油断と慢心は禁物です
「……間違いないのだわ。ここから目と鼻の先に巨大鳥が降りたのがはっきりと見えたのだわ」
エタニアが思わず声のトーンを落としてつぶやく。
「そうですね……お嬢様の言う通りここからすぐ先のエリアに降りたようですね」
イアトラさんも小さくつぶやく。それを確認するかのようにエタニアが自分の方に振り返って言う。
「二人とも聞いて欲しいのだわ。……これはチャンスだと思うのだわ。確かに今は夜だけど、向こうは移動してきたばかり。加えて私たちは睡眠こそ取ってはいないものの充分に休息を設けて体力は回復しているのだわ。これは好奇と言わざるを得ないのだわ」
エタニアの言葉通り、確かにベースキャンプ近くにモンスターが現れる事は中々無く、すぐに避難出来る場所の側に討伐対象が来るというのはまたとない機会である。
(オルリアの言う通り、今が夜というのを差し引いてもほぼ移動する事なく戦闘を仕掛けられるというのは大きなアドバンテージだ。だが……嫌な予感がする)
何か喉に引っかかるような違和感が拭えない。だが、それを具体的に説明出来る術がない。事実、自分が現役の時でもベースキャンプ近くに討伐対象が現れるケースはまたとないチャンスであるからだ。
(……俺の考え過ぎか?確かに、もし仕留められなかったとしてもあの距離ならばすぐにここに戻る事は可能だ。それに、手傷をいくつか負わせて一度こちらに戻って夜が明けるのを待って追跡するという手もある)
自分と同じ事を考えていたのか、イアトラさんも少し考えた後に口を開く。
「……確かに、討伐対象の魔獣がここまでベースキャンプ近くに来る事は滅多にない事でしょう。ただ、仕掛けるにせよ無理に仕留めようとせず、嘴や翼にでも手傷を与えるだけでも良いとは思います」
イアトラさんの言葉に、自分も頷くしかなかった。
「……分かりました。ただ、油断は禁物です。いつでもここに戻る気持ちで向かいましょう」
二人が頷き、手短に支度を整え急遽エリアに向かう事となった。
「……近いのだわ。ここから既に気配が伝わってくるのだわ」
エリアに足を踏み入れる直前でエタニアが小さくつぶやく。エタニアの言う通り、中型以上の魔獣が持つ独特の気配を感じる。
「お嬢様。今回は私も戦闘に加わります。無理に仕留めようとせず、ダメージを与える事を優先してくださいね」
イアトラさんの言葉に若干不満げな口調でエタニアが言葉を返す。
「……分かったのだわ。ただ、初撃とトドメは私が刺す。これは譲れないのだわ」
そう話すエタニアにやれやれといった様子でイアトラさんが無言で頷く。こうして、エタニアを先頭にその後ろにイアトラさん、少し離れて自分が続くような形で歩みを進めた。
「しっ……いたのだわ。今は……食事中のようなのだわ」
嘴を地面に突き立て何かを掘り出している巨大鳥の姿が暗がりの中でうっすらと見える。おそらく、地面にいる虫や小動物を嘴で掘り出し捕食しているのだろう。だが、その姿に違和感を抱く。
(……妙だな。巨大鳥には間違いないんだが、何か変な感じだ。捕食時の動きが何か巨大鳥と様子が違う気がする)
雲のせいで月明かりもなく、暗がりで姿がよく見えないが何かがおかしい。気配を殺して少しずつ近付くエタニアとイアトラさん。その間に雲が少しずつ動き、月明かりが巨大鳥のシルエットを映し出していく。
(……そうか!確かに巨大鳥だが、あの色合いは……!)
そこでようやく違和感の正体に気付いてエタニアへ声をかけようとしたものの、エタニアが構えた槍を勢い良く巨大鳥へ突き刺そうとしていた。が、一瞬早くその殺気を感じ取ったのか捕食を止めて巨大鳥が真横へ飛び退いた。
「なっ……!」
慌てて槍を構え直して追撃に入ろうとするエタニア。が、それよりも早く巨大鳥が雄叫びを上げて嘴をかちかちと鳴らし口を開ける。その様子を見て大声で叫ぶ。
「危ないっ!そいつはただの巨大鳥じゃないっ!そいつは……『亜種』だっ!」
同じ魔獣でも原種と異なる色合いと性質を持つ個体。それらを称して亜種、もしくは希少種と呼ぶ。今回の巨大鳥の亜種は基本の行動パターンこそ原種と大きく違わないものの、原種とは大きく異なる能力を持つ。それが今まさにエタニアに向けて放たれようとしていた。
「えっ……な、何……?」
予想外の亜種の反応に一瞬固まるエタニア。その隙を見逃さないように嘴で火花を起こし勢いよく巨大鳥が口から火球を放つ。原種にはない亜種特有の行動パターンである。
「なっ……!」
咄嗟の出来事に回避もガードも出来ずにその場に立ち尽くすエタニア。叫ぶと同時に自分も駆け出していたが、距離を置いていた事が災いしてどう足掻いても間に合わない。
(……まずいっ!このままじゃエタニアが火球をまともにくらってしまうっ!)
そう思った次の瞬間、火球とエタニアの間に何者かの影が割って入る。直後、火球による爆発と炸裂音が周りに鳴り響く。
「が……はっ……!!」
苦痛に悶えるその声で影の主が誰かが分かる。思わずその場に足を止めて叫ぶ。
「イアトラさんっ!!」
直後、巨大鳥の火球を直撃したイアトラさんが自分の方へと吹き飛んできた。




