36.
午前中の授業がすべて終わり、昼休みを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
生徒たちが一斉に席を立ち、教室中がざわめきと色とりどりの弁当の匂いに包まれる。
昼神聖華は机の下でスマートフォンを握りしめ、画面を凝視していた。
メッセージアプリを開き、阿智奉太郎のトーク画面に文字を打ち込む指先が微かに震えている。
『お昼、文芸部でたべなーい?』
送信ボタンを押した直後、聖華の心臓は早鐘のように激しく打ち鳴らされた。
(ど、どどど、どうしよう。断られたらあたし、ショックで死んじゃうっ!)
見えない犬の耳をペタンと伏せ、両手で顔を覆ってクネクネと身悶えする。
スマートフォンが短く振動し、画面に『いこっか』という短い返信が表示された。
(うおーーーっ! やったーーーーっ!)
聖華は心の中でガッツポーズを決め、見えない尻尾をちぎれんばかりにパタパタと振り回した。
歓喜に打ち震え、手作り弁当の入った鞄を手に取って勢いよく立ち上がる。
しかし、隣の席に視線を向けると、そこにはすでに奉太郎の姿はなかった。
「え、待ってー」
教室の出入り口付近で、奉太郎の背中が廊下へと消えていくのが見えた。
置いてけぼりを食らい、聖華は間の抜けた声を漏らす。
(もしかして、あたしと一緒に歩くのが嫌だったのかな)
一瞬にして天国から地獄へと突き落とされ、ガックリと膝から崩れ落ちそうになる。
重い足取りで廊下を歩き、文芸部の部室のドアを開けた。
カビ臭い古い紙の匂いと、微かに舞う埃の匂いが鼻をくすぐる。
しかし、部室の中に奉太郎の姿はなく、長机で文庫本を読んでいる親友の茅野深雪だけが座っていた。
「ありゃ? 阿智くん、いない……」
「みゆきん、どうしよーっ! あたし、阿智くんに嫌われたかもーっ!」
聖華は泣きそうな顔で深雪に泣きつき、机の上に突っ伏した。
深雪はパタンと本を閉じ、呆れたように深くため息を吐き出す。
そして、頭を抱えて悶える純情ギャルに向かって、淡々とした声で告げた。
「はあ。あのね、たぶんクラスで目立たないために、一緒に行かなかったんだと思うよ」
「……え?」
「あなたが男子と一緒に堂々と教室を出たら、また変な目で見られるでしょ。彼はそれを気遣って、先に行ったのよ」
深雪の的確な指摘に、聖華は弾かれたように顔を上げた。
先ほどまでの絶望が嘘のように消え去り、瞳にキラキラと輝きが戻ってくる。
「なるほどっ! あたし、めっちゃ愛されてるーっ! あーいーっ!」
「はぁ……」
聖華は両手で頬を包み込み、だらしない笑顔を浮かべてクネクネと体をよじらせた。
その見事なまでの手のひら返しに、深雪は今日一番の特大のため息を吐き出すのだった。




