決意=前に進むための行動
男はそれだけで何か、深い事情を感じ取ったらしい。
それでもシャリアを慰めるように問いかけた。
この空気を打開したかったらしい。
「君はこれから、ギルドに戻るのかい、だったら私も街に用事があるから、一緒に行こう」
「街に戻って……皆は」
まだ皆にこだわるらしいシャリア。
そうかもしれない、こいつには捨てられる理由が思いつかないのだろうから。
だがおれの勘として、こいつは捨てられている。
それでも一応、怪我をした状況を聞いてみる事にした。
「なんでみんなであんな場所にいたんだ」
話題がそれた事にほっとしたのか、シャリアは素直に答え始める。
「ミッションを受けていたの。砂鈴蘭をとりに行くミッションで、一番近くのオアシスを目指している途中で、砂虎戦士の集団と戦って、強くて……」
傷の痛みを思い出したらしい彼女は、それ以上言えなくなってしまった。
だが事情は分かった、たしかに砂鈴蘭をとりに行くとき、いつも行っていたオアシスがあったな。
そこは男が言っていた中継地点にほど近いオアシスだ。
事実だろう。砂虎戦士が集団なのも、珍しい話じゃないからこれも事実っぽそうだ。
しかし。
「お前たちの実力で砂虎戦士相手にそこまでてこずるなんて、心底弱体化したんだなお前たち」
受け取った事実を告げれば、シャリアは小さな声で言う。
「何度も、お姉ちゃんに頼り切ってた事実に気付いた」
遅すぎる気付きでしかない。おれはこいつと戻るつもりは何もないのだから。
「これからは自分の実力に見合うミッションだけを受けるんだな、じゃないと死ぬぜ、今回はそこの男に感謝しな、その男が見つけなかったらシャリアは死んでたんだから」
男を示せば、男は手を振った。
「大した事はしていないし、あんな状況の子供を放っておくなんて論外だろう」
確かに何も知らない奴から見れば、シャリアはただの子供にしか見えなかっただろう。
そして死にかけている子供を助ける事に、理由が必要なほど世界はひどくないはずだ。
オーガとの混血には惨い世界だけどな、くそ。
男が本当に気にしなくていい、という表情でいる事に、何かしらの思いを抱いたのだろう。
「……ありがとうございます」
シャリアが素直に頭を下げる。男が再び気にするなと、手を振った。
その間に、粥の付け合わせも出来上がる。
そこでおれはようやく、お兄さんを起こす事にした。
寝台の上で敷布に丸まってるお兄さんは、ミノムシの様だ。そして至福の表情で眠っているから、ちょっと起こすのをためらった日々もある。
さらに言えば、起こす時にほかの事に気をとられていたら十中八九、お兄さんの腕の中に引きずり込まれると何か月かの間で学習したのだ、おれも。
それゆえおれは慎重に距離を測り、力加減を間違えないようにして、呪い本に呟いた。
「いつもの頼める?」
『あんたも大概だよなあ! 起こすのに俺らみたいな系統の本を使うなんて、普通の神経じゃねえ! ほらよっと!』
おれは自分の手のひらにはちり、と何かが集まったのを確認し、お兄さんの手首をつかんだ。
ほんの一瞬、ばちりと静電気の火花がはぜる。
ぱっとお兄さんが目を覚ました。強制的な起床である。
そして即効性の高い目覚ましでもあった。
「……いつも思うのだがな、子犬。よくまあそれだけの微妙な匙加減が出来るものだ、感心する」
すっきりと目が覚めたらしいお兄さんが、欠伸もしないで立ち上がる。
おれらからすれば普通の目覚ましでも、外野はそうじゃなかったらしい。
男は椅子から転がり落ちているし、シャリアは言葉を失ったまま。
二人とも相当、これにびっくりしたらしい。
いや、びっくりされてもなあ。
この前偶然、おれの手に静電気が溜まってて、その手で居眠りしていたお兄さんに触ったら、実にすっきりとした顔だったから、これを活用する事にしたってだけなんだけど。
「君は雷使いなのかい!?」
男が身を乗り出さんばかりに聞いてくる。雷使い、ああ、噂に聞く自然系の魔術師の事を言うのだろうか。
おれは基本的な職種しか知らないから、そこからの派生系の呼び名は知らないんだけど。
しかし目を丸く見開いて居るシャリアは、もう動けない状態だ。
彼女の眼の先にあったのは、おれの腰にいる呪い本だった。
呪い本は、本の表紙に描かれている睫毛の長い目玉を瞬かせた。
最初はこの本、何の絵も描かれていなかったんだけれども、目がないのに見えるなんて変だって思ったからチョークで目玉を落書きしたら、呪い本が甚くお気に入りになったらしくて、そのまま定着した目玉模様である。
しかしだからと言って呪いの本の能力が消えたわけでも何でもない。
この本の力は強すぎるくらいなのだ。
そんな呪いの本の力を、魔術師として視てしまったんだろう。
シャリアはたちまち顔を真っ青にしてしまった。
呪いの力にあてられたんだろう。
そっと手のひらで本のあちこちを隠し、男の問いかけに答える事にした。
