上がっているが、特別疲れてはいない。
健康な身体が、こうした戦いを支えてくれるのだ。
倒したゴブリンを確認し、戦利品を拾う。
獣皮や短剣、少量の銅貨……このゴブリンが倒した冒険者の遺品だなこりゃ。
これで報酬の一部になる。普通のD級依頼では十分な成果だ。
「さ~て、ギルドに戻るか」
森を抜け、街道を歩きながら、戦いの余韻を楽しむ。
戦闘は日常の一部だが、こうして無事に終えられると少しだけ充実感がある。
これが俺の一日。異世界転生者だけど、現地民と変わりない平凡な一日だ。




