お散歩
ボッボッボッ……
小さな舟のエンジンのかすかな音が。
防波堤に寄せて砕ける波の合間に聞こえてくる。
三艘の舟たちは。
朝焼けに染まる凪の水面を。
白波を引き連れて。
滑るように進んでいく。
山から吹き下ろす風が髪を弄んで。
毛先が首筋をくすぐる。
朝晩はまだ肌寒いこの時期。
防波堤に腰かけている私は肩をすくめた。
いつもの散歩コース。
柴犬のノンちゃんは。
お行儀よくお座りをして。
はあはあと舌を出しながら。
そよぐ風に鼻をクンクンして。
キョロキョロしている。
そっと頭を撫でると。
目を細めるノンちゃん。
ふかふかした毛触りが温かい。
「ノンちゃん。最近さ洋ちゃんがさ、なんかよそよそしいんだよね。なんでかな?」
ノンちゃんは。
うるうるの瞳で見つめてきて。
私の膝の上に乗ってきた。
「そっか。ノンちゃんはそばにいてくれるもんね」
両手でノンちゃんの顔を挟んで。
顔を合わせると。
「ワン!」
と。
優しく吠えて。
私のほっぺたをペロペロしてきた。
「もう、くすぐったいよ」
ノンちゃんは鼻を鳴らして。
くるりと丸くなった。
結局。
洋ちゃんからの返信はないまま。
ちぇっ。
足をぶらぶらさせる。
今日からゴールデンウィーク。
お父さんは介護のお仕事だから。
あまり世の中のお休みと関係なくて。
年末年始もお仕事だったりする。
だから。
家族でお出掛けは。
あまり出来ないんだ。
洋ちゃんは。
サッカーの試合を観に行くって。
前に話してたけど。
太陽がゆっくりと昇ってきて。
水面に金色の道を作り出した。
ノンちゃんが。
むくっと顔を上げて。
私の膝の上から降りて。
後ろ側を気にしている。
振り向くと。
「おはよう葉月ちゃん」
巫女装束姿の聡お姉ちゃんが微笑んでいた。
「あっ。聡お姉ちゃん。おはようございます」
上名部聡お姉ちゃんは高校3年生。
町内の葦田八幡神社で巫女さんのアルバイトをしている。
朝早くから頑張ってるって。
お母さんが話してた。
お姉ちゃん。
習字がとっても上手で。
神社でも何かを。
筆で書く仕事があって。
すごい評判みたい。
腰まである長い髪で。
かわいくて。
きれいで。
大好きな先輩。
「はいはい。ノンちゃんもおはよう」
お姉ちゃんは。
ノンちゃんの顎の下をこちょこちょしている。
気持ち良さそうなノンちゃん。
「あれ? お姉ちゃんアルバイト中じゃないの? なんでこんなところにいるの?」
「ああ、お使い頼まれて、ポストにお手紙を入れてきたとこ」
「そうなんだ。お疲れ様です」
「ふふ。どうしたの葉月ちゃん。考え事?」
「え……!?」
お姉ちゃんは。
防波堤に手をついて。
「よいしょ!」
と。
上にあがる。
「お邪魔します」
にこにこしながら。
私の隣に腰を下ろした。
「海見てるとさ、なんかいいよね」 お姉ちゃんは。
足を真っ直ぐ伸ばしたり。
曲げたりしている。
動くたびに。
お姉ちゃんから。
森の匂いがしてくる。
「私でよければ話し聞くよ」
「え!? あ、その、大したことじゃないんだけど……」
「言ってごらん。大したことじゃないことなんて、ないんだよ」
「え、あのね、最近、洋ちゃんが素っ気ないっていうか、なんかよそよそしくて……」
「三並くんが? ふーん。なるほどね……」
人差し指を顎に当てて。
宙を見ているお姉ちゃん。
「なんで、なのかな?」
「そうだな……」
お姉ちゃんはチラッと。
私を見て。
首をかしげて微笑む。
そして。
また、足をぶらぶらさせはじめた。
「気づいたら怖いし苦しいし、でも、嬉しい。気づかなかったらそれもそれで……」
「お姉ちゃん? 難しいよ……」
私が首を捻ると。
お姉ちゃんは。
ぺろっと舌を小さく出した。
「あっ、ごめんごめん。きっと三並くんは心が変になっちゃってる、ちょっとした病気かもね」
「え? 病気なの!」
「あ、うん。えーとね。みんな一度はなるものだから。そっとしといてあげるのが一番かな」
「そうなんだ。ん? じゃあ私もなるのかな。その時は心が変になる病気」
「うん。いつかはなると思うよ。でも、気にしないで、なったらなった時」
「そっか。お姉ちゃんはなったことあるの?」
「えーと……あるよ。今も患ってるかも」
「えっ!?」
お姉ちゃんは。
手をかざしながら。
そっと空を見上げた。
微笑む瞳に。
水面の光がキラキラと瞬いていた。
お姉ちゃんの病気も。
いつか治るのかな……
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




