04.
ここから新展開です!
週末の午後。穏やかな日差しが差し込む中、昼神聖華はエコバッグを手にマンションのエントランスを出た。
特売のチラシを思い浮かべながら、夕飯の買い出しに向かおうとした矢先のことである。
自動ドアの向こうから、見慣れた人影が気怠げな足取りで歩いてくるのが見えた。
少し猫背気味の姿勢と、世の中のすべてに達観したような凪いだ瞳。
間違いない。隣に住むクラスメイトであり、聖華が密かに想いを寄せる相手、阿智奉太郎だ。
彼の右手には、コンビニの小さなレジ袋が提げられていた。
「あれ、阿智くん。買い物帰り?」
聖華が明るく声をかけると、奉太郎は歩みを止めてこちらに視線を向けた。
「ああ。まあな」
短い返事とともに、奉太郎が再び歩き出そうとした瞬間だった。
ぽとっ、と嫌な音が足元で鳴る。
彼の提げていた薄っぺらいレジ袋の隙間から、何かがアスファルトの上にこぼれ落ちたのだ。
聖華は反射的にしゃがみ込み、それを拾い上げた。
銀色のパッケージに、太字で栄養素が書かれたゼリー飲料である。
嫌な予感がして、聖華は立ち上がりざまに奉太郎のレジ袋の中を覗き込んだ。
そこには、同じ種類のゼリー飲料が数個と、ブロックタイプの栄養補助食品しか入っていなかった。
「ちょっ、えっ! ご飯、これだけ!?」
「腹に入れば同じだろ。食べる時間も惜しいし、これで済ませる」
信じられない言葉に、聖華はガックリと項垂れ、危うく膝から崩れ落ちそうになった。
昨日「毎日はやりすぎだ」と理詰めで断られたからといって、まさか翌日にこんなエサのような食生活に戻ってしまうとは。
いくらなんでも極端すぎる。
(あんなの食べ続けたら、阿智くんが死んじゃう!)
聖華の胸の中で、強烈なオカン魂と乙女心が爆発した。
どうにかして彼に、温かくて栄養のあるご飯を食べさせなければならない。
しかし、ただ「作ってあげる」と言えば、また義理がないと冷たく突き返されてしまうだろう。
ぐるぐると頭を回転させ、聖華の脳内にひとつの閃きが舞い降りた。
これなら、あの理屈っぽくて塩対応な彼でも文句は言えないはずだ。
「ねえ阿智くん! あたし、これからお米とかお水とか、すっごく重いものを買おうと思ってたの!」
「そうか。気をつけてな」
「だから、荷物持ちして! 労働の対価として、今日の夕飯作ってあげるから!」
背中を向けて歩き出そうとした奉太郎の腕を、ガシッと両手で掴む。
奉太郎は振り返り、面倒くさそうに短く息を吐いた。
「今帰ってきたばかりなんだけど」
「これは助け合いじゃなくて『取引』! 労働に対する報酬なんだから、他人とか義理とか関係ないでしょ!」
ビシッと指を突きつけ、強気のギャルモードで言い放つ。
奉太郎は少しだけ目を瞬かせ、思考するように視線を宙に泳がせた。
数秒の沈黙の後、彼は小さく頷いた。
「なるほど。労働の対価なら、確かに遠慮する理由はないな」
「でしょでしょ! じゃあ決定、スーパー行くよ!」
あっさりと陥落した奉太郎の腕を引き、聖華は意気揚々と歩き出した。
背中越しに見えない尻尾をパタパタと振り回し、内心で歓喜のガッツポーズを決める。
彼にとってはただの荷物持ちという労働かもしれないが、聖華にとっては実質的なお買い物デートである。
スーパーに到着すると、奉太郎は本当に荷物持ちとして、カゴを片手に淡々と後ろをついてきた。
冷房の効いた鮮魚コーナーや精肉コーナーを並んで歩く。
その姿は完全に尻に敷かれた新婚の旦那のようで、聖華の頬は緩みっぱなしだった。
「今日は豚肉がお買い得だね! 体力つくように、生姜焼きにしよっか!」
「勝手にしてくれ。俺は運ぶだけだ」
そっけない態度の奉太郎だが、聖華がカゴに入れた特売の豚肉やタマネギを文句も言わずに持ち歩いてくれる。
その不器用な優しさに、聖華はさらに胸をときめかせるのだった。
◇
買い出しを終え、二人はマンションへと戻ってきた。
エレベーターを降り、奉太郎が自室の鍵を取り出してドアノブに差し込む。
ガチャリ、と重い金属音が響き、ドアが内側へと開かれた。
「ほら、入れよ」
「お、お邪魔しまぁす!」
促されるままに、聖華は奉太郎の部屋に足を踏み入れた。
その瞬間、ドクンッと心臓が大きく跳ねた。
以前にも雨の日に上がり込んだり、お弁当のおかずを届けたりしたことはある。
しかし、あの時は勢いとオカン魂が先行していた。
自分が阿智奉太郎に恋をしていると明確に自覚した今、彼と二人きりで密室に入るという事実が、とてつもない重みを持って聖華にのしかかってきたのだ。
玄関で靴を脱ぐ動作すら、ギクシャクと不自然になってしまう。
部屋に漂う、微かなミント系のシャンプーの香りと、男の子特有の体温の匂い。
無機質で殺風景な部屋だが、間違いなくここは彼のプライベート空間なのだ。
自分が好きな人の部屋に、今、自分は立っている。
(やばい、やばい、やばい! めっちゃ緊張する!)
