第10話 キッチンカーが歌ってくれた
キッチンカーの修理をなんとか成功させたアルファは、
深い疲労感と、それに勝る満足感に満たされていた。
師の教え通りに鉄を打ってきた彼にとって、
生まれて初めて見る「機械」を直すのは、
とてつもなく神経を削る作業だった。
だが、叩き直し、再び鼓動を始めた鉄の塊を前にして、
職人としてこの上ない高揚感が彼を襲った。
改めて、生まれ変わった車体の前に立つ。
スクラップ同然だった外観は、派手な装飾で彩られていた。
目を引くのはハンバーガーのイラスト。
その横には、妙に色気のある水着姿のウサ耳女性が、
砂浜でバーガーを片手に座り込んでいる。
(……噂に聞くビキニアーマーってやつか。
バニー族がなんで服を着てるのかは知らないけど、あれは防御力低そうだなあ)
首を傾げながら、イラストの横にあるドアを開けて中に入った。
先程までの焦げた内部とは打って変わり、
キッチンの中は完璧に整えられていた。
焦げ一つない鉄板とグリル。
不純物一つない澄んだ油が満ちたフライヤー。
数種類の飲み物のイラストが描かれた装置。
木製ラックにはふっくらした甘い香りのバンズが積まれ、
冷え切った箱には分厚い肉がゴロゴロと出番を待っている。
銀色のテーブルには、
瑞々しいレタスやトマトが大量に積まれていた。
「……あれ?いったいどこから食材が出てきたんだ?」
呆然と立ち尽くしていると、
背後のドアがバン! と閉まった。
ドアを開けようとするが、鍵がかかっているのか、
ノブをガチャガチャと回しても開かない。
すると、車内に妙なアップテンポの曲が流れ始め、
車外まで電飾で明るく照らされた。
「いったい何が……」
外で見守っていたウィルが困惑の声を漏らす。
その直後、無機質な女性の声が響き渡った。
『レッツクッキング、スタート』
「何だこれ!」
アルファの頭上には自身を映し出す鏡のようなガラスがあり、
自分の姿を映し出した。
その鏡のようなもの…モニターには、
いつの間にか料理人の格好に着替えさせられたアルファが写っており、
色々なコックの衣装に着せ替えが出来る仕様に
なっているのだが、そんあ事とは知らずに、
たtだ素っ頓狂な声を上げた。
すると、画面の表示が切り替わった。
「ハンバーガー……?」正確にはモニターにこう表示されている。
【ハンバーガー:パティ焼き加減レア、ケチャップ多め、レタス3枚、トマト一つ】
「これを作れってことか……」
納得したアルファが箱から肉を取り出す。
焼き加減は鉄板でつければいい。
当たりをつけて調理を始めるが、
モニターの指示はコンマ数秒で次々と切り替わっていく。
「包丁や鍋なら直したことはあるんだがな!」
冷え汗をかきながら、レタスを敷き、トマトを二つのせてしまった。
『ミスです』
非情な宣告。直後、肉を焼いていた鉄板がボッ! と真っ赤に燃え上がった。
「うおっ!? 火柱が天井をなめてるぞ!」
パテは焦げ始め、
バンズは真っ黒になりかけている。
「まずい! ミスがあるとまた炎上しちゃうよ!」
外でウィルの悲痛な叫びが聞こえる。
「どういうことだ!?」
「リーダー、炎上って何のことよ!」
キッチンカーの外で見守っていたメイドの一人が尋ねると、ウィルが顔を青くして答えた。
「このゲームはね、ミスが起こるごとに店の評価がおちて、SNSで叩かれるんだ。」
「SNS?」
「目に見えない『悪意のデータ』が津波みたいに押し寄せてくるんだ!」
「何だそれ……呪いかよ? おれは幽霊とか苦手なんだ。勘弁してくれ!」
SNSなど知らぬアルファだが、叩いていいのは「鍛冶屋と鉄」だけだと相場が決まっている。
「そしてさらにミスが続くと文字通り炎上して最後は廃車になるんだ。」
「じゃあせっかく直したキッチンカーがまた粗大ゴミになるのかしら!」
「なーんだ、じゃあまた直してもらえばいいじゃない」
ウィルの衝撃の告白に横のメイド2人が他人事のように会話を続けているが、
冗談じゃない。さっきは無我夢中で直せたが、次直せる自信はないぞ。
『ミスです』
また無機質な女性の声が響き渡った。
「うわ、また火が、熱っ!」
まずい、鉄の機嫌を取るのには慣れているが、
この「ゲーム」の理不尽なスピードには職人の勘すら追いつけない。
『ミスです』『ミス! ミス!』『ブッブー!』