「雷使いとか、そんな高尚な力を使えるものじゃないんだ、あいにくおれはただの盾師でしかないんだし」
「でも今のは雷術の初歩だろう?」
「いや、ただの静電気」
「あんな火花が散る静電気があってたまるか!」
男はおれをどうしても、雷使いにしたいようだ。
そんな物じゃないのに。
しかしおれと男の終わらなくなりそうなやり取りを止めたのは。
「子犬、朝ご飯にしよう」
伸びをして、軽く上着を羽織ったお兄さんの一言だった。
食事の間全員が無言で、食器を洗うくらいになってからやっと、シャリアはこれからの自分の方針を決めたらしい。
「……砂の神殿の方に行きます……そっちに仲間がむかったはずなので」
「でも君を置いて行った非情な人たちだろう? まさかその人達とやり直そうというのか?」
「……なにかの、間違いか勘違いがあったんです」
シャリアは視線をさまよわせた後に、決意のこもった瞳で男に言う。
「おいて言った理由を聞かなかったら、私は前に進めないから」
「君の方針はわかった、だが私は街の方に戻……」
男はシャリアをじっと見た。それからおれを見て、次にお兄さんを見た。
そしてシャリアと行動を共にできる人間が、自分だけと思ったらしい。
深く息を吐きだし、こうシャリアに告げた。
「こんな事になったのも何かの縁だ、シャリア君、砂の神殿までだけ、私も同行しよう」
「いいんですか」
「君が一度捨ててしまって険悪な仲になったらしいそちらの盾師と、沙漠の隠者に君のお供をさせるのはいささか」
「不安だと言い切ってしまって構わないぞ」
お兄さんは優雅に食後のお茶を飲んでいる。
おれはきゅるりと食器を拭き終わり、付け加えた。
「険悪なんじゃないよ、関心が無くなっただけさ」
どっちの言葉も、男にとっては不安要素でしかないらしい。
ああ、と男はうめいた、その時だ。
何か外の境界線の方が、来客を告げてきた。
朝から来客なんて珍しい、フィールドのどこかで野宿でもしたんだろうか、お客人は。
そんな事を思いつつ、おれは外套をはおって外に出る。
そして見ると思わなかった顔を見て、目を丸くした。
「なんだ、ディオじゃないか。どしたの、こんな場所まで」
境界線の向こうに立っていたのは、数か月前に別れたっきりのディオだった。
なんだかとても怒っているんだが、おれは何かしただろうか。
というか、よくここがわかったな……と感心した矢先。
「……ナナシ」
ひっくい不機嫌な声で、おれの通称を呼んだ。
ほんとおれ、何かとちったっけ!?
普段滅多に激情的にならない、数少ない友人の一人のこれにびっくりしていると、ディオはおれの方に歩いてきた。
ざりいっと足で踏み消された外との境界線の一部。
流石上級職たる聖騎士……神に仕え王に叙勲されるという、大変名誉な職を手に入れた奴は一味違う……
境界線を踏み消して近付いてきたディオは、おれの頬をひっぱたいた。
「扉を開けたと思ったらそこから行方知れずなんかになっているな! 馬鹿かお前は! 大体どうして、ギルド名簿から一度抹消されているんだ! 住所変更はきちんとしていろ! おかげでここまで探し回るのに、数か月かかっただろう! まさか今度こそのたれ死んだと思っただろう! ……おもった、だろう」
ひっぱたいた後の声が悲痛すぎて悲痛すぎて、ああ、おれって孤独じゃなかったんだっけな、となんとなしに思った。
こいつ視点でものを考えよう。
友人で仲間と再会して、共闘というか伝言を残されて頼んだって言われて、そうしたら相手が行方不明。
うん、一昔前の物語だったらそいつ死んでるわ。
って位ベタな流れだった、仲間が心配になっても何もおかしくない。
お兄さんとこいつにだけは、何か連絡手段をとるべきだったのかな、おれは。
こう言う時、単独行動が長かった付けが回ってくるんだな、とじりじり痛み出した頬を触っていれば。
なんとなく、暁夜の閃光の奴らにやられても、肉体的に痛いだけだったこう言う事が、何か精神的に痛いような気がしてきた。
「あー、悪かったよ、諸事情重なりすぎててさ」
「帝国では姫君誘拐犯として、懸賞金がかけられたりしていた。そんな事をするわけがないと思ったが、お前はお人よしで何かに巻き込まれてそうなった、という可能性を否定できないで、しばらく情報をかき集めて、問題の姫君の婚姻当日にお前の後姿を見たと思えば知らない男の脇で帝王に連れていかれて。俺がどれだけ、お前の隣の男の特定に時間がかかったか……そしてその男の所在地の特定に時間がかかったか。住所の目くらましが多すぎて何度か、死ぬかと思ったぞ」
聞くだけで迷惑かけまくったなおれ!? そしてどれだけおれの事探してたんだよ!
呆気に取られて口がふさがらないでいると、ディオが手のひらを差し出してきた。
「今の平手打ちで全部なかった事にする。これから言いたい事があるから聞いてくれ」




