気づき
葉月の家の玄関で。
靴を履いていたら。
「くーん」
と。
柴犬のノンが。
隣に座った。
「見送りか、おまえはいいな葉月と一緒で」
顔を近づけて。
頭を撫でると。
頬を舐めてきた。
「ハハハ、分かったよ」
両手で。
ノンの顔を挟む。
「葉月のこと頼むな」
「ワン」
「ほんとか? まあ、じゃあな」
立ち上がって。
玄関を開けると。
雨はまだ降っていた。
軒下で傘を広げて。
歩き出す。
パラパラ……
傘に打ちつける雨。
「はぁ……」
今日。
葉月に告白するつもりだった。
少し前までは。
そう想ってた。
間違いなく。
でも。
葉月と東園のダンス動画を見た時、
確かに。
かわいかった。
けど。
上手く言えないんだけど……
足を止めて。
振り返る。
見上げた先は。
葉月の部屋。
窓は閉まってるけど。
白いショートパンツ姿の葉月が浮かび上がる。
ああ……
あの日も。
今日ほどじゃないけど。
雨だったな。
髪を短くしたり。
今まで見たことがない格好に。
葉月だけど。
葉月じゃないように感じて。
決定的に。
そう想ったのが。
あの動画。
目にした瞬間
なんか。
葉月が別世界の人間みたいに感じて。
しかも。
動画のこと。
葉月の奴。
俺に教えなかった。
いや。
動画投稿の当日に知らせは来たけど……
西郷が知ってるのはともかくとしても。
なんで外村には先に教えてたんだって。
それこそ。
神舞を踊りたいとか。
ダンスを始めたのも。
普通に応援したいって。
想ってた。
それと。
東園の葉月がモテるって言葉。
女子は恋するときれいになるって。
なんかで耳にしたし。
初めは。
外村かなって。
体育祭でも。
仲良さげで。
俺より外村のこと応援してたし。
動画のことも話していたわけだから。
でも。
今日の会話の感じじゃ違う。
外村じゃない。
俺の知らない誰か。
たぶん。
島の人間じゃないと想う。
島の人間なら。
多かれ少なかれ。
噂になって。
誰かの耳に入るはずだから。
特に女子に。
まっ。
女子が噂に敏感なのは。
最近知ったけど。
さっき。
気になる奴いるか?
って。
聞いた時。
あっ。
いるのかなって。
気がした。
あいつ。
答えなかったから。
って。
幼馴染みの勘。
そんなもん。
あるわけなくて。
気がしただけで。
確証もないし。
問い詰める勇気もない。
幼馴染みだから。
何か分かるって言うのは。
漫画やアニメの世界の話。
少なくとも。
俺に葉月のことで。
分かってることは。
少ない。
そもそも。
分かってたら。
こんなに。
考えないし……
ああ。
でも。
何となく想い当たるものはあった。
あの動画のコメント。
明らかに葉月を知っていて。
コメントを書いてるものがあったはず。
まあ。
もしかしたら。
東園宛かもな。
とも想ったけど。
「ふぅ……」
向き直って。
歩き出す。
アスファルトに弾けた。
雨粒が。
徐々に靴に染み込んでいく。
じわっと。
冷たさが爪先を覆う、
でも。
今日の葉月は。
まんま葉月で。
無警戒で。
無防備で。
俺が勝手に。
あーだこーだ。
想ってるだけで。
いつもの葉月だった。
やべっ。
想い出したとたん。
顔が熱くなって。
頬を撫でた。
いくら。
俺だからって。
下着姿をさらけ出すって。
マジ焦った。
あのまま……
なんて。
妄想。
暴走しそうになるのを。
必死でこらえてたのに。
当の本人は。
けろっとしてた。
それが。
葉月らしいと言えば。
まあ。
そうだけど。
ふっ。
と。
鼻を鳴らしていた。
多分。
俺が。
好きだ付き合おうって言っても。
今の葉月は。
戸惑うだけだろうなって。
「はぁ……」
ザー……
止みそうにない雨の音。
気づいたら。
自分の部屋まで戻っていた。
ベッドに仰向けで横になる。
どーすんだ俺……
中臣さんとのことも……
俺に告白したあと。
中臣さんは。
真っ赤な顔で。
「ごめんなさい」
って。
そして。
「今のなかったことにして」
うっすら涙目で訴えた。
「え? あ、なんで?」
「あ、その、好きなのは本当……ちょっと気分が昂って。三並くんが……私に向いてないのは。分かってるの」
「え……!?」
「でも。バレエのこと。言ってくれたことが。嬉しかったんだ」
中臣さんは。
目を細くして。
どっかを見ながら笑って。
抱えた膝に。
あごを乗せた。
「大したこと、言ってないと想うけど……」
こめかみをかく俺。
「ううん。そんなことない。少なくとも。私にとっては。家族以外で……初めて褒めてもらえたから」
「そ、そうなんだ」
「私ね、高松のバレエ教室に通ってたの。バレリーナになるのが夢だったんだ」
「へえ、バレリーナか」
ん?
