48.犯人
あれから六ヶ月後。おれたちはメンバーを変えずに続けてきた。
ほんと、効率が悪い。世界で勝てるとは確信できないメンバーで戦いつづけるなんて本末転倒だ、バカすぎる。
――――悔いはないけどね。
この日本大会を制覇すれば、世界への道が切り開かれる。
2008年7月。
一年生のときに琴音と一緒に電車で高校生大会へ向かったのが、つい最近のようだ。
もう三年生だ。これで世界へ行けなかったら、メンバーの何人かは受験に専念するだろう。
そうだ、そこからでいいじゃないか。
これで負けたときに、ようやくチーム解散でいい。
ちょうどいいタイミング、なんであんなに1月のとき悩んでいたんだ。
勝つ。勝つ。勝つ。
おれたちはSpeedStarに勝てる。
今までの練習試合の勝率は八割超え、負ける気がしない。
おれと美咲の本番強さは化け物じみてる。絶対に、負けやしない。
東京、五反田にあるイベントスペースを貸し切って作られた会場。とある街ビルの一階で、日本予選の決勝大会が開かれる。
蒸し暑かった外から会場へ入ると、エアコンの効いた空間が火照った体を冷ましてくれる。
おれらMyGenerationと、SpeedStar、slowly、Time leapの四チームが、午前九時から夕方までぶっ通しで試合をし続ける。いわゆるダブル・イリミネーションルールってやつだが、どうせ世界で勝つには全勝するしかない。細かいルールはどうでもいいもんよ。
SpeedStarはこの近年でずっと日本一位を取り続けている超強豪、zippoとchiffonが有名。slowlyは師匠たちのチームで、3dNって昔の日本最強を予選で倒したことから期待されていた。そんで、おれらMyGは、去年SpeedStarに僅差で(おれの感覚ではそうではなかったが)負けたチーム、おれたちも期待のホープってわけだ。
場内で自分たちの準備を進めている途中で、おれはトイレへ向かった。
会場の入り口にある選手紹介ボードを、なんとなく見た。
学校の入学式でクラスを割り振るぐらいの、大きなボードだ。
なんだ、この感覚。
――――琴音。
これが、違和感か?
Time leap。
本来、この枠には在日ブラジル人で構成されたチームが出てくるはず。
おれの元いた世界では、その在日ブラジル人チームがslowlyを倒して、師匠たちのチームが四位になっているはずだ。
それと、おれが転移してきたことによって一チームが元の世界から消えているわけだが、そのチームのメンバーがおそらくTime leapに出ている。昔の記憶だから、正直曖昧だが、たぶんそうだ。おれの知っているチームにいたエース、moruがTime leapにいる。彼は、後にSpeedStarへ一時的に加入するぐらいの強さを持っていた。
なんだ、これは。お前ら、誰だ? Time leapって。
思い返せば、半年前……。あれから試合募集を断られ続けてきたチームが一つあった。おそらくそのチームだ。
なぜ、断られていた?
メンバーの詳細を調べよう。
SpeedStarの対策にばかり力を入れていて、おれにしちゃめずらしく他のチームなんて歯牙にもかけていなかった。SpeedStarが圧倒的すぎて、こいつら以外を眼中に入れていなかった。失敗したか、失敗したのか? ミスったか? ミスッタカ?
だれだ、誰がメンバーにいる。おれの知っているAce.Jとメンバーはほとんど同じ……に見える。
記憶が曖昧だ、何年も前のことだから。
自信を持って、Ace.Jのメンバーだったと言えるやつはエースプレイヤーのmoruだけ。
他の四人は覚えてねえよ……。
Time leapと、Ace.Jは同一チームでいいのか。
――――いや、違う。
こいつ、こいつは。
一人、知っている。
ゲーム名が違うから、分からなかったっ……。
こいつは……。
おれたちが引退した後に出てきた……ッ。
「あ、気づきました?」
会場の奥から、おれの元までやってきたそいつは、まだ、この時代にNot Aloneをやっていないはずだった。
おれがこいつの名前を知ったのは、Not Aloneを引退してからの日本一位を取った話。天才、エースプレイヤーが、遅咲きでまた登場したって話だ。
それからNot Aloneの二つ先の作品、Not Alone:bestでアジア二位を取っていた。
お前が、おれを……。
「どうも、aquaさん」
転移させたんだろ……?
「Chronosこと、Roseですよ」
優しそうな、整った顔つきのやつ。
唇が薄く、おれたちの後継者として世間に期待を抱かれていた男。
おれが知っている姿よりも、ずっと若い。子供だ。
今、こいつ十四歳ぐらいじゃないのか。
おれの転移直後で十二歳……ッ。気付けるわけねえッ……!
