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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
第一章 いかにして盾師は隠者の犬となり、元の仲間と決別したか
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説明=度し難い状況説明もあるものだ


足音と悲鳴は境界線で止まった。お兄さんの領域とそうでない場所を分け隔てる、白線の境界線は、普段人を平気で入れるはずなんだが。

おかしいな、と思ったおれの方を見て、お兄さんが言う。


「出入口の境をつけ忘れただろう」


「あ」


確かにそれっぽい物をつけるのを忘れていた。入口。白線のない場所。

おれは完全に、ここと外を分けてしまったのだ。


「ひどい怪我なんだ、助けてあげてくれ!」


外側から動けない男の悲鳴を聞き、お兄さんが本を閉じる。そしておれをちらっと見る。様子を見て来いと言う視線だ。なるほどわかってらっしゃる。

立ち上がってそちらに近寄れば、若い男性が小さな女の子を抱えている。

女の子の胸は真っ赤に染まっていて、息も絶え絶えだ。

死ぬな、普通だったら。

しかし小さな女の子がどうして、こんな場所の近くにいたんだろう。

だってそうじゃなかったら、ここに助けを求めないはずだ。

と思って一層近付いて、驚いた。


「シャリア……」


おれを捨てたメンバーの一人が、死にかけていたのだから。

どうすると思う間もなく、お兄さんに叫ぶ。


「お兄さん、すごい血の量! 死んじゃう、助けてあげて! 急いで血止めはします!」


言いながら土足で境界線の一部を踏み消し、袋に手を突っ込み、止血帯で彼女の胸の傷を押さえにかかる。

一時的な血止めの術がかけられたそれは、気休めくらいにはなるはずだ。

抱えている男ごと、境界線の中に引きずり込んでいると、お兄さんが家の中から治療用の道具を一式持ってきたところだった。


「やれ、助かる。止血帯で押さえておく方が生き残れるからな」


傷を負わせた相手が何か、触っただけでわかったから知らせる。


「この傷はこのあたりの砂虎戦士の爪だ! 傷が鋭い、その分まだましだけど、どうにかなりますか、お兄さん!?」


「この程度の傷を治せないなど、隠者としてどうかと思うさ、落ち着け子犬」


お兄さんが余裕の笑みを向けるから、とても安心した。

陣の形に並べられた道具。全部ツボ。小指サイズのツボの中には、お兄さんと約束をした精霊がいるらしい。

お兄さんがそこの中央にシャリアを寝かせて、陣に指を滑らせる。

言葉じゃない言葉が唇からこぼれて、ツボの蓋が揺れて、二つの精霊が現れる。

幻想的な色味の彼女たちが、シャリアの胸を数回なぞってツボに戻る。

それが終わるとシャリアの息は安定していた。

傷も見えなくなっているし、出血も完全に止まっているようだ。

シャリアは助かった。

よかった、とどこかが安堵した。どうしてか。

追い出した張本人で、失敗すればひき肉になる術を使われたのに、よかったなんてどうして思うのだ。

そんなにお人よしだったっけ。


「傷は治ったが、この子はもともと体が弱っていたようだ、そちらはまでは治さない」


何もしゃべらないおれと反対に、お兄さんがツボをしまいながらいう。連れてきた男の人が頭を下げる。


「いきなり現れて、このような事をしていただけるとは……本当にありがとうございます。砂の神殿に行く途中、倒れているのを見つけたのです。仲間や家族も見当たらず、街よりこちらの方が近かったはずだと連れてきました」


