第6話 今宵の最強は
今日、夜のハインド亭は異様なほど賑わっていた。
国から季節の移り変わりを知らせる夏祭りの日取りが告げられ、城下町の外から準備のために人々が押し寄せてきていた。
客室は満室。
酒場も席が足りず、立って飲んでいる客でごった返している。
バースもカウンターの定位置を譲り、立ちながらいつもの常連客と安酒を飲んでいた。
「ちょっと、おじさん! 今日は忙しいから、飲んでないで厨房でも手伝って!」
「お、おう……!」
ラークに発破をかけられ、バースは渋々厨房へ向かう。
「用心棒さんは、食器でも洗ってて! 邪魔だから!」
いつもサバサバしているマリアも、今日は明らかに気が立っていた。
バースは安酒をちびちびやりながら、皿の残り物をつまみつつ、身体を小さくして皿を洗った。
しばらくすると、店の中心で急に歓声が上がり、騒がしくなっていた。
「……なんかあったのか?」
バースが洗い物の手を止めてラークに尋ねる。
「力自慢のお客さん達が、腕相撲で勝負するみたいだよ」
酒場の中央に大きなテーブルが運ばれ、それを見るからに腕っぷしの強そうな男四人が囲んでいた。
キアルがスプーンをマイク代わりに、楽しそうに紹介を始める。
「エントリーナンバー1番! 城下町を守る憲兵一の力自慢、アイン!」
鍛え上げられた無駄のない筋肉を誇示するアイン。
「エントリーナンバー2番! 鍛冶で培った驚異の握力、ビル!」
ビルはクルミを片手で軽々と粉々にした。
「エントリーナンバー3番! 切り株も素手で引っこ抜く、木こりのグール!」
グールは丸太のような腕に力を込め、血管を浮き上がらせる。
「エントリーナンバー4番! 硬い鉱石を軽々砕く、鉱夫のヤザン!」
ヤザンはツルハシを振るうように素振りをして見せた。
「さあ、誰が勝つかはったはった!」
客の一人が仕切り役となり、すぐに賭けが始まった。
黙ってその様子を眺めていたバースに、常連客が声をかける。
「おい、バース。お前は出なくていいのか?」
「もう、力比べで勝って喜ぶ齢じゃねえよ」
バースは苦笑いしながら、酒を口に運んだ。
1番人気は城下町でも名を知られた憲兵のアイン。2番人気は大きな体躯の木こり・グール。
第1試合はアイン対ビル。
ビルの握力にアインは顔を歪めたが、地力でまさるアインが力で押し返し勝利。
第2試合はグール対ヤザン。
力仕事の両雄は互角だったが、体重で勝るグールが押し込んだ。
そして決勝戦——アイン対グール。
酒場の盛り上がりは最高潮に達していた。
バースは安酒をちびちびやりながら、ただ眺めている。
二人がテーブルで手を組む。
「レディー……ゴー!」
サラの掛け声と同時に、二人の腕に力が入った。筋肉が軋み合い、拮抗した後、徐々にグールがアインを押し込み始める。
アインは真っ赤な顔で耐えたが、最後は力尽きてテーブルに手をつけた。
「わーーー!!!」
勝負がつき、店内が歓声に包まれる。
勝利したグールは拳を天井に突き上げて叫んだ。
「うおーーー! 俺が最強だーー!!!」
「……最強?」
先程まで黙って見ていたホロ酔いのバースが、ピクリと反応した。
そして、無意識に足が動き、バースはグールの前に立っていた。
「なんだ? おっさんも俺とやるか!?」
目の前に来たバースに、グールが凄む。
「……」
バースは黙ったまま、自分の傷だらけの腕と、ぽっこりと出た腹を見下ろした。
それから、若く力が有り余ったグールの姿を見て、バースはグールから視線を逸らした。
バースが逸らした先に、何故か強い酒が入ったグラスがあった。
「……おじさん、天引きですからね」
ラークが静かにグラスを差し出していた。
「……」
バースは黙ってそれを受け取ると、グールの顔をまっすぐ見た。
「……小僧、ちょっと待ってろ。今、最強になるから!」
強い酒を一気に飲み干すと、両手で自分の顔をバシンバシンと叩く。
バースは「ふー! ふー!」と荒い息を吐きながら、ドン! とテーブルに肘を突き立てた。
「おもしれえ……。受けて立つぜ、おっさん!」
グールも肘をつき、両腕が組み合わさる。
腕の太さは互角。
体重はグールが明らかに上回っているように見えた。
「さあ、どっちが勝つか、はったはった!」
バースのことを知らない客たちは、こぞってグールに賭けた。
「俺はバースに賭けるぜ!」
「あたしもー!」
常連客とキアルがバースに賭ける。
ラークは何も言わず、静かにバースに賭けた。
「それじゃあ、レディー……ゴー!」
サラの掛け声と共に一気に力を込めるグール。
しかし、バースの腕は血管を浮き上がらせたまま、まるで地面に打ち込まれた杭のように、微動だにしない。
「……う、動かない!」
グールが歯を食いしばる。
「……小僧。これが、最強の力だ!!!」
バースはそう叫ぶと、テーブルを割らんばかりの勢いで一気にグールの手を叩きつけた。
「勝者おじさん――じゃなくてバース!」
サラの声と同時に、酒場に割れんばかりの歓声が上がる。
バースは「ふー……ふー……」と荒い息を吐きながら、ラークの前に歩み寄った。
「おい、ラーク……何で俺に強い酒を出した?」
「だって『最強』って言われたら、おじさんが黙ってるわけないと思って……。お酒を飲んだら、今でもおじさんが『最強』なんでしょ?」
ラークが照れくさそうに、白い歯を見せて笑った。
「……ありがとうな」
それを見たバースも、フッと小さく笑って答えた。




