休み明けは何かと大変です
「お疲れさん。やっと戻ってきたかアーク。こっちはお前が出張業務に行っていたから大変だったぜ?急だったから俺も含めてお前のシフトの穴埋めに大変だったんだからな。今度一杯奢って貰うからな」
師匠とナナカさんの一件がひと段落し、ようやく自分も日常に戻ってきた。冗談交じりに軽口を叩いてくる同僚の声を聞き、それを再認識すると同時に同僚へ言葉を返す。
「あぁ。本当迷惑かけたな。一杯どころか仕事終わりに今度奢らせて貰うよ。ギルドの休日に合わせて皆で飲みにいこうぜ」
そう言って自分が不在だった期間の業務日誌やハンターたちの提出レポートを見て状況を確認する。基本的に受付業務の自分は誰かを個別に担当する訳ではないが、クエストに向かう際に一言でもアドバイスが出来るように誰がどのクエストを受注した、あるいは受注予定かなどを可能な範囲で把握するようにしていた。
(……おっ。バンツたちは早くも次のランクに向かうべく昇級クエストを近々受注予定か。今の彼等なら装備をしっかり整えているだろうし問題ないだろう。こっちの子は前回失敗した討伐クエストに再挑戦か。前回も惜しいところまでいっていたから調合分の罠の素材までしっかり用意すれば今度こそ達成出来るだろう)
レポートを確認し終えて不在だった数日の空白期間の出来事を補完して受付業務に励む。幸い、試験や認定クエストが少なかったため数日ぶりの受付業務であったが特に大きなトラブルが起こる事なく午前中の勤務を終えた。昼休憩の時間となり、休憩室で弁当を広げていると同僚のシルヴァが声をかけてくる。
「おっ、久しぶりだなアーク。……って、相変わらず美味そうな弁当だな」
自分の弁当を見ながらシルヴァが言う。ナナカさんが師匠の館に来るための引越し準備の手伝いで忙しかったので作り置きと時短料理で済ませたのだがシルヴァの目には美味そうに見えたようだ。
「そうかい?時間がなくて適当に作ったんだがな。美味そうに見えるなら良かったよ」
そう言うとシルヴァが自分の隣に座り、弁当を食べ始めた自分に声をかけてくる。
「……なぁアーク。急で悪いが明日の午後勤務、俺と代わってくれないか?今気になっている子とようやくデート出来そうでさ。その前に色々と準備したいんだ。頼めないか?」
嬉しそうにそう話すシルヴァに快く了承の返事を返す。了承しつつもシルヴァのデートの相手は次は誰なのかと内心思った。このシルヴァという男、根は良い奴なのだがどうにも女性関係が軽薄なのだ。
(この前は行きつけの酒場のお姉さんで、その前は鍛冶屋の娘さんだったかな。よくもまぁ相手が次々と見つかるものだ)
自分にはとんと縁がない話のため、その後もシルヴァの話を聞きながら食事をしているとどたどたとこちらに向かってくる足音が聞こえる。次の瞬間、休憩室の扉が音を立てて勢い良く開く。
「アークちゃん!アークちゃんはいるかい!?」
自分を名指しで読んだのは食堂の主ことナブおばちゃんだった。以前に何度か食堂の方で欠員が出た時にてんやわんやの騒ぎになっていたのを見かねて仕込みや配膳を手伝ったのをきっかけに可愛がってもらっている。
それ以降、弁当を作る余裕がない時に食堂に行けば頼んでいないのに大盛りにしてくれるし色々おまけをしてくれる間柄だ。そんなおばちゃんが焦ったように自分の名前を呼んでいる。
「どうしたのさおばちゃん?俺ならここにいるけど……」
そう声をかけると、おばちゃんが自分の手を掴んで叫ぶ。
「あぁ良かった!緊急事態なんだ!今すぐ来ておくれアークちゃん!」
言うが早いかぐいぐいと座ったままの自分を引っ張りながらおばちゃんが叫ぶ。
「受付の連中には数日アークちゃんを借りるって言ってきたからね!とりあえず行くよ!」
有無を言わせぬその勢いに思わず弁当を片付け立ち上がる。同時におばちゃんに引っ張られる形で休憩室を後にする。
「お、おいアーク!数日って事は俺の明日の予定は……!」
背中に小さくシルヴァの声が聞こえるが、最後まで聞き取れなかった。……すまないシルヴァ。誰か代わりを見つけてくれ。
こうして、何が何やら分からぬままに自分は食堂へと連れていかれたのであった。
「……こいつは酷いな。一体何があったの?」
強制的におばちゃんに連れてこられた食堂の調理場は悲惨な事になっていた。米を炊く釜は見事にひっくり返っているし、揚げ物を揚げるスペースは爆薬でも使ったのかと思うほど黒焦げになっている。床には野菜や果物をはじめとした具材が無残な形で散らばっている。自分の言葉におばちゃんがため息混じりに口を開く。
「それがね……調理場の人手が足りなくて、急遽人を雇う事になったのさ。あたしの元で働いてくれていた料理人が一人高齢を理由に辞める事になってね。間の悪い事に同じくらい出来る子も自分の店を立ち上げるからって辞めちゃってさ。それだけならまだあたしと残った面子でどうにかなったんだけどね。とどめに先月から広がった流行り病さ。残りの皆で回すには限界があるって事でとにかく即日働けるって子を何人か雇ったんだけれどその中の一人に問題があってね……」
おばちゃんがそこまで言ったところで、厨房の奥から悲鳴とも叫びともとれる大声が聞こえてきた。
「いいから!あんたはとにかく何もしないでいい!大人しく隅でじっとしていておくれ!」
その声が聞こえると同時、何かが割れるような音が盛大に響いた。おそらく皿を大量に床へとぶちまけたのだろう。同時に若い女性の半泣きの声が聞こえる。
「ご、ごごごめんなさーーい!」
その声を聞きおばちゃんが盛大にため息をつきながら言う。
「はぁ……また何かやらかしたみたいだね。アークちゃん、詳しく話す前に片付けを手伝っておくれ。話はそれからにしよう」
確かにこれは緊急事態だ。おばちゃんの言葉に頷きながら厨房を片付けるべく行動を開始する。力仕事になるものを優先的に引き受けながら床を磨くおばちゃんに声をかける。
「……この惨状の原因って言うのは、やっぱりあの子が原因?」
床を磨く手を止めずにおばちゃんがまたため息を吐きながら答える。
「そ。前の職業を聞いたら刃物の扱いは慣れていそうだから採用したんだけどね。あたしの見る目も衰えちまったのかねぇ……」
おばちゃんの言葉に、先程怒鳴られたためか調理場のすみっこで泣きながらうずくまるように小さくなって座っている子に視線をやる。長い黒髪を後ろで一つに束ねており、眼鏡をかけた中々の美少女である。
「前職で刃物の経験?あの様子じゃ料理人って事はなさそうだけど……鍛冶師や商人とかかい?」
そう自分が尋ねると、おばちゃんが首を横に振りながら答える。
「違うよ。何でも元ハンターだってさ。何個もクランを首になって途方に暮れていたところにうちの求人を見つけてきたんだって」
おばちゃんの言葉に思わず顔を上げ、泣いているその少女の顔を見つめた。