目を伏せた。
中臣さん。
肩で大きく息をした。
「でも、いじめられて……怪我して……辞めたんだ」
「え? いじめって。なんで? 中臣さん親切だし、かわいいのに、あっ、いや……」
苦笑う俺に。
中臣さんは。
首を倒して笑った。
「女の子は色々あるんだよ。素直な子も時に意地悪になったりするし。私だって……」
「ん?」
「ううん、なんでもない……」
「そう……あっ、でもさ、バレエは他のとこでも続けたらいいのに」
ゆっくりと。
首を振る中臣さん。
「ううん。そのいじめで怪我した所と、そのあと別の箇所も怪我しちゃってね、股関節と足関節の怪我は、バレエにとっては致命的なんだ」
そっと。
左の足首をさすっていた。
「そうだったんだ……ごめん」
「ううん。謝らないで。でも。走る分には問題ないから、リレー頑張ろうね!」
中臣さんは。
両手でガッツポーズをして。
にっこり笑っていた。
そして――
迎えた体育祭で。
中臣さんは。
古傷の足関節を痛めてしまった。
転倒した中臣さんは。
俺にバトン向けながら。
「早く行って!」
聞いたことのない怒ったような声色で。
笑った。
駆け出した背中に。
「三並くん! 負けないで!」
振り絞るような声が聞こえて。
よし!
って。
外村よりは。
足は速いから。
正直。
抜けるって。
想った。
でも――
最後のカーブで。
葉月の声が聞こえたんだ……
外村を応援する。
あいつの声が。
俺じゃない名前を呼んだのを。
初めて耳にした。
一瞬。
気が抜けた俺は。
負けた。
みんな。
惜しかった。
すごかったって。
言ってくれたけど。
葉月のことと。
同じくらい。
いや。
それ以上に。
中臣さんに対して。
申し訳なくて。
俺がリレーになんか。
誘わなければ。
怪我することなかったわけだし。
「私は大丈夫だから」
そう。
遠慮する中臣さんを。
「雨降ってきたから」
って。
無理やりおんぶした。
茶化すクラスメイトもいたけど。
何かしないと。
気が収まらなかったから。
俺の背中で。
中臣さんは。
「ごめんね。ありがとう」
って。
言ったきり。
何もしゃべらなかった。
ただ。
さすがに。
どんくさい俺でも分かったよ。
俺の背中に伝わってきたから。
しがみついた。
中臣さんの。
胸の膨らみの中にある。
駆け足のような鼓動が……
「はあ……」
中臣さんは。
俺が中臣さんのことを。
見ていない。
みたいなことを言っていた。
ってことは?
バレてるのかな……
女子はスゴいな……
でも。
俺の中で。
好きという気持ちが。
さらに分かんなくなって。
ああ。
一つだけ分かったことは。
好きを言うのって。
めっちゃ勇気がいるんだって。
今日。
葉月に好きな人いるかって。
聞いただけでも。
緊張したから。
そう考えたら。
中臣さんも……
「好きです……」
ふいに。
あの時の中臣さんの声がよみがえった。
顔が熱い。
今さら照れてどうすんだよ……
けど。
初めてか。
好きって。
言われたの。
葉月以外で。
でも。
あいつの好きは……
ただ……
あー!
わしゃわしゃと。
髪をかきむしる。
マジ。
どーしたいんだ俺……
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




