第44話 狩りの後
ソルジャーとコマンダーが片付いた今、残るは巣に潜む通常種、そしてクイーンのみとなった。厳密に言えば幼虫も多数居るはずなのだが、今回それは数に入れていない。
「では、仕上げと行きますか。前に練習した通り……いくよ、リュカ」
「本当にマサシは出鱈目だよね……まあいいや。いつでもおっけー」
ソルジャーを片付けた銀の牙達も駆けつけ、水球に覆われた巣を見て改めてため息をつく。これだけ巨大な水球、しかも外周には水流が生じ、内側が空洞になっているという手が込んだ魔術。
それを発動させるのも意地をし続けるのもリオンには信じられないことであった。しかし、リュカはまだ良い。エルフならば、まだしもわかる。しかし、本作戦の仕上げはマサシが担当するらしい。マサシが使おうとしているのは魔術。
リュカの魔術と合わせるように魔術を使い、内側のレッド・ホーネット達にとどめを刺す、作戦会議ではそう話していた。
(マサシくんも大概でたらめだけど……本当にできるのかしら?だって多分人間よね……)
腕組みをして目をつぶり、何かぶつぶつと呟いているマサシ。リオンは耳を澄ませて聞こうとするが、どうもそれは詠唱ではない、いや、そもそもリオンが理解できない何処か異国の言葉であった。
(内側の空気を外に空気を外に……水球をゆっくり抜けて外に外に……空気を外に)
暫くぶつぶつと何事かをつぶやくマサシの声が聞こえていたが、やがて水球に変化が訪れる。プクプクと泡立ちがはじまり、それが徐々に速度を上げていく。
そのうち巣から多数の蜂が飛び出し、水球から出ようともがくが、体当たりをしているうち、どんどん下に落ちていく。それから暫くの間ポコポコと音を立てていた水球だったが、やがてその音も止み、同時に巣から飛び出し暴れる蜂の姿も無くなった。
マサシはマップを開くと、レッド・ホーネットの反応を見て満足そうに頷く。反応0、すなわち殲滅完了であった。
それを見たリュカが魔術を解くと、バラバラと音を立て、無数のレッド・ホーネット達が亡骸となって辺りに散らばり、その上にドスンと巨大な巣が落ちる。
(((エグい……)))
その場に居た全員がそう思った。
仕掛け役であるマサシですら引くような光景だったのだから、他の者達は尚更ドン引きしていた。
なにしろソルジャーが12体、コマンダーが6体はまだしも、働き蜂に至っては数え切れないほどの数が転がっていた。
取り敢えず、ということで『かばん』を空にしてきていたマサシがレッド・ホーネット達の亡骸を収納していく。最終的にアイテムボックスの表示を見ると、
『ソルジャー×16 コマンダー×8 レッド・ホーネット(働き蜂)×582』
と、ものすごい数の数字が見えてマサシは軽くめまいを起こす。これはこれで素材として納品できるため、取り敢えずキープしておくことにした。そして問題となるのは蜂蜜の取り出し方だが、それも取り敢えず巣をそっくりそのままカバンにしまい、後日良い案が出てから絞ろうということにした。
何しろ現在時刻にして21時を回ったところである。取り敢えず今日のところは帰宅し、ゆっくり身体を休めたいところなのだ。
その提案に銀の牙は大喜びをする。今から帰るということは、つまりマサシの家にお泊り出来るということである。マサシはファストトラベルが出来るので、街まで飛んで夫々の宿へ、という事も出来るのだが、幸いにして今日のマサシはゆっくりと風呂に浸かりたい気分であり、
「良かったら今日はうちに泊まりませんか」
と、催促するまでもなく、マサシ邸に泊まることが決定したのであった。
「じゃ、先ずは女性陣からお風呂使ってくださいね」
それを聞いたリオンとマイナは大喜びで風呂へ向かっていく。その背中から慌ててマサシが声を掛ける。
「そうだ、良かったら新品の下着と、こっちは古着ですが室内用の楽な服がありますので着替えませんか」
女性たち……と、リュカの表情が引きつる。
「え……なに?マサシくんは一体何を求めているの……?」
「マサシくん……脱いだ下着をどうするつもりなの……?」
「マサシ……なんで君がそんな物をもっているんだい……?」