お兄さんはちらとシャリアの身なりを一瞥して、鼻を鳴らした。気に食わないという音だった。


「この娘は魔法使いの様だな。ということは仲間を見捨てた連中がいるという事。それもこんな子供を見捨てるのだから高が知れている」


ひゅ、と風が冷たくて、シャリアが身震いをした。

助けてしまったのだから、最後まで責任をもって助けるのが正しいだろう。

でも家の中に入れるには、お兄さんの許可が必要だ。


「お兄さん、シャリアを寝かせて来てもいいですか?」


「……君、知り合いなのか?」


男が怪訝そうな顔でいう。きっとシャリアとの接点が分からなかったんだろう。


「おれを捨てたチームの子。上位魔法使いのシャリア、っていうのがこの子の素性さ」


シャリアを抱えて家の中に入れながら、おれは答えた。

どうして人間のシャリアまで、あいつらは見捨てたんだろう。

足手まといって、長い詠唱の時無防備なシャリアを誰も守らなかったのだろうか。

そんな事が気になった。

普段使う敷布の上に乗せてやり、上掛けを被せて、一枚毛皮を被せておく。夜の沙漠は体が冷えるから、これ位の気遣いは必要だろう。

シャリアをきちんと寝かせてから、外に戻れば男が詳しい事を、お兄さんに話している最中だった。


「このあたりからやや神殿側。となると魔物がいるのは途中のオアシスか砂の中。砂虎戦士はオアシスのあたりに縄張りを持っているものだと考えると、あの少女を捨てた連中は何かしらのミッションを請け負っていたのだろう。沙漠のオアシスで採れるミッションはだいたい決まっている」


「しかしいくらミッションのさなかでも、少女を一人見捨てて戻ってこないなど」


「その程度の連中でしかなかったのだろう。うちの子犬も理不尽な目に遭い続けてきた」


「……」


その言葉で、近くに来たおれに目を向ける男。


「そちらの人はどのような職種で」


「盾師」


「……盾師ということは、まさか盾師がいない事で魔術師の詠唱が妨げられた結果だったのだろうか」


「知らねえな」


どかりと焚火の周りに座って、冷めたシチューを皿によそってお兄さんに渡し、ちょっと考えてから男にも渡した。


「食べておきな、変な物は入れてないから」


「あ、ありがとう。君は?」


「余りは全部おれが食べる事になってるの」


ツボを抱えたおれに、お兄さんが苦笑いをこぼした。


「なにしろ、食べ盛りの子犬でな」


「はあ」


何かいまいち腑に落ちない、という顔をしながらも、男はシチューを平らげた。

その間もいくつかお兄さんに、見つけた状況を話していたから、大まかな発見現場の事はわかった。

発見現場は砂の神殿の中継地点あたり。移動商人が数人、入れ替わりながら滞在しているオアシスの前だったそうだ。

そこで血まみれになっており、運悪く中継地点に回復術を心得ている人がいなかったらしい。

シャリアの周りにはほかのメンバーの物は残されておらず、捨て置かれたのだと一目でわかる状況だったと。

そして争っていたはずの魔物たちは姿を消しており、一人シャリアが虫の息。

発見したこの男は、こんな子供が死ぬなど理不尽、と考えて駆け回り、一番近くにいる事になった沙漠の隠者の力を借りようと思いついたそうだ。

そして今に至ると。


「変な話だ」


聞いたおれはじろじろと相手を見た。急場だったから境界線の中に入れたけれども、おれのデュエルシールドはいつでも展開可能だ。

この男が魔物だった場合や、くそったれなあいつらの仲間だった可能性も踏まえて動ける。


「砂虎戦士は群れで獲物を狩る。そこでいかにもうまそうな、肉の柔らかい女の子供であるシャリアだけが残されていたのが不可解すぎる」


じろーっと見て続ける。


「あんたあいつらとグルとか?」


「子犬、これは白だ」


「何で言い切れるんですお兄さん。だっていかにもすごい怪しいのに」


「時間がおかしいからだ」


「時間?」


「あの出血痕から考えられる戦闘時間と、そこからここまでの時間。この男も戦闘に加わっていたならば見られるだろう、戦闘痕がない事。その男から砂虎戦士の付近にいた時に香る、マタタビ臭に似たものがない事からの推測だ」


お兄さんは晩酌片手に言い続ける。


「この男がグルだった場合、もっと早く到着するはずだからな。シャリアといったか、あの少女が死んでは元も子もないだろう、仮にグルだった場合。だがシャリアは間に合うぎりぎりの状態だった。狙ってそんな事は出来ないし、少女が仲間に対して不信感極まりない物を抱いてしまうだろう。仲間に殺されかけて、仲間として戻るなど普通の神経ではできない」


