22.
結局、本格的なすき焼き用の鍋やカセットコンロが揃っているという理由で、二人は隣にある聖華の部屋へと移動することになった。
年頃の女子高生の部屋に上がり込むことに奉太郎は少しばかり躊躇したが、聖華の猛プッシュに押し切られた形だ。
聖華はウキウキとした足取りでキッチンに立ち、スーパーの袋から買ってきたネギや焼き豆腐、そして見事なサシの入った牛肉を並べていく。
見えない尻尾をパタパタと振り、鼻歌交じりにエプロンを身に着けたところで、背後からスッと人影が近づいてきた。
「俺も手伝うよ」
「ふぇーっ!?」
すぐ隣から聞こえてきた奉太郎の声に、聖華はビクンと肩を揺らして奇声を上げた。
驚いて振り返ると、腕まくりをした奉太郎が、すでに手を洗い終えてスタンバイしている。
(一緒にキッチンに立つとか、そんなの完全に新婚さんジャーンっ!)
聖華の脳内で、ファンファーレがけたたましく鳴り響いた。
五十三万IQの頭脳が一瞬にしてピンク色に染まり、エプロン姿の自分と、隣で微笑む彼という甘々すぎる新婚生活のビジョンを勝手に構築していく。
「いくらなんでも、君一人に全部を作らせるのは悪いし。それに、早く食べたほうがいいだろ」
奉太郎が尤もらしい理由を並べていたが、脳内お花畑状態の聖華の耳には一切届いていなかった。
(やばい、やばいやばいやばいっ! 阿智くんと共同作業っ。これはもう実質プロポーズなのでは!?)
一人で勝手に限界を突破し、限界オタクのようなテンションで身悶えする。
奉太郎の凪いだ瞳に見つめられ、聖華の顔はだんだんとだらしない形へと崩れていった。
「ぬへへへ。じゃあ、お願いしちゃおうかな、ぬへへへ」
「……君、本当に気持ち悪い笑い方するな」
奉太郎がドン引きしたような冷ややかな視線を向けてくるが、今の聖華にとってはそれすらもご褒美である。
「いいからいいからっ! 阿智くんはそっちの長ネギを斜め切りにして! あたしはお豆腐切るから!」
聖華は包丁を渡し、二人で並んでまな板に向かった。
肩と肩が触れ合いそうなほど近い距離。微かに漂う彼のシャンプーの香りと、ネギの青臭い匂いが混ざり合う。
トントントン、と。二つの包丁がまな板を叩く音が、キッチンに小気味よく響き渡った。
「ネギ、こんな感じでいいか」
「うんっ、バッチリ! さすが阿智くん、手際いいにょ!」
「その変な語尾はやめろ」
塩対応なツッコミを受けながらも、聖華の口角は上がりっぱなしだ。
横目でチラチラと彼の真剣な横顔を盗み見ては、ぬへへへ、と不気味な笑い声を漏らしてしまう。
一緒に野菜を切り、豆腐を切り、並んで鍋の準備を進めていく。
ただそれだけの作業が、とてつもなく愛おしくて、最高に幸せな時間だった。
彼と一緒に過ごすこの温かい空間を、もう二度と手放したくない。
「……何ニヤニヤしてるの。危ないから、手元を見なよ」
「はっ、はいっ! ぬへへ……っ」
呆れたようにため息を吐く奉太郎の隣で、純情ギャルは終始だらしない顔を浮かべたまま、すき焼きの準備を進めていくのだった。




