84.一人
ドレスのお店の時点で随分と時間が経っていて、今日はトラン様とは町でお別れする事にした。
本当は私と一緒に学院に一旦戻ると言ってくださったのだけど、ご予定に無理が出ているようなのが分かって、大丈夫だと私からお伝えしたのだ。
ただ、本当に別々に行動となると、物凄く寂しさと心細さを覚えてしまう。
でも十分すぎることをしていただいている。我慢だ。
***
学院、昨日泊った部屋に戻った。
晩御飯はルティアさんが用意してくださったのを食べた。
ルティアさん、私につきっきりで大変そうだ。疲れているように見える。
「こんなにしていただいてて・・・本当に有難うございます。あの」
と言いかけて困ってしまった。
元気でいて欲しいけれど、ルティアさんが傍にいないのが怖い。休んで下さいね、と言えない。我儘だ。
ルティアさんは微笑んだ。
「大丈夫です、気を遣われませんように」
「でも、私につきっきりでいてくださって・・・」
「ご安心くださいませ。どうぞ頼ってくださいね?」
「・・・」
縋るように見つめてしまう。
「お傍にいるのに、頼っていただけない方が辛いものですからね?」
「・・・ありがとうございます」
だけど、せめて、少しでも迷惑をかけないように気を付けなくちゃ、と思うほどには、ルティアさんの表情には疲れが見えている。
***
夜。
部屋に一人だ。
ルティアさんは傍にいると言ってくださったのだけど、隣の部屋に行ってもらった。
ルティアさんは、その方が休めるはずと思ったからだ。
ずっと一緒にいてもらっている。
着替えの時もトイレもずっとだ。
一人になるのが怖くて、でもルティアさんがいてくださったら安心できる。
ものすごく頼っている。
頼りにし過ぎているはずだ。ルティアさんは、私の母親でも姉でもないのに。
だけど、寝ている時は大丈夫です、なんて見栄を張ってみたのをすでに後悔している。
早く寝てしまいたいのに、目を閉じるのが怖い。灯りが落とせない。
暗がりに、虫が蠢いているんじゃとか、誰かいるんじゃないかとか考えてしまう。
やっぱり傍にいて、寝るまで見てもらえばよかった。
でも、私は小さな子どもじゃないのに。
怖くて、横になっていられない。
どうしよう。
通信アイテムを握りしめそうになる。
トラン様にも、頼りすぎてる。
それに、今。
怖いとか寂しいとか傍にいて欲しいとか、全部筒抜けになってしまう。
我慢しないと、頼りすぎだって嫌われたら嫌だ。頑張らないと。
つい、握りそうになるから、首から外した。傍の机の上に通信アイテムを乗せる。
あ。震えている。コツコツ、と音もしている。
トラン様からの連絡・・・。
「・・・」
寝たことにしよう。
下手したら泣いてしまって、トラン様にまた迷惑をかける。今は、でない方がきっと良い。
代わりに、首にかけたままのネコのお守りをギュッと握りしめた。
大きさが同じぐらい。通信アイテムを握っている気分。
だけど、通信アイテムではないから、大丈夫。
絶対、届かない。
怖い。
一人になりたくない。
寂しい。
一人は嫌だ。
じわじわと暗闇に浸されていく気分でどんどん悲しくなってくる。
でも耐えなきゃ。もう、子どもじゃない。
通信アイテムの振動する音が消えた。
寂しい。
出れば良かった。
トラン様。
大丈夫、ほら、思い出そう、私は前世も、ずっと病院で一人で寝てた・・・同じことだ、慣れてるから
カチャ、とドアが開いた音がした。
慌てて目を瞑って息を潜める。
もう、寝ています。
こちらの部屋の灯りが少し暗くなった。
それからカチャ、とドアの音がした。
隣の部屋から届いていた灯りが消えたから、向こうに戻られたんだろう。
起きていると知られたくなくて、じっと固まっていた。
***
そのうち眠れるはず。
そう思うけど、泣けてきて、どうしようもない。
「おかあさん、会いたい・・・」
涙が止まらない。
ぐずぐずと鼻をすする。
だけど、大丈夫。声が多少漏れても、一人だから。バレない。迷惑はかけない。
帰りたい。
家に帰りたい、お母さんに会いたい、
怖い、寂しい、暗い、眠れない、怖い、傍にいて欲しい、慰めて欲しい、会いたい
***
またドアが開く音がした。
「!」
慌ててギュッと身を固くする。じっとしていればまた閉じるはず。
今、何時だろう? もう朝が来た? どうしよう。
「起きておられますわ」
と小さく、ルティアさんの声。
「入るぞ」
と、トラン様の声がした。
・・・。
え?
トラン様?
え、まさかルティアさん、ずっと部屋におられた?
嘘。
どうしよう。
ものすごく泣いている。顔を見られたくない。
慌ててシーツを頭までひっぱりあげた。
「失礼いたしますね・・・」
とルティアさんの声が近くでする。
「ルティア、少し離れていてくれ。話をするだけだ」
「はい」
嘘。
傍にトラン様も来ておられる。
酷い顔になっているはず。顔を出したくない。
「・・・きみは、偉いと思う」
トラン様がポツリと言った。
え?
「あんな目にあったのに、普通に過ごしただろう。買い物は、俺は楽しかった。きみには迷惑をかけたかな。・・・まぁとにかく、普段と変わらない様子に過ごしたきみは、とても強い人だと思った」
・・・。
強いとかは、無い、です・・・。
「押しかけてきて言うのもなんだが、今のきみの様子は、当たり前だと思った。・・・本音を言うと、もっと頼って欲しいと思ったが。言い訳をすると、連絡に応答が無くて、寝ているなら構わなかったが心配で、ルティアに様子を確認させた。それで、まぁ、押しかけた。頼って欲しくて。下心だ。淑女の部屋に深夜に訪問とは、なかなか、俺も大胆な行いをしている」
トラン様が少し笑った気配がする。