「……お兄さんの方が、見えてるものがあるだろうから、今日は信じるけど」


でも解せない。砂虎戦士が獲物を無視して立ち去るなんて。それもあんな傷だったら抵抗する余地なく仕留められたはずだから。

もし砂虎戦士を全部倒せたのだとしたら、シャリアが置いて行かれた理由がさらにわからなくなる。

ぐるぐると、色々な可能性を探し出す頭と裏腹に、ひらめきはちっともやってこなかった。


「あの少女が目を覚ました後で、詳しい状況を聞いた方がいいだろう。おそらくまた、ギルドに報告するべき面倒な案件だろうがな」


頭に暖かな手が乗せられて、軽く髪に指が差し込まれて、撫でられる。

しばらく撫でられた俺は、今日は強制的にここに宿泊だろう男に問いかけた。


「あんた寝具持ってる? 持ってなかったら道具袋の中から、かび臭いけど使える物を探さなきゃならない」


「野営用の物は一そろいあるが」


「だったら家の中に入って寝な。おれはもう少し外で外の音を聞くし、お兄さんは好きな時間に家の中に戻るだろうし。……あの中継地点から走ってきたなら、あんたもかなり体力を消耗しているはずだ。気付かないだけで疲れの蓄積がすごいはずだぜ」


「……ここに魔物は寄り付かないのだろうか」


「私の領域に入る事の危険を、このあたりのあらゆる生き物が熟知している。これでもきちんとすみ分けているからな」


不安げだった男は、お兄さんの断言によって本当に、肩の力を抜いたらしい。

そうだよな、魔物ひしめくフィールドのど真ん中のオアシスで、安眠なんてできないのが普通だろうからな。


「ではありがたく、眠らせていただこう」


「家の中のもの、うかつに触るとえらい目に合うから、厠くらいにしておいてくれよ」


「あ、分かった。扉は全て開けてもいい物なのだろうか」


「見ても大したものは入っていないからな」


一応許可をとりたかったらしい。お兄さんの気安い言葉に、彼はほっと息を吐きだして、家の中に入って行った。


「……どう思ってんです、お兄さん」


それを見届けてから小さな声で、聞くと。くるりと巻物を巻き戻したお兄さんが、一言。


「崩壊だな」


と言った。

崩壊って何が崩壊してんだよ。


「どういう事なんです? 崩壊って一言で言われてもあんまり、見当がつかないというか」


「実力以上の依頼を受けて、チームとして崩壊したのだろうという事だ。そういうものは古今東西珍しくもなんともない」


断じたお兄さんの瞳の中に、おれの知らない遠い過去が映っている気がした。

それがさみしかったけれど、話題を変えるべく口を開いた。


「お兄さん、今日もいろいろありましたから、寝ましょう。おれはもう少し、星を見ています」


星を見ると言ったおれの言葉の裏側に、何を見たんだろう。

お兄さんの、底なしの真っ黒な瞳が、底の浅いおれの中を見つめる。


「子犬、私の前で虚勢を張ることはするな」


「……」


おれは何も言い返せなかった。言い返せないでいた。それは事実だ。

平静を装っても、実はすごく信じられなかった。

一番年下の、一番守ってあげるべき職種のシャリアを、置いて逃げたあいつらの精神とかに、動揺していたのだ。

あいつらだって、シャリアの上位魔法にどれだけ助かっていたか、覚えていない筈がないのに。そんな命を預けあっていた仲間まで、見捨てるなんて。

よりにもよって、シャリアを、なんて。

そう気付かされた途端、おれの喉から嗚咽が漏れた。

そして目玉から、ぼろりと涙がこぼれだす。なんでこれしきで泣くの、おれが。

止め方もわからないそれに、動けないでいたら。

お兄さんがおれの眼を見たまま、優しい声で言った。

胸の奥がかきむしられそうなほど、切なくて優しい声で。


「おいで」


いつもと同じようで、大違いな微笑みを口に浮かべて言ったのだ。

抗えたり、反抗したりする事が出来るわけもなくて。

その腕の中に飛び込むと、柔らかく頭を撫でられた。


「今日は子犬を抱いて空の下で眠ろう。子犬」


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