29 ずっと前から
自分が自分でなくなった様なフワフワとした思考のまま、とりとめのない話を続けた。
面倒な酔っ払いの戯れ事に、ヴィンス様は最後まで付き合ってくれた。
そして私は、いつの間にか眠ってしまったらしい。
眠る直前の記憶は酷く曖昧だが、目が覚めたのは自分のベッドの上だったし、きちんと夜着に着替えて、化粧も落とされていた。
多分、ニコラとメイドが介抱して、寝支度も整えてくれたのだろう。
「あ、お目覚めですか? お嬢様」
私が起き上がる物音に気付いたのか、カーテンを開けていたニコラが振り向く。
「ん……ぅんん゛…………」
額に片手を当てて、軽く首を振る。
一晩ぐっすり眠ったせいか、思ったよりも体調は悪くない。
ただ、寝ぼけた頭の靄が晴れるに連れて、昨日の失態が脳内を占拠した。
アイリーンへの拗らせた心情をツラツラと吐露した後も、ヘンリー様やお父様に対して『あのクソ野郎!』とか、『のたれ死ねば良い』とか、『生まれてきた事を後悔させてやりたい!』とか、抑えていた怒りが大爆発して、随分と攻撃的な言葉を吐いた記憶がある。
どう見てもタチの悪い酔っ払いだ。令嬢として完全に終わってる。
もう消えてしまいたい。
ヴィンス様は笑いながら『そうだそうだ』なんて同調してくれていたが、本当はうんざりしていたんじゃないだろうか?
「昨日の記憶、残ってますか?」
そう言いながら、二日酔いに効く薬湯の入ったカップを差し出すニコラ。
それを受け取り、勢い良く飲み干した。めちゃくちゃ苦い。
「うぅ……。忘れたくても忘れられない……」
思わず漏れ出た呻き声は、薬湯の苦さのせいなのか自己嫌悪のせいなのか分からない。
「そっちの話ではありません」
残念な子を見る様な目をしたニコラの言葉に、漸く失態前の出来事も脳裏に蘇った。
『僕は、シェリルが好きだよ』
先程まで血の気を失っていた顔に急激に血液が戻って来て、ボッと一気に頬が熱くなった。
青くなったり赤くなったり忙しい。
それを見たニコラは、ニヨニヨと笑う。
「あ、覚えていらしたんですね。
うんうん。良かったです」
「夢……、じゃない、のよね?」
「あはは。流石にアレを夢で済ませるのは、ヴィンセント様がお気の毒ですよぉ」
鮮明な記憶があるのだから、夢じゃないのは私だって分かってる。
ちょっと確認してみただけだ。
だって、分からないのだ。ヴィンス様は、こんな面倒な女の、一体どこを気に入ってくれたのか?
もしかしたら、早くも愛想を尽かされている可能性だって、無きにしも非ず。
『人を疑うのはやめにしたい』なんて、偉そうに宣った舌の根も乾かぬ内に、弱気な自分が顔を出す。
(でも、まだ口に出してないのだから、ギリギリセーフよね?)
そんな風に自分を正当化してみたが、視界の端でニコラが冷たく目を細めるのが見えた。
(見透かされてるっ!?)
だけど、仕方がないじゃないか。『告白』なんていう恋愛における一大イベントが、まさか自分の人生に発生するだなんて、想像もしていなかったのだから。
「ち、違うのよ。
だって、急にあんな事を言われから、まだ動揺しているの」
なんて、言い訳めいた事を口走ってみる。
冷静になってみれば、何が『違う』のか自分でも良く分からないけど。
「急な話だと思っているのは、お嬢様だけですよ。
私共は初めから、ヴィンセント様のお気持ちには気付いておりましたから」
「初めから……?」
零れ落ちた呟きに、ニコラは淡々と答えた。
「ヴィンセント様が初めてハサウェイ伯爵邸にいらした時からですよ。
ほら、お嬢様の婚約破棄について、旦那様を説得してくださったあの日です」
あれは確か、ヘンリー様が騒動を起こした茶会の翌日だった。
その前まで、私達は殆ど接点がなかったはずなのに。
『多分、君が思っているより、ずっと前から』
ヴィンス様はそう言っていたけど、昨日の時点では、その意味についてあまり深く考える余裕がなかった。
一体いつから? どうして?
そんな疑問は浮かんだが、不思議とヴィンス様が嘘をついてるとか、私を騙そうとしてるみたいな疑念は全く抱かなかった。
ニコラ達の目から見てもそう見えていたという事は、多分、それが真実なのだろう。
(───ん? ニコラ、達?)
「ねぇ、貴女さっき『私共』って言わなかった?」
「言いましたよ。私と奥様とエイベル様。
それから、お二人がご一緒にいる場面に遭遇した使用人達は、大体気付いてると思います」
それってつまり、お父様を除いて、ハサウェイ伯爵邸にいるほぼ全員ではないか。
「……もしかして、私、相当鈍いのでは?」
「…………」
私の問いに対して、ニコラはただ困った様な顔で微笑んだ。
『目は口ほどに物を言う』という異国の諺を聞いた事があるけど、それってまさに今みたいな状況を表すんじゃないだろうか?
ニコラの瞳は雄弁に語っていた。
『今更ですか?』と。




