同伴(6)=盾師、一時退却を選ぶ
中腹地点まであと少し、と言うあたりだったんだ。
妙な気配を背中に感じたのは。
誰か、いや、何か大量の物に見つめられているという感覚に襲われたのだ。
盾の反射部分で背後を見ても、何も映らない。
じゃあなんだ、と思った時だったのだ。
『相棒、やばいぜ、この山、変質してるかもしれねぇ』
袋の中から、首に巻き付いて周りを見ていた呪いの本が言ってきたのだ。
「変質? 山が変質って」
聞いていて血の気が引いた、それはとてつもなくやばい事だったからだ。
例えば。
霊峰と呼ばれる山は、聖なる力だったり、霊的な力だったりを宿している。
そういうのはいいんだ。害がさほどあるわけじゃないし、そういう恐れ多い山でとんでもない事をしたら、追い出されたり呪われたりするって誰でもわかっている。
そういう山って、変質した山と言われているんだ。
ただの山に、何かしらの力や祈りが介入した結果、そういう超常的な力を持つ事になる。
でも。
この山に、そう言った聖なる力や、霊的な力がいきなりつくわけがない。
だってチェレン山は、街に割合近い山で、誰でも入れるフィールドの中にあって、冒険者が採取のために出入りする山。
とても、普通の変質した山にはならない。
それに。
霊峰や聖なる山だったら、この呪い本がやばいというわけがない。
そういう事実をいくつも踏まえていくと、とんでもない事実になるのだ。
「もうすぐ目的地点だ」
アンジューが息を切らせて言っている。
「やっとだ、ちょっと急いだけれど、まだまだいけるし、降りられるよ」
汗をぬぐうミケル。平気そうな顔のファエロ。全員、達成するから嬉しそうだ、でも。
……おれは、こいつらをここから逃がさなければならない。
「確かそこで、到着した印をつければいいはず」
持ってきた地図を見て言っている三人に、おれは言った。
「降りるぞ、お前ら」
「え?」
「目標地点は目の前だよ!?」
「だめだ、降りる。やばい」
「何でやばいんだ? いくら何でも横暴じゃ」
「……守り切れないかもしれないから、言ってるんだ」
おれは自分の矜持に反するし、こんな事言う事態に陥るのが悔しかったけれど、言った。
その声でも、分からない三人。
「だってチェレン山の魔物は、僕らでどうにか対処できる。盾師が負けるようなのは出てこないはずだよね」
「それに、下山するのは、三人で盾師をもって、飛んで降りれば楽だし」
「下に降りる風も吹いているし」
「ちがう、そうじゃない。この山自体がやばいんだ。魔物うんたらかんたらじゃなくて」
ざわり。
背中の毛が粟立った、血の気が引く感覚、俺の第六感に近しい物が、大音量で逃げろ、と怒鳴り散らした。
ちがう。
――――――――気付いた奴がいる、と向こうに気付かれたのだ。
『相方、おいらを離すんじゃねえぞ、こう言うのはおいらたちの領域に近い』
言われておれは、服のなかに呪い本を突っ込んだ。はぐれないように。
もう、時間がない、やばい、行くしかない、逃げるしか。
強硬手段しか思いつかない、やるしかない。
ごめん三人。
「呪い本、三人まとめて道具袋に放り込め」
『おうとも』
「え、ちょ」
「なんで!?」
「裏切るのか!?」
呪いの本が瞬くように光る、その力は三人に抵抗する余地を与えず、おれの道具袋に引っ張り込む。
同時に上に向かって叫ぶ。おれが気付いた、あっちも気付かれたと感じた、隠せば被害が拡大する。
でもほかの生徒にも、護衛がついている。おれの最優先は、おれの対象を守り切ってこの山からの脱出だ。
同時に怒鳴った。
「お兄さん、やばい! なんかこの山、変質してる!」
言った傍から、おれは転がるように山を下り始めた。おれだけなら、岩場を飛び降り、普通死ぬ高さから落ちても死なない。
お兄さんが心配じゃないと言えば、嘘だ。
でもおれは、それ以上に、お兄さんの実力を知っている。
お兄さんだって言われれば、気付くし、対応できるし、守り切れる。
他の奴らだってそれだけの、強さもあれば場数を踏んでいる。
おれだけなら、お兄さんの所に馳せる。でも守る三人がいるから、いけない。
死に物狂いで山を下りる、木々の間を走ると、枝や蔦が、逃がすかと言わんばかりに追いかけてくる。
邪魔だ。
「呪い本、焼ききれ!」
『仕事が多いぜ、楽しいけどなぁ』
首にいる相方に告げる。おれに触れようとする、いいや、捕まえようとするそれらを、呪いの炎が燃やしていく。
呪いの炎は効果があったらしく、焼けただれるような悲鳴のような音を立てて、触れたそれらが焦げる。
地面がいきなりぬかるむ、足を鈍らせようってか、残念、おれはぬかるみでも走れる。
多雨のフィールドの方が大変だぜ!
いきなりあったはずのない川が現れる、本当に逃がしたくないと見た。
だが、正体がどうであれおれにとっては、ただの川だ。
連結していた盾の一部を、川の上に乗せて、そこを足場に飛び越える。対岸に渡った瞬間に、盾の連結機能を利用してそれを回収。その間も走る。
魔物の一匹、獣の一匹も邪魔をしに来ない、遭遇しない、その事実。
それが、おれの直感が正しいと言ってくる。
走る、走る、逃げる、逃げる!
そうして山から下りて、距離を置いて、やっと振り返る。
そこで三人を道具袋から引っ張り出す。三人は袋が振り回されたから、目を回しているらしい。
呻いて吐いたり、倒れ伏したり散々だ、でも逃がせた、こいつらを逃がしきれた。
その事実にほっとした時なのだ。
いきなりの事だ、チェレン山が、熟練の冒険者たちを追い出したのだ。
まさにそれは、欲しくない物を吐き出す様に似ていた。風すら吹いていないのに、同業者が一様に吹っ飛ばされてくる。
様々な態勢で転がり落され、叩き落され、しかし並以上の実力だから着地はきちんとした皆さん。
立ち上がった誰かが、肩を叩いた。
おてがらだ、と言ったようだ。
他にも、頭を撫でてくる奴とか。
「盾師、礼を言うぜ、気付けなけりゃ飲まれて……生徒たちは?」
一人の重装備の男が、おれの肩を叩いた後に周囲を見回した。
「生徒だけいない……?」
「生徒は残された」
「生徒たちを狙って?」
冒険者たちがざわめいて、一様に蒼褪めて。
周囲を見まわしたひとりが怒鳴った。
「韋駄天! アシュレにこれを言いに行け! 動ける奴はもう一回、チェレン山に入るぞ! もし人喰い山なんかに変質してたら、中の生徒が皆喰われる!」