剣呑な表情を浮かべる女性たち……と、リュカを見て慌てて足らぬ言葉を継ぎ足して弁解をする。
「いやいや、待って待って!せっかくお風呂に入ったのに、汗で湿った服をまた着るの……いうじゃない?それにリュカ、君には話しただろ?俺には妹が居たって。ズボラな妹が残したままの下着類が未開封で残っているんだよ……。洗濯の仕方は教えるから、俺がマイナさん達の……なんだ、下着を触るとかそういうことはないから!」
それを聞いて暫く相談をしていた2人だったが、リュカから耳打ちをされ、決心をしたような顔で頷いた。
「じゃあ、マサシ、僕がリオン達を妹さんの部屋まで案内するね。勝手に貰っていいんだよね?」
「ああ、勿論。妹からも『適当に捨ててちょー』って嫌な頼みを受けててね、正直困ってたくらいなんだ」
そしてリュカは女性たちを連れ2階へ上がっていく。
リュカは既にマサシの妹が着ていた服を何着か貰ってきている。ある日マサシから
「ううん、気を悪くしたら謝るけど、どうもリュカは俺の服より妹の服のが合うような気がするな」
突然そのようなことを言われ、動揺をしたのだが、
「あ!勿論似合うとかじゃなくて、サイズ的な問題ね!イヤじゃなかったら勝手に着ていいよ。どうせ捨てる予定の服たちだしさ」
と、余計な補足をうけ、ちょいちょい姉の服の中から無難な……中性的な服を選び着ているのだった。その服はどれも肌触りがよく、軽くて楽であり、デザインも素晴らしく良かった、その話をリオン達に話すと文字通りイチコロなのだった。
そしてなんだかとっても嬉しそうな顔で2階から降りてきた女性たちにリュカが洗濯乾燥機の使い方を指導し、女性たちのバスタイムが始まった。
その間残されたマサシとリムは早めの乾杯をしていた。飲んでいるのはマサシ秘蔵のビールである。もう色々と隠すのが面倒になってきたマサシはいわゆる「ツッコミ待ち」の状況を作り、堪らず聞かれたら銀の牙には打ち明けよう、そう思っていた。
なので遠慮なく缶ビールを冷蔵庫から取り出すと、それをそのままリムに手渡し、飲み方を教えて2人仲良く喉を鳴らした。
「へえ、一体何を手渡されたのかと思ったら。凄いなこれ、密封できる容器にエール……?がはいってるとはね。しかもなんだ、よく冷えててこれはやばいな!」
「そうでしょう、そうでしょう!やはり労働の後はこれですよ!」
つまみにしているのは街で見かけたどう見てもエダマメにしか見えなかったマメである。このマメはやはり塩ゆでにしてつまみにする事が多いらしいのだが、見た目だけではなく味もエダマメそっくりなため、てきめんにビールにあった。
二人仲良く2缶目を空けた所で女たちがドヤドヤと上がってきた。
「あ!こら!マサシずるいよ!先に始めてるなんてさ!」
「あーわるいわるい。リュカ達も適当に飲んでていいからさ……ね?」
「うし、じゃあマサシ!今度は俺達も一緒に入ろうぜ!」
「そうですね!裸の付き合いと行きますか!」
小学生時代に少年野球をやっていた友達らに付き合い、ちょこちょこ一緒に銭湯に行くことが多く、同性と共に風呂に入るということにあまり抵抗がなかった。故にリムからの提案にも快く頷き、体格もやや近かったことから自分のストックである下着を提供し、二人仲良く洗濯機をかけてから風呂場へ突入する。
風呂にこだわりを持っている両親が設計士と喧嘩をしながら作り上げた家だけあって、個人の家にしては規格外に広い、6人はゆうゆうと入れる大きな風呂である。男二人が一緒に入った所であまり気持ちが悪いことにはならず、快適な入浴を楽しめる。
風呂に浸かり、ぼんやりとしているとふと、疑問が頭に浮かぶ。
(そういえばリュカは来なかったな……いや待って、さっきリュカは湯上りだったような……んん?)
理解が出来ない答えが脳裏に浮かぶ。しかし、リュカにはそこそこの可愛らしいアレが……、マサシがそんな事を考えていると、ジャボンという水音が聞こえる。
何事か、と振り向くと寝落ちしたリムがゆっくりと湯船に沈んでいく姿が見えた。
「うわああああ!リムさん?おきてえええええ!!」
結局この救助劇のせいでマサシの思考は有耶無耶になり、リュカの秘密はまだもう少し明らかになることはなかったのである。