相変わらず間違えるたびに、無機質な女性のアナウンスが流れ、時々妙にイラッとするブザー鳴り響く。
キッチンは焦げ臭い煙で満ちていく。
アルファの心が「これは無理だ」と匙を投げかけた、その時だった。
アルファの視界になにかがチラチラと目にはいる
ふとカウンターの外を見る。
皆が不安そうな顔をこちらに向けているなか集団の中から、
一人の少女が必死に身を乗り出していた。
彼女は一枚のボードを頭の上に掲げている。頭上に掲げたボードには文字が書いてある。
『リズムを整えて』
「リズム……? なんのことだ、教えてくれ!」
彼女はボードに何かを書き込みはじめたが
キッチンカーからはパトランプがせり上がり、
無情なサイレンが鳴り響く。
なんだかさっきよりも猶予はなさそうだ。
「ごめん!」
外にいたウィルが短く謝り、指先のコードで少女を絡め取った。
そのままカウンターの窓口からキッチンへと強引に押し込む。
「うわっ、狭い!」
もともと一人用の狭いキッチンだ。
男の俺と、小柄な彼女。
肩が触れ合い、互いの体温を感じるほどの密室。
だが緊張している場合ではない。
モニターが点滅し【照り焼きバーガー】の文字が躍る。。
「ええっと、次は……テリヤキバーガー? なんだそれは!」
指示を読み取るより先に画面が切り替わる。
表示される時間はコンマ数秒。
早すぎる。
とりあえずとアルファは少女に指示を飛ばす。
「なあ君、そこにあるパンを……」
振り返ったアルファは、
だが、振り返ると、言葉を失った。
そこには、すでに完璧なフォルムのバーガーを差し出そうとする、コック姿の彼女が立っていた。
『――グレート!!』 艶やかなアナウンスに、アルファは硬直する。
「えっ?」
だが、息つく暇もない。
ディスプレイに表示された次の注文は、もはや悪夢のような呪文だった。
「ダブルチーズバーガー・チーズ多め、トマト抜き・オールヘビー・ポテトL塩抜き・ナゲット(マスタードソース)・ホットコーヒーL(ミルク多め、砂糖抜き、ホイップあり)」
「……呪文か?」
作り方が高速でスクロールしていく。
まずい全く分からない。
思考が停止しかけた俺の横で、
トン、トン、トン……と音が聞こえた。
彼女は包丁とフライ返しで、まな板を叩いていた。
トントントン。一定の間隔のリズム。
それに合わせて、まな板が淡く光り出す。
彼女の指先が加速した。
パティを置く――トン。返す――タン。チーズを重ねる――ドン。包む――タン。
目にも留まらぬ速さでバーガーが組み上がり、
ナゲットが跳ね、ポテトがトレイの上に整列していく。
アルファは
何か手伝おうと、ドリンクコーナーへ向かった。_
だが「コーヒー」なるものがどれか分からない。
ドリンクを自動で抽出する装置のたくさんあるボタンを、どれだと探そうとしたが、
そこにはすでに、豆の香りが漂う黒い液体が並々と注がれていた。完璧な量だ。
アルファがカップを手に取ると、横にきた少女が、受け取る。
彼女はボードに
ボードにさらさらと『ありがとうございます』と返事を書き、
ミルクとホイップの入った小皿を掴むと
流れるような動作でトレイをまとめ、
カウンターへ差し出した。
『――パーフェクト!!!』
今日一番の絶叫アナウンスが響き、
外のギャラリーから地響きのような歓声が沸き起こった。
「すげえええ!」
「なんだ今の!?」
「ヤバい鳥肌たったす」
「あんた鳥肌じゃなくて鮫肌でしょ」
「言ったっすねーイルカだって言ってるでしょーが」
「ちょ、狭いんだから暴れないでよ」
床に散らばったポテトを片付けながら、アルファは彼女を見上げた。
少女は鉄板の横に立ち、包丁の背でトントンと軽く台を叩く。
――トン。トン、トン。
そのリズムに合わせて、鉄板の炎がライブ照明のように美しく揺れ始めた。
少女はボードを静かに掲げた。
『テンポを守れば、世界は乱れない』
次の注文が表示される。
トン。タン。ドン。タン。
まな板の音が店内に流れるBGMと完全に同期する。
リズムは、止まらない。
もはや調理ではない。
キッチンカーの照明、炎が彼女を照らす。
それは、ドラムだけの熱狂的なライブ。
再生されたキッチンカーが、
彼女のリズムに乗って高らかに歌っているようだった。
明日お昼に11話、翌日に12話あっぷです