「なんで、なんでおれを連れてきた?」
「……さあ、なぜでしょう」
今、ここでこいつをぶちのめすか?
十八歳と十六歳の体つきは、中学生の二年差ほどではないにしても結構違うもんだ。
帰れさえするなら……手を出してもいいのか……?
いや、落ち着け。落ち着け!
ダメだ、逆上されて元の世界に帰れなかったとしたら、犯罪を起こした男が一人残るだけじゃねえか……!
「なにが、目的だったんだ」
「ん、まあ、そうすね……。一番の理由は試合をしたかったって、感じっすかね」
「試合……」
「いわゆる古参勢のあなたは分からないかもしれないですけど、みんな誰かしらに影響されてNAをはじめた人ばっかですから」
おれは2003年にはじめたから、そういうのは確かにない。
なんでNAをやりはじめたんだっけな。適当にゲームを探してたら、当時……流行ってたんだっけか。
「俺は、あなたに憧れてはじめたんですよ。2010年にbullsterのチームを倒したあなたたちが、すっごく格好良く見えた」
トイレ行きてえ。
「トイレ行っていいか、聞かれたくない話だし」
「……はい」
そんな顔すんなよ。
「んで、憧れだけでおれを連れてきたのかよ」
小便器に二人で並んで、話し合う。
結構、滑稽な姿だ。
「一応、他にも理由はありますけど」
「なんだよ」
「floraさん、めっちゃかわいいですよね」
――――あぁ?
「ずっと同じチームだったのでもしやとは思ってたんですけど、案の定、お二人は結婚しました」
「おれに勝てば結婚できるかも、って?」
「そうですね。残念ながら、人を異世界に転移する能力と、年齢を変える能力は手に入れたんですけど、どこの高校に通っていたのかってことまでは分からなくて、勝ち進んでもらうしか出会う方法がなかったんですよね」
こいつ、頭イカれてんじゃねえのか……。
いや、イカれてなかったら転移なんか、させるわけないか……。
「じゃあ、おれがいない世界線……って言い方でいいのか知らんけど、おれがいないけど美咲がいる異世界へ行けばよかったんじゃないのか」
「それじゃあ、つまらないですよね」
……不快だ、こいつ。
「floraさんに限っては、ゲームも上手い、そしてあなたと出会って培ったであろう、あの人格の美咲さんがいいんですよ。だから、あなたがいなければ意味がなかった」
「すげえ言い分だな、お前。気持ち悪いぞ」
「それと同時に、あなたも倒したかった。この時代の俺はまだ十四歳……。あなたが高校生大会に出ても俺は中坊ですし、野良チームに入るには実績がなさすぎた。あなたが高一のとき、おれなんてまだ小六ですよ」
だから、出てこなかったわけか。
「そんで、おれを倒して美咲がどうにか手篭めにして、お前の物語はクリアってか」
「そうすね、世界で優勝するとか、まあ無理なんで」
……お前も、知ったのか。
あの、壁を。
「一応、お二人が引退してからNA:bestでやってたんですけど、アジア取るのが限界でしたね。さすがにEU勢とアメリカ、ブラジルが強すぎる」
「だろうな」
「そんでまあ、そういう遠い世界を目指すのは面倒になっちゃったので、面白そうな状況を作って遊ぼうかなって」
おれは楽しくねえよ。
クソが。
おれたちは揃ってトイレを出て、会場へ戻りに行く。
「教えてあげますよ、なにが変わっているのか」
「変わってる……?」
「あなたが引退してから四年が経った。その四年間の差を、教えてあげますよ」
笑わせんな。おれには分かる。
FPSゲームの爆破ルール、その概念は2010年ぐらいに成長を終えた。あと残っているのは、いかにシビアな細かい連携力……チーム技術の差だけだ。
おれを捲くる知識の概念は、存在しない。
……これは、油断なんかじゃない。
少なくともNot Alone初代は絶対にそうだ。
ゲームが変わらなければ、お前の四年間は脅威じゃない。
「かかってこいよ」
「こっちも最低限強いメンバーは揃えてきたんでね、そっちとは面子の強さが違う。あんたも世界で知ったはずだ、”FPSは五人強くなければ勝てない”」
知ってる。
半年前は悩んでたからな、チームを変えるかどうか。
そんでも、変えなかった。
後悔はしてなくても、世界に届く自信は正直ないさ。本当に、世界の壁は厚い。
「MyGを舐めんな」
「大した才能のない三人がいて、勝てるとでも?」
はっ。一人ひとりの見極めもできない雑魚が。
エレナは世界へ届き得る。琴音だって、あのゲームを愛しさえすれば、届く。優也は日本一の実績だって、後に作るんだぜ。
負ける気がしねえよ。




