残酷=自分がした事が何かわかったか。
小さな悲鳴で目を覚ます。起き上がって声の方を見れば、家の中で誰かが悲鳴を上げたらしい。
誰かなんて答えは決まっていて、女の子の悲鳴だったからシャリアだ。
起きたのか。
お兄さんの腕の中からもぞもぞと這い出し、立ち上がって少し頭を働かせる。
寝ぼけたまま動いても、ちょっと危ないしな。
しかしシャリアは何にびっくりしたのだろうか。
わからん。
取りあえず中に入って一応聞いてみるか、もしかしたら物をひっくり返してしまったのかも、しれない。
扉を開ける。中をのぞく。シャリアを寝かせていた布の所で、悲鳴を上げたまま硬直しているあいつがいる。
近くの床では、男が熟睡していた。悲鳴で目を覚まさないとは、沙漠の疲労は著しかったようだ。
硬直している方に声をかける。
「おはよう」
「……おは」
答えようとして、向こうもおれが誰だか気付いたらしい、そしてこの場所の事も。
「生きてたの」
「あいにくな、お前らと違って頑丈なのさ」
皮肉になってしまった言葉に苦笑すれば、シャリアは身を固くした。
「私をここに連れさらってきて、何の真似なの」
「そこの男が血まみれで死にかけたお前を、ここに連れて来て、おれを拾ってくれたお兄さんに治療してもらった、それだけの事さ。街に戻りたいなら、お兄さんに聞いて送り届けるけど」
「……」
思う事があったらしい。シャリアが黙り、そして大きな目を俺に向けてくる。
魔法使い特有らしい、色味が微妙に変化する瞳で。
「お姉ちゃんは」
小さな声で問いかけられた言葉に、おれは耳を疑った。
二度と聞く事なんてないだろうと思っていた、名称だったのだから。
「お姉ちゃんは、戻ってこないよね」
「当たり前だろう、お前たちが役立たずだと言って捨てたんだ。拾われる気も戻る気も未練もない」
戻ってこないという確認を、どうしてするのか。ばかばかしいほど答えは決まっているだろう。
シャリアの前に座り、聞いてみた。
「殺されかけた相手の所に、シャリアは戻るつもりになるか? お前自分が何やったのか、ちゃんとわかってるのか?」
シャリアは大きく身を震わせて、涙を目に浮かべた。
そして首を振る。そうして、自分が何をおれにしたのか、思い至ったらしい。
「お姉ちゃんを、殺しかけたのは、私たち……」
「というか、皆で寄ってたかっていたぶってたよな? 殴られるのも蹴飛ばされるのも、つらいんだぜ」
何をいまさらと思いながら聞けば、シャリアはうつむいた。
たとえシャリアが後悔しても、おれは許してやろうとは思わない、おれも根っからの善人というわけじゃないし、シャリアが謝ったから戻るほど、ここの居心地が悪いなんてそんなわけないのだし。
「……許してもらえないよね」
「おまえなあ、それを言う前に言う事くらい、想像がつかないのかよ。ってあいつらと一緒にいる時間が長ければ、そうかもしれないな」
後悔し、どうしようもないという空気のシャリアだが。
おれは大事なことを指摘した。
「お前、おれに謝ってすらいないのに、許した許されないだというのはおかしいだろ」
シャリアは目を大きくし、自分がその大事な一言を言っていない事にも気付いたようだ。
「……」
「言われたから謝るってのも筋が違うしな、謝るってのは自分が悪かったと思うから自分から言う事なわけだ。それも思い至らないって事は、お前がおれにした事、悪いって思ってないって事だ」
「ちがう」
「何が違うんだ、悪い事して謝るなんて事も出来ないくせに。子供だからって手加減はしないぜ、お前は自分の力で稼いでいるんだから。稼げないようなのはまだ子ども扱いしてもいいだろうけれど、お前は一人で生きていけるんだから、おれは手加減しない」
「……だからお姉ちゃんは、私を子ども扱いしなかったの?」
「決まってんだろ」
衝撃の事実だったようだ。だがおれとしては父さん母さんに言われ続けてきた事だから、変だとも思わない。
守ってもらえるのは子供のうちだけ。
自分で自分の生活が賄えるようになったら大人。
大人になったら、自分で自分の身を守る事が出来なくては生き延びられないってな。
「私をどうする気なの」
「何もしない」
「え?」
「こんな体格のやついじめて何が楽しいんだよ、そんな趣味なんてないしな。だからおれは何もしない。お前がやりたい事をすればいい」
「やりたい事」
「町に戻るも何処かに逃げるのも好きにしろ」
朝っぱらから何を説教しているのだ、とおれは思いつつもそう締めくくって立ち上がる。
その時だったのだ、扉が開き、寝ぼけたらしいお兄さんが周囲を見回し、男を蹴飛ばしたのだ。
寝ぼけて気付かなかったらしい。
「子犬、勝手に側から離れるな」
言いつつおれの上にのしかかる体。引っ付き虫だよなあ、と思いつつもおれは、問いかけた。
「まだ寝ますか、寝るんだったら寝台にしましょう、お兄さんは頑丈だけど寝台の方がよく寝れるはずだし」
「……ああ」
「おれはその間に、朝ごはんでも作ってますから」
お兄さんは昨夜あまり眠れなかった様子だ。目をこすり、欠伸をして寝台の方に向かった。
「お姉ちゃんは、あの人の奥さんをしているの」
シャリアが長い沈黙の後に聞いてくるけれども、それはない。
「いや、番犬している」
「番犬」
「そ、お兄さんの所に来る迷惑な客を追い返したりする仕事」
昨日使っていない材料を並べて、何が作れるか考えてみる。
朝っぱらから重い物もどうかと思うし、シャリアの分も男の分も作らなければならない。
粥程度でいいだろう。おれの分だけ重い肉を増やせばいい。
お兄さんも朝は軽い方が好きみたいだしな。
そんな調整の後に仕上がったおかゆを支度して、お兄さんを起こしている間に、男も起きた。
男は周囲を見回した後、シャリアがいたたまれない顔で座っているため笑顔を向けた。
「良かった、君も目を覚ます事が出来て、血まみれで心配していたんだ」
見知らぬ男が友好的に話しかけてきたから、怪訝な顔になった後、シャリアははっとした。
「あなたは、ほかの私の仲間を見ませんでしたか」
「君一人で死にかけていたんだが、やっぱり君には仲間が?」
シャリアは飲んでいたお湯のカップを落した。意外と頑丈なコップは床に転がっただけで、しかしシャリアの動揺はかなりの物だった。
「私も……? 捨てられた……」
呆然とした声で呟いたシャリアの声は、認めたくない物が目の前にあると言った調子で。
おれもこんなに動揺していたのだろうか、と思い起こしてみたけれども……
痛みと早く逃げなければという思いで、こんな動揺を抱く時間すらなかったっけ。
だが。
現実に仲間が誰もいない事、隠れてもいなさそうな事、そして自分の怪我を誰も直さなかった事実などが一気に押し寄せてきたらしい。
シャリアの眼から涙がこぼれて、言った。
「うそよ……うそよ、私捨てられたりなんてしない、私は皆の役に立ってきたんだもの」
「おれもそう思って来たぜ、シャリア」
容赦がないかもしれないが、おれはそう告げた。
その事実が事実だという事、そしてメンバーのために一生懸命だった相手に対しての仕打ちがあんな形だった事を思い出したシャリアは、死にそうなほど絶望した表情を顔に浮かべていた。




