24.
すき焼きの鍋は綺麗に空っぽになり、楽しい夕食の時間はあっという間に終わりを迎えた。
ふう、と満足げな吐息を漏らし、阿智奉太郎がこちらに向かって真っ直ぐな瞳を向けてくる。
「本当に美味しかったよ。ありがとう」
「どういたしまして……っ」
その飾らない真っ直ぐな称賛に、昼神聖華の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
大好きな彼に、自分の作った料理を「美味しい」と認めてもらえる。
その事実だけで、胸の奥が甘くドロドロにとろけてしまいそうだった。
「ふへへへ……っ」
見えない尻尾を力強くパタパタと振りながら、聖華はだらしない笑顔を浮かべて余韻に浸る。
幸福感に包まれてクネクネと身悶えしていたが、ふとテーブルの上に視線を落としてハッとした。
先ほどまでそこにあったはずの、空っぽのすき焼き鍋がいつの間にか消えているのだ。
きょとんと目を瞬かせ、視線を彷徨わせる。
キッチンの方から、ザァァァッと勢いよく水が流れる音が聞こえてきた。
振り返ると、奉太郎がエプロンも着けずにスポンジを手に持ち、手際よく鍋を洗ってくれているではないか。
「あ、ごめんねっ! あたしが洗うのにっ」
「いいよ。作ってもらったんだから、これくらいは俺がやる。座ってて」
奉太郎は振り返ることもなく、淡々とした声で返事をした。
彼にとっては、作ってもらったから洗うという、ただの等価交換の理屈なのだろう。
しかし、その不器用な優しさが聖華にとってはたまらなく愛おしかった。
広い背中を見つめながら、聖華はキュッと両手を胸の前で握りしめる。
ザァァァァッという、水道から激しく流れ落ちる水の音が、部屋の静寂を満たしていた。
「……好き」
ポツリと、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
その言葉は奉太郎の耳に届く前に、賑やかな水の音にかき消されて虚空に溶けていった。
自分の発した愛の言葉が彼にバレていないという事実に、聖華の心臓が高鳴る。
「好き……。好き……っ」
本人が目の前にいるのに、絶対にバレない。
その背徳的な状況をいいことに、聖華は熱に浮かされたように愛の言葉を連呼し始めた。
もし聞こえてしまったらどうしようという不安と、少しだけいけないことをしているようなスリルが、純情ギャルの脳内を甘く麻痺させていく。
「好き、阿智くん。大好き……っ」
彼に向かって、何度も何度も呪文のように呟き続ける。
キュッ、と。
奉太郎が蛇口のハンドルを捻り、唐突に水の音が鳴り止んだ。
「あ……っ」
終わっちゃった。
秘密の告白タイムが突然終了し、聖華はビクンと肩を揺らして口を噤んだ。
静寂が戻ったキッチンで、奉太郎が濡れた手をタオルで拭きながら振り返る。
「どうしたの?」
「ううん……なんでもない……っ」
すべてを聞かれてしまったのではないかと冷や汗をかきながら、聖華は必死に首を横に振る。
真っ赤になった顔を隠すように俯きながら、胸の奥で暴れ回る感情を持て余し、聖華は一人で勝手に限界を迎え続けるのだった。




