夏の始まり
真っ青な空に。
もくもくと。
白く沸き立つ入道雲。
絵に描いたような夏模様。
蝉の声しか聞こえない町中を。
日置くんと海に向かって歩いている。
家の前で待ち合わせした時から。
日置くんの視線を感じてる。
会った瞬間。
私を見るなり固まっちゃって。
水着の上にTシャツを着ただけの格好なのに。
「やっぱり、かわいいって」
言ってくれて。
胸がくしゃくしゃして。
心臓がドクドクし始めて。
今は少しおさまったけど。
会話しながらも。
見られてる。
気はする。
日置くんは。
春に会った時より。
日に焼けて。
少し背が伸びたみたい。
そう。
日置くんを見た時にも。
とくん。
て。
心臓が跳ねていた。
昨日の夜も日置くんと。
30分くらい電話して。
穴場の砂浜を教えてあげるね。
って。
伝えたら喜んでくれて。
私も楽しみ過ぎて。
なかなか寝付けなくて。
夜遅くに。
みーちゃんから。
メッセージが来て。
『急だけど。明日、ダンスの練習しませんか?』
って。
誘ってくれたけど。
「みーちゃん、ごめんね。明日は日置くんと海に行くんだ」
『日置くん? あの、東京の子ですか?』
「うん。そうだよ。だから、明日は無理なんだ」
『じゃあ、仕方ありませんね。おやすみです、はーちゃん』
「おやすみ。みーちゃん」
その後も。
何だかんだで。
1時くらいまで眠れなかった私。
案内した場所は。
道路から離れてて。
草や茂みに囲まれて。
岩場に挟まれた小さな砂浜。
洋ちゃんと泳ぎに来てた秘密の場所。
私は木陰にリュックを下ろして。
中からレジャーシートを取り出して広げた。
「手伝うよ」
「ありがとう」
四隅に転がっている石を置いて重しにする。
「なるほどね、飛ばないようにするんだ」
「うん」
リュックから。
ビーチボールと浮き輪を出して。
上に着ていたTシャツを脱いだ。
水着は去年買ってもらった。
水色のスカート付きのワンピース水着。
ちょっときつかったけど。
一番かわいい物を選んだんだ。
ん?
見られてる……
チラリと見た日置くんは。
Tシャツを脱ぎかけて。
また。
固まっていた。
「あ、いや、まずいな……」
そう言いながら。
Tシャツを脱いだ日置くん。
「ん? 何がまずいの?」
「あ、まずくはないんだ」
日置くんは。
小さく手を振って。
真っ直ぐ私を見た。
思わず伏し目がちになる私。
「葉月さん、めっちゃ水着似合ってるし、かわいいから……」
ハッとして。
胸に手を添える。
脈打つ拍動が手のひらに伝わる。
「大丈夫かなって」
かすれた小さな声が呟いた。
「大丈夫って? 何が?」
「え? 僕なんか言ってた?」
「えへ?」
ハーフパンツに両手をこすって。
キョロキョロする。
日置くん。
どうしたんだろ?
初めてみる落ち着かない様子に。
肩をすくめて。
はにかむ私。
「これに空気入れたらいい?」
浮き輪とビーチボールを手にした日置くん。
「あ、うん。これ使って」
ちょこんとしゃがんで。
リュックの中から空気入れを取り出した。
「じゃあ、葉月さんそれで浮き輪を膨らまして。僕はこっちを膨らますから」
日置くんは。
ビーチボールに息を吹き込みはじめた。
ほっぺをフグみたいにして。
顔を赤くしている。
日置くんの姿が。
なんか。
かわいらしくて。
私も空気入れのポンプを押して。
浮き輪を膨らませながら。
そっと。
その様子を眺めていた。
ビーチボールを膨らませたら。
パンパンと。
ボールを叩いて。
くるくる回して。
満足気にうなずいている。
不意に私を見た日置くん。
「あ、日置くん、浮き輪使う?」
声が上ずる私。
「たぶん、平気かな、葉月さん使うでしょ?」
「うん。泳げるけど、浮き輪あったら安心だから」
「じゃあ、怖くなったら、葉月さんにつかまるよ」
「へ?」
「浮き輪にね、そう浮き輪に」
ふわりと笑う日置くん。
「フフフ。そっか。じゃあ行こ」
私は浮き輪を持って立ち上がり。
ちょこちょこと駆け出した。
日向の砂浜は。
さらさらしてるけど熱い。
波打ち際で立ち止まって。
寄せ来る波に足を浸す。
ひやりと波が足を包んで。
くすぐるように。
引いていく。
やっぱりちょっときついな。
浮き輪を足に立てかけて。
お尻に食い込む水着を。
ちょんと。
指先で直す。
「お、思ったより冷たいんだね」
声が上ずる日置くん。
「うん。潜ったら気持ちいいよ。あっちの岩場の方とか、ちっちゃい魚とかヒトデとかいるよ」
「へぇー。海って透明なんだね」
「うん、そうだよ」
「初めての海が葉月さんと一緒で良かった」
また。
わしゃわしゃする胸を。
軽くさすって。
「ついてきて」
私はパシャパシャと水しぶきをあげながら海へと入る。
「ちょっと待って」
「気持ちいいでしょ?」
膝上くらいまで。
浸かった辺りで振り返る。
「えい!」
日置くんに向かって。
掬った水をかけてみた。
「わっ」
顔面に。
もろに水がかかって。
尻餅をついた日置くん。
「ごめんね。大丈夫?」
膝に手をついて屈んだら。
バシャッ。
私の顔に水がかかる。
「お返し」
パシャ、パシャと水が飛んでくる。
「ずるい!」
両手で顔を拭って。
私もやり返す。
「きゃははは」
「ははは」
水を掛け合いながら。
弾ける笑い声。
水しぶきが煌めいて。
星みたいにきれいだった。
「葉月さん、参った」
「ふふ。日置くん、ずるするからだよ」
「不意打ちしたのは、葉月さんでしょ?」
「あ、そうかも」
にこりと笑う日置くん。
その顔や体に。
水面の光の揺らぎが反射して。
眩しい。
「ねえねえ、潜ってみたいな」
「じゃあ、胸辺りまで浸かるくらいのとこまで行こ。あんまり沖だと流されちゃうから」
「分かった」
とろんとした水面を。
手で掻き分けながら進む。
ヤバイ。
楽しすぎる。
元気な陽射しと。
柔らかい水に包まれて。
溶けてしまいそうだった。
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