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第54話 マサシ、頭を下げられる

 アルベルト達と深く交友を深め盤石な基盤の礎を築いた日から1週間が経った。


 マサシ達は満を持して屋台を出そうと思ったのだが、ここで思いもよらないところから待ったがかかった。


「頼む!パンケーキに俺も噛ませてくれ!!」


 朝からマサシ達に頭を下げている男、マサシ達が泊まっている宿の経営者であり、調理師であるキータである。


 キータはマサシからパンケーキを試食させられてからというもの、日々悶々としていた。小さな宿では有るが、調理師としての矜持もあり、日々新たな味を追求し客の舌を飽きさせない努力をしていた。


 それなりに評判もよく、自分の腕に誇りを持っていたキータだったが、マサシのパンケーキに打ちのめされてしまった。


 それまでキータにとって料理といえば塩や香辛料を使ったものであり、生きるために腹に入れる糧であり、酒の友に口に運ぶ肴であり、なんでもない時に舌を楽しませるために口にするものではなかった。


 しかし、パンケーキはどうだ。特に食事をしたいという時間帯ではないにかかわらず、娘や妻が心より嬉しそうに口に運び、娘に至ってはおかわりをねだる始末。


 それまで娘からそこまで料理を褒められたことがないキータにとって何かにガンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


「ちょ、ちょっとキータさん?頭を上げて下さい……っていうか、説明を……!」


 そんな事を知らないマサシはキータの様子に慌て、説明をするよう求めるので精一杯である。説明をされたところで何の問題も解決しないのだが、今は取り敢えずそう言うしかなかった。


「うぬう……。甘い食い物が衝撃的でな……。ポラがあそこまで料理に顔を綻ばせるとは……」


 もう殆ど本音が出てしまっていた。結局の所、ポラに『お父さん凄い』と言ってほしいだけなのだ。娘の言葉が達者になってから長らく聞くことがなかった『美味しい』という言葉、キータはポラの口からそれを聞きたい、それだけのことなのである。


 理由を察した女将とリュカはそれぞれ呆れた顔と困った笑顔を浮かべていたが、マサシだけは察しが悪く、


(なんて探究心なんだ……彼もまた、職人か……)


 と、謎の感心をしていた。


「キータさんのお気持ちはわかりましたが……、噛むと言っても難しくありませんか?」


「なぜだ?俺ならやれるぞ」


「馬鹿だねアンタは!マサシはアンタの何処にそんな時間があんのかっていってんだよ!」


 冒険者も泊まる宿で働く調理人の朝は早い。


 早ければ6時前には宿を発つことも有る冒険者のため、キータは5時前に起きて朝食の仕込みを始める。流石に早朝発つ冒険者には通常の朝食ではなく、簡易な物しか用意することは出来ないが、それでも飢えさせること無く、適切な食事を提供している。


 朝食のピークは8時には終わり、後は片付けをしつつ、寝坊をした冒険者向けに待機をしている。


 其れが終わると今度は常備食の仕込みだ。日持ちする常備食は食事の彩りに使ったり、夕方から出し始める酒の友として重宝する。


 昼食を出さない宿のため、それが終わればようやく休憩時間となるが、それも14時には終わりを告げ、昼食と仮眠をとった後は夕方の仕込みが始まる。


 宿の夕食の他に、17時からは酒場や食事処のような事もしているため、休んでいる暇はないのだ。


 そして20時には店を閉め、片付けと朝食の仕込みをして22時前には布団に入る。


 そんな1日を送っているキータの何処にパンケーキ屋を手伝う暇があるというのだろうか。


 女将からキチキチとその様なことを伝えられ、言葉に詰まるキータ。しかし、少しでもマサシが始める屋台に噛みたい、その思いから一つの提案をする。


「ぐ……であれば、その……そ、そうだ!うちの前でやれ!そうだ!屋台を今から出そうにも場所の確保で揉めるはずだ!な?どうだ?悪い話じゃないだろ?」


「アンタはまたそんな無茶言って!」


 ゴツン、と女将のげんこつがキータに飛び、頭を抑えてうずくまる。


 屋台の場所、確かに其れは問題だった。アルベルトからも其れはちらりと聞かされていた。


 屋台を出している者たちにも縄張りというものは有る。怖いオジサンたちが仕切っているというわけではないし、役所や警察に届け出が必要というような物でもない。その代り、暗黙の了解で『ここは誰其れの場所である』という縄張りは決まっていた。


 また、いくらなんでも何処にでも出して良いというわけではない。場所が問題なのではなく、純粋に邪魔になるからである。


 馬車が走るような場所にデーンと屋台を構えてしまったら大変だ。文句は言われるし、蹴散らされても何も言えるわけがないのだ。


 そして良い場所というものは完全に埋まっていて、今から出そうにもろくな場所は残っていない。


 店の前という選択肢もあるが、それをするには店主の許可がいるし、客寄せ代わりにどうですかと言ったところで新参の、しかも得体が知れない『蜂蜜』なる物の販促屋台となれば快諾する人を探すのがむずかしい。


 アルベルトから聞かされた難関がそれであった。


 故にマサシはちょっといいなと思ってしまう。キータの提案、それは渡りに船だと思ってしまう。


「女将さん……、キータさんの話って受けても大丈夫ですか?」


 流石のマサシも蜂蜜という禁忌感たっぷりの商品を食堂も経営している宿屋の前で出すのはどうかと思ったので、念のために女将に確認を取る。


 女将は少しの間何かを考えていたが、頭をかきながら了承をしてくれた。


「はあ、まったく。ただし、店を出す日は家賃の変わりにあたしとポラに毎日1回パンケーキを提供すること。それでどうだい?」


「願ってもないことです!よろしくおねがいします!」


 固く握手を交わす二人、俺の分はないのかと悲しげな顔をするキータ。


 そしてマサシは屋台を出すスペースを無事確保することが出来、蜂蜜販促作戦が1歩前進するのだった。

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