派手なギャルの武装の下にある、純情すぎる本性が悲鳴を上げていた。
耳の裏まで真っ赤に染まっているのが自分でもわかる。
聖華は買ってきたスーパーの袋を胸の前でギュッと抱きしめ、必死に動揺を悟られまいと深呼吸をした。
「どうした。突っ立ってないで、さっさと作れよ」
「わ、わかってるし! 今からものすごいスピードで作るから、阿智くんは座って待ってて!」
声が上ずってしまったのをごまかすように、聖華は逃げるようにキッチンへと向かった。
パタパタと足音を立ててシステムキッチンの前に立ち、持参したフリルのエプロンを首にかける。
背中の紐を結ぶ手が、微かに震えていた。
リビングを盗み見ると、奉太郎はローテーブルの前に座り、買ってきたばかりのゼリー飲料をテーブルの端に転がしてスマートフォンをいじっていた。
完全にリラックスした無防備な姿に、またしても聖華の胸がキュンと鳴る。
動揺を振り払うように、聖華はパンッと両頬を叩いて気合いを入れた。
まな板の上にタマネギを置き、包丁を入れる。
トントントン、と小気味よい音が部屋に響き渡ると、ようやく聖華の心拍数も落ち着きを取り戻してきた。
フライパンに油を引き、火にかける。
チリチリと油が温まる音が聞こえ、そこへ豚肉を投入した。
ジューッ! という派手な音とともに、香ばしい匂いが一気に立ち昇る。
続けてタマネギを加え、すりおろした生姜、醤油、みりんを合わせた特製のタレを回し入れた。
ジュワァァッとタレが焦げる甘辛い香りが、無機質な部屋を暴力的なまでに染め上げていく。
胃袋を直接掴むような濃厚な匂いに、リビングにいる奉太郎がピクッと顔を上げるのが見えた。
炊飯器からは、炊きたての白米の甘い湯気が立ち上っている。
「はい、お待ちどうさま! 特製・豚の生姜焼き定食!」
ホカホカと湯気を立てるお皿と、山盛りのご飯をテーブルに並べる。
奉太郎はスマートフォンを置き、目の前に並べられた茶色いご馳走をじっと見つめた。
そして、パチンと割り箸を割り、すぐさま生姜焼きを口に運ぶ。
ゼリー飲料で済ませようとしていたとは思えない勢いだった。
タレの染み込んだ豚肉を噛み締め、すぐさま白米で追撃する。
サクサクとしたタマネギの食感と、生姜の爽やかな辛味が口の中で弾けているのだろう。
無言のまま、ただひたすらに箸を動かす奉太郎の姿を見て、聖華は両手で頬杖をつきながら前のめりになった。
「どう? 美味しい?」
「……美味い。ゼリーよりずっと腹にたまる」
素っ気ない言葉だが、その瞳は明らかに食事の喜びに満ちていた。
張り詰めていた彼の空気がフッと緩み、年相応の少年の顔に戻っている。
その顔を見るだけで、聖華の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「でしょ! しっかり噛んで食べてね!」
聖華は目を輝かせながら、内心で激しくガッツポーズをした。
そして同時に、ひとつの確信を得てほくそ笑む。
(『取引』とか『お願い』って理由をつければ、この人は絶対に断らないんだ!)
達観していて塩対応な彼を甘やかす、完璧なハックを発見してしまったのだ。
特売日だから買い物を手伝ってほしい。作りすぎたおかずをシェアしたい。
口実なんて、探せばいくらでも作ることができる。
彼が「義理がない」と断る隙を与えないよう、合法的に世話を焼く理由を並べ立てればいいのだ。
絶対にこの人を、私なしじゃ生きられない世界一幸せな駄目人間にしてみせる。
「あ、ご飯おかわりあるからね! 遠慮しないでいっぱい食べて!」
嬉しそうに生姜焼きを頬張る奉太郎を見つめながら、聖華の顔にだらしない笑みが浮かぶ。
見た目はビッチな純情ギャルによる、理詰めで塩対応なお隣さんへの過剰な甘やかし計画。
その愛情は、日々重さを増していくのだった。
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