他方(3)=致命的なその一瞬までのバカ騒ぎ
「ふん、今に見ていればいいのよ、アンジューに負けてたまるものですか! 前の勇者様は大変に格好良いお方だったのですから、次の勇者様だって格好いいはず。以前は父上にお許しをもらえなかったから、言葉を交わす事もできなかったけれど。今度は仲間になるのですわ!」
「アステリア様、あまり興奮すると獣もそれを感じます、落ち着いてください」
銀の巻き毛の少女に、切りそろえた髪の毛の少女が言う。頷くアステリア。
「わかっていますわ、シャルロッテ様。だからこうしているのではありませんか」
「それにしても、スザンヌ様、あなたは他人を誤解させる発言が多いのですから、気を付ける様にとこの前も、教師の皆さまから怒られたばかりではありませんか」
シャルロッテは、背後の少女にも苦言を呈する。この面子のなかでは、良識的な立場らしい。
「別にぃ。あんな見た目もひょろいよわっちそうな、肩書詐欺みたいなやつに事実を教えてあげただけよぉ」
「それでもです。あの盾師が事実、ギルドにあなたの事を報告した場合、さすがに父君も庇えないかもしれませんし、誤魔化せないかもしれないのですよ」
「大丈夫だってぇ。私現実しか言ってないじゃん」
「まあ二人とも、何よりわたくしたちが先に課題を達成してからですわ。課題達成もならないまま、時間を過ぎれば大問題」
にらみ合いが始まりそうな、シャルロッテとスザンヌの間に声を割り込ませるの、アステリア。
騎乗魔物に乗りながらの会話である。三匹のそれに追い越されていく、駆け足の生徒たち。
彼ら彼女らは、呆気に取られてその騎乗魔物を見ている。
騎乗魔物は段違いに高価なペットであり、その理由として躾けに非常に手間がかかる言う事があげられる。
ただの獣より賢い分、なかなか乗り手のいう事を聞くように慣れさせられないのだ。
しかし、生まれた時もしくは、まだまだ幼い時に捕まえて来て訓練すれば、成体を馴らすよりはずっとたやすい。
しかし幼体は餌代も馬鹿にならない事が多いため、どっちがよいとは言い切れないのが現状だ。
そんな騎乗魔物を三体も使っている時点で、アステリアたちの財力が馬鹿にならない事実を示している。
「魔法使いさんもそう思うでしょぉ」
「……聞いていなかったな」
スザンヌの背後に座り、ずっと沈黙を保っていた男が、淡々と言う。
ほら、あの盾師が大げさなのだ、と三人が思うに十分な態度だった。
もしもギルドに伝えなけらばならない位に、問題のある発言ならば、護衛が止めるはずだと思っているのだ。
もともと奇妙な男ではあるのだが、なんとなく只人ではない雰囲気を漂わせており、何より他の冒険者たちが一目置いていたため、アステリアが同伴者として選んだ、魔法使いだ。
なるほど魔法の冴えは並々な物ではないし、これぞ上位冒険者と納得がいくものがある。
一度だけ、実力を見せてほしいと言った時に、見せられた火柱がその証明だった。
そしていよいよ、山に入る。
山道は険しいが、跳躍力の高い騎乗魔物を選んできたため、斜面も足場の悪い岩場も問題ない。
何より、自分たちの力だけで這うように移動している、生徒たちを追い抜くのが気持ちいいらしい。
「やはり、準備は始まる前から入念にしておくべきですね」
先に冒険者を選び、出発していった面々を背後に見送りながら、シャルロッテは笑顔になる。
「いろいろな情報を駆使し、先手を打てるようにして本当に良かった」
「私の所の配下の手柄よぉ。えらいえらいって褒めてあげたんだから」
そしていよいよ、目標地点である山の中腹の広場に到着した。
そこには、一つの木にしっかりとつながれた大きなハンコがある。
それを与えられた地図に捺印するのが、証明であるようだ。
「一番乗りですわね! さあ、やりましょう」
アステリアが意気揚々と騎乗魔物から下りて、地図に捺印する。
その間周囲を探っている二人。役割分担はきちんとしているらしい。
そこへ、魔物が一匹現れる。まだ幼体だが、形は大きい。大型の魔物の幼体だ。
「やっぱり、チェレン山で何もなく終わるわけがなかったですわね! 重力展開!」
それを一目見て、アステリアがいくつもの詠唱を短く行う。彼女の手足に巡る燐光の文字、それを素早く行えるのはなかなかだ。
彼女のそれは重力展開、己の意のままに重力を操る高等術である。使いようによっては音速を可能にするともいわれているし、山を片手で砕く事も可能だと言われている。
完全制御に至るには、人生を三回やり直すくらいでなければならないと言われている、物でもある。
主に地竜族の得意とする技であった。
アステリアが一息に跳び、幼体に腕を叩き込む。
その際に、彼女に返り血も何もつかないように、水の盾を展開しているシャルロッテ。いざという時のために飛び道具を構えるスザンヌ。
前衛が圧倒的に強いため、後衛が二人と言う配分なのだろう。
幼体は抵抗の隙もなく、内臓を散らばせて倒れ伏した。
ひくひくと痙攣する四肢を見て、アステリアが言う。
「本当につまらないですわね、こんな弱い障害なんて」
「……見逃せばよかったのではないか」
その時である。一人背後でそれを見ていた男が、問いかける。
「いいえ、邪魔になるものは軒並み倒しませんと、後が厄介ですわよ」
「そう思うのならば、それで進むしかないだろう。早く処理を行え。山のなかは血の匂いに釣られて、何が来るかわからない」
「わかっておりましてよ」
忠告された事が不愉快だと言う顔で、アステリアが地面をける。
造作もなく穴が出来上がり、そこへ幼体を丸ごと放り込み、シャルロッテが土に水分を少し含ませたもので、ふさぐ。
時間はかからない。これを盾師が見れば、散々に非難したかもしれない事であったが。
だが、それでも多少の時間はかかるのだ。
まして先を越された生徒たちが、息せき切って山を登っているのだから。
ここまで来るのだから、体力はそれなりの集団ばかりだったようで、息を切らせながらも、彼等がわらわらと押し寄せてきたのだ。
そしてそれによって、降りていた騎乗魔物と引き離されたアステリアたち。
「邪魔ですわよ、退きなさい!」
普段ならば言う事を聞く輩も、今はアステリアの声よりも課題達成を重視するらしい。
そうして一つのハンコをめぐり、大騒ぎが始まる。
そしてそれは収束する気配を見せず、チーム同士の争いも激化していた。
「おや、アラズ」
男が不意に、坂道の方を見やり、呟いた時だった。
道半ばから、鋭い警告が響いたのだ。
「お兄さん、やばい! なんかこの山、変質してる!」
誰を示しているのか、どういった警告なのかも分からないのだが、その警告と同時に、それが起きた。
生徒たちの争いを遠巻きに眺めていた冒険者たちが、一斉に武器を構えるほどの事だ。
しかし冒険者たちのそれもむなしく、彼等は見えない何かに強制的に、弾き飛ばされ、山の下へ転がされていった。
だが、ハンコ争いで騒いでいた生徒たちは気付かない。
それが致命的な瞬間だった事にも、気付けないで。